『手を繋ぎたい・・・、でも繋げない・・・。デートなのに・・・』
涼は溜息をついた。
今日は清太と街へ買い物デートに来ていて、二人ともショップの紙袋を提げていた。
若者が多く集まるこの街には、休日ということもあり、男女のカップルが溢れかえっていた。前を行く、20代前半くらいの二人も、向こうからやってきてすれ違う、中学生風の幼い二人も、睦まじく手を繋いでいた。
2丁目でデートをすれば、人目を気にせず、いくらでも手を繋げるのだが、今日は清太と、普通の恋人同士のようなデートがしてみたかった。仲良く映画を観たり、洋服を二人で選んだり、喫茶店のオープンテラスで語らったり・・・。
涼がデートの約束を取ろうと、清太に連絡を取ると、彼はジーンズが欲しいから一緒に見てほしい、と電話で言ってきた。
そこで、今日はジーンズショップにまず寄った。
彼はブラック・ジーンズが欲しいと言うので、スリムやストレートなど、何本か選んでは試着させた。自分としては、スリムタイプなんかが似合うと思っていたのだが、清太はサッカーをやっているので、太腿の筋肉が発達しており、なかなか合うサイズがなかった。太腿は合うのにウエストは緩かったり、その逆だったりした。
「涼、見て」
試着室の一つに入り、ストレートタイプを穿いていた清太が、カーテンの隙間から顔を出した。恥じらいを含んだ顔だった。
少年はカーテンを開けて、まず恋人のほうを向いて、両手をこちらに見せてポーズを取った。モデルのようだ、と思った涼は一瞬見惚れ、言葉を出せずにいた。
「涼、どうかな? 似合ってると思う?」
少年の言葉に、青年ははっとした。
「あ、うん。似合うよ。今着てるTシャツにも合うし」
「そう?」
今度は清太は鏡のほうを向いて、こちらに背中を見せた。彼はピンクに近いような、上品な色の薄紫のTシャツを着ていた。前面には、白黒写真のプリントが施されている。清太は横も向き、背を反らせ、腰に手を当てて脚のラインを見ている。その様は、可愛らしかった。
すると、短髪黒髪の、若い男性店員が寄ってきて「いかがですか?」と聞いてきた。
「いい感じなんですけど、裾が長いんで・・・」
清太が言った。
見ると、足元の裾は折り返されていた。彼はそんなに背が高くないのだ。
「裾上げされますか」と店員は聞き、清太は結局、そのジーンズを買うことになった。
彼が店員に裾をピンで止めてもらっている時など、涼は手持ち無沙汰に立っているしかできなかった。
「俺も、似合うと思うんですけど」とか、何か気の利いたことも言いたかったのだが、店員に二人の関係を怪しまれるのでは、との不安が、言葉を妨げた。
ジーンズを買った後は、洋服屋や雑貨屋に入り、主にウィンドウショッピングを楽しんだ。しかし店から店に移るその間も、清太といかにして手を繋ぐか、ということばかり考えてしまう。彼のちょっとした仕種や笑顔にときめく一方、こちらのそわそわした気持ちを悟られるのではないかと、びくびくしてしまう。
2丁目なら、そのままホテルに入ることもできる。だが、今日はまず手を触れ合いたい。
『中学生か俺は・・・』
何度も体を重ねた相手に、何故こんな幼い感情が湧くのだろうか。夏の明るい日差しが、そうさせるのだろうか。
彼を愛しているなら、堂々と片手を差し出せばいい。彼の手を握り締めればいい。だが、やはり周りの目が気になってできない。
何故、街中で自然と手を触れ合って良いのは、男女だけなのだろう。自分たちのような者は、何故自らそれを制さなければならないのだろう。
恋人同士だと、周囲の人たちにも認めてほしいのに。祝福されたいのに。
もっと、じゃれ合ってみたい。もっと、触れ合いたいのに。
こんな明るい街中では、男女にだけその権限がある。彼らの無意識な常識が、無言のうちに自分たち少数派に、威圧をかけているのだ。
しかし、ただこうして並んで歩いているだけの自分は、男の友人同士だと見られるよう、どこかで意識もしている。彼らの白い目を、避けている。そう装っているのは、自分にも周りにも、嘘をついているのだ。
「涼、どうしたの? 元気ないね」
清太が横で、こちらの顔を覗いていた。
「いや、そんなことないよ。ちょっと、歩き回って疲れたからかな」
彼に浮かない顔を見せていたのかと、涼は気付いて慌てた。
「そうなの。僕も、疲れたかな。今日も、暑いしね」
隣を歩く少年が、手を額にかざし、空を見上げて言った。青空が広がり、雲は、僅かにしか浮かんでいなかった。
「ああ、どこか入って、冷たい物でも飲んで休もうか」
「うん」
そうして、二人は手頃な喫茶店かファーストフード店を探した。
そんな中、清太はふと歩を止めて、とある方向をじっと見ていた。視線の先はゲームセンターで、彼は表に出ているプリクラの機械を見ていたのだった。
「撮りたいの?」
