それを見て怯んだ清太は、動きを緩めてしまった。
「どうした? 欲しくないのか?」
 啓二は濡れた前髪の間から少年を見つめ、言った。
「ん、嫌、欲しい、欲しい・・・っ!」
 目を閉じて再び、少年は彼の動きを助けた。しっかりと、彼に捕まりながら・・・。
 こんなにも自分を淫らにしてしまう啓二を、清太は憎んだ。目を開けると、またカーテンの影が目に付いたが、今度はそれによって欲情を煽られ、より大胆な動きを少年にさせた。
「凄いぜ、清太・・・」
 気が付くと、自分のほうが率先して揺れていた。
「あ、やだ、一緒に動いてよ・・・っ」
 少年は動きを止めずに、啓二の悪戯(いたずら)を責めた。
「ふ、お前のそういうところが・・・男を捕らえるんだ」
 言いつつ、共に揺れる啓二。
「ああっ・・・!」

 彼のものからは、薄いベールを通していても、熱さを感じる。自分の内部と、どちらが熱いだろうか。
 繋がり始めてから、どれほど時間が経つのか分からないが、啓二はまだいかないのだろうか。彼はいつでも長く繋がり、散々こちらを乱した末に、頂点を迎えるのだが、今日は特に長かった。
『どうして、そんなに強いの・・・?』
 啓二を頂点に向かわせたくて、清太は腰を更に揺すってみた。自分が先にいくのでは、悔しいから・・・。
「いいぜ、清太・・・。最高だ」
 啓二は眉を歪めたが、まだ余裕を見せた。
「あんたは、いつだって、ずるい・・・っ」
 限界の近い清太は、頭を振って喚き、耐えるしかなかった。

「あ、もう、駄目、いって、お願い、いって・・・っ!」
 最後には、相手になんとかしがみつきながら、こう請うた。
「しょうがねえな」
 言って、青年はひと際強く少年を突き、ようやく内部で熱情を放った。だが、少年の中には流れ込まず、清太はその熱さだけで感じた。直後に、少年も青年の上で到達した。


 体を離した二人は、シーツの上で余韻を味わっていた。青年は晴れやかな顔で仰向けになり、片腕を額の上に載せ、天井を見上げていた。分身に着けられていたものは、外されていた。少年はうつ伏せ、一人布団を被り、目を閉じてうずくまっていた。彼に背中を向けて。
「清太、どうしたんだ? 機嫌悪いのか?」
 啓二は体を半回転させ、少年の濡れた髪をなでた。少年はぴくりと動いたが、顔はまだ向けなかった。
「あんたなんか、嫌い・・・」
 清太はくぐもった声を漏らした。
 青年はやれやれといった顔をして、少年の髪を更になでる。
「よくなかったのか? あんなによがってたくせに・・・」
「よがってない!」
 清太は青年のほうに、激しく向き直った。

「こんなの、やだ・・・。今日あんたと逢ってから、僕は苛められてばっかりだ」
 青年はこの言葉が予想外と見えて、ため息をついた。
「そんなことないだろう? 苛めてなんかいない。俺はお前を可愛がっただけだ」
 言われて、少年は横になったまま相手を睨みつけた。
「そんなに分からないなら、もういい」
 また、彼に背中を向けてしまった。
「清太・・・」
 啓二は、少年の肩に手をかけた。
「そうか・・・。なら、今日はもう帰るか? 遅くなるの、嫌なんだろ?」
 清太は声だけを聞いて、はっとし、また振り返る。
「それは嫌。まだ、帰りたくない」
 青年は困った顔をした。
「だってお前、今日はもう2回も・・・」
「大丈夫。このままじゃ、嫌なの」
 少年は悲痛な表情をした。自分は2回いかされていても、啓二はまだ1回ではないか、と思っていた。

 啓二は正面に向き直り、少し上向きながら、右手で頭を抱えた。
「我がままな奴だな」
 言って、少年のほうを向き、相手の左頬を掴んだ。
「ほんとにできるのか?」
 布団の中に手を入れ、少年のものに手を触れた。
「うん、しばらく休んだから・・・」
 少年は、相手の首の辺りに手をかけた。
「若いんだな」
 少年にかけられていた布団を外し、啓二は清太の唇に、自分のそれを捺した。
「啓二さん・・・」
 少年は、差し入れられた舌を受け入れた。今度はそれほど長い口付けでなく、やがて青年の唇は、首筋へと移った。彼は、肌を唇と舌とで愛撫しながら、両手の指を絡ませてきた。それが、清太は嬉しかった。空中で、しっかりと握り合った。しかし口付けが自分の下半身へと移ると、指は離れてしまった。彼はまた少年の分身を口に含んだが、その愛撫の時間は短かった。
『啓二さん・・・』
 自分の気持ちがやっと伝わったのかと、少年は安心した。もう、焦らされるのは嫌だった。
 入口を指で解すのも、二度目のせいか時間はあまりかけなかった。まるで今度は、彼のほうが焦っているかのようだった。

 彼は前戯が済むと、また枕の下から分身に着けるものを探そうと、手を伸ばした。
「駄目。着けないで・・・」
 清太は恥ずかしげに、しかし嘆願するような目で、青年に訴えた。
「清太・・・。いいのか?」
 少年は何も言わず、頷いた。
「そうか」
 啓二は少年の膝を胸の辺りまで曲げさせ、再び膨らみきった太いものを、待ち受けている入口に侵入させた。
「んっ、ああっ・・・」
 少年は、熱い吐息を漏らした。
 今度は最初から、青年は強く動き出した。それも、少年を喜ばせた。
「あっ、啓二さん・・・」
 恋するような目で、相手を見つめてしまう。

 啓二は少年の両手指を探して、再び絡ませてきた。それを、離さないように握り締める清太。彼の手指は熱く、汗ばんでいた。彼も、そう感じているだろう。彼に突かれ、彼と共に揺れながら、清太は啓二を見つめた。彼の瞳は、欲情と愛情の渦巻く輝きを持っていた。
 彼に二度目に抱かれた日、あの不意なキスを受けた時も、この瞳の奥を、もっと覗いてみたいと思った。彼を、もっと知りたいと思った。
 何度抱かれても、自分の窺い知れない部分が、次々と奔出してくる。彼の未知を知りたくて、より求めてしまう。光樹とは違う目をしている。どんなに彼の嫌な一面を見ても、彼の大人の魅力に、勝てない。
「キス、して・・・」
 少年が願うと、青年は相手の腰をより深く折り曲げ、唇を合わせてくれた。絡ませた手指は、離さない。そして、揺れ続ける。
『やっぱり、好き・・・』
 認めたくなくても、心のどこかでは彼が好きだから、抱かれているのではないか。

『今だけ、好き・・・』
 目を閉じて、眉