涼は機転を利かし、少年に優しく聞いた。すると、少年は顔を赤らめて、こっくりと頷いた。
涼は心が躍った。今日初めて、二人きりになれるチャンスが訪れたのだ。
しかし、男二人で入るところを、人々に見られるのは気が引けた。
「涼?」
しかし、そばで写真を撮りたがっている恋人を見て、それでもいいではないか、と思い直した。
「じゃあ、入ろう」
二人は足早に、プリクラの周囲をコの字型に覆った、シートの隙間から中に入り込み、画面の前に並んだ。清太は髪を整えた。
色んなボタンが並んでいるが、操作は清太のほうが慣れているようで、ポンポンとボタンを押した。
「枠は? これにする? こっち?」
清太ははしゃいで、指を差しながら聞いてきた。
「うん、可愛いのがいいな」
「じゃあ、これは?」
少年は、ウサギのキャラクターと流れ星が、周囲に描かれている柄を指差した。
「うん、いいね」
プレビュー画面を見ながら、涼はどんなポーズを撮ろうかと、考えを巡らせた。
すると、清太がちらとこちらを見た。涼はどきりとした。彼は、愛情の篭った目をしていた。と思うと、少年はぴと、と寄り添ってきた。青年の胸に手を置き、目を閉じた。涼は自分の鼓動が速まり、耳が熱くなるのを感じた。彼の髪が、鼻先に触れた。
『いっ、いい匂いがする・・・』
涼はどぎまぎとした。彼はどういうつもりなのだろうか。彼も自分に触れたい気持ちを、隠していたのだろうか。それを抑えられずに、今溢れ出たのか。この、密室の空間で。
「清太・・・」
まだ彼に手を触れられずにいると、ふと、自分の胸に置かれている彼の左手が目に入った。
『あ、手が・・・』
さりげなく、そっと右手を上げ、彼の手の甲に重ねてみた。温もりを感じた。清太は顔を上げた。
「涼・・・」
彼は恥ずかしさと嬉しさの混じった表情を見せた。
「写真、撮らなきゃ。でも、このポーズで?」
少年がはっとして画面を見ると、二人向き合って、手を取り合っていた。
「変かな?」
涼は聞いた。
「ううん、これでいい」
清太は微笑んだ。
そうして、本番モードにして、二人は写真を撮った。
プリントされてくるのを待つ間、涼はもう1枚撮りたくなった。
「大きいサイズでも撮ろうか?」
「うん」
二人きりになれるこんな場所があるなどと、青年は思いつかなかった。もう1枚と言わず、何枚でも彼と寄り添い、写真を撮りたい。誰に認められなくとも、こうして、二人が恋人同士だと証拠が残せるこの機械を、ありがたく思った。
だが、二人がシートの中ではしゃいでいる間、その外には何組もの待ち人の列ができていることに、二人は気付かなかった。
気付いたのは、3枚ほど続けて撮ってしまい、シートを少し開けて外を見た時だった。
『これじゃ、出られない・・・』
二人は戸惑ったが、出るしかないので、思い切って外へ出た。二人は恥ずかしさと申し訳なさで、顔を赤らめていた。
「すみません、全然気付かなくて」
涼は、次に待っていた、高校生らしき女の子3人組に向かって言った。彼女らは軽く頷いただけで、すぐにシートの中へと入っていった。
涼と清太は、その後に並んでいるカップルたちにも会釈をしながら、プリクラの機械から去っていった。
「はあ、びっくりしたな」
涼がアイスコーヒーをストローで一口飲んでから、言った。
ファーストフード店の席に落ち着いた二人だった。店内は冷房がほどよく効いて、二人の熱も冷ましてくれた。羞恥と、小走りに来た運動による熱さを。
「続けて撮る時は、これから気を付けなくちゃね」
清太もクリームソーダを飲み、はにかみながら言った。
「でも、こんないいのが撮れたよ」
少年は、今撮ってきた3枚のプリクラシートを、向かいに座っている青年に見せた。
最初の1枚は、ミニサイズの写真がたくさん並び、残り2枚は、柄やポーズを変えて、大きいサイズで撮ったものだった。表情は、3枚目が二人とも一番和んでいた。1枚目は、特に涼がどこか緊張した面持ちだ。
「今はさみがないから、後で半分涼に渡すね」
「あ、今1枚貼るよ。携帯に」
涼は1枚目を手に取って、シール状になっているミニサイズの1片を剥がした。それを、携帯電話の裏に貼る。1枚目は表情が固いが、それでも、青年はこの写真に愛着を感じた。
「じゃあ、僕も同じの貼る」
清太はジーンズのベルトに提げていた、青いポケベルを取り出して、スペースの広い裏側に同じシールを貼った。それを見て微笑む彼は、可愛らしかった。
二人は、シールを貼った端末同士を見せ合った。そして、笑い合う。
こんな幸せなひと時を過ごすことが、涼は望みだった。今日の、今までの沈痛な気持ちも、吹き飛んだ。
自分たちが恋人同士であることは、自分たちが分かっていればいい。それはこの小さな写真だって、証明してくれている。
目の前で笑ってくれている少年を見ながら、涼は先程彼が触れてくれていた胸に、温かみの残りを感じていた。
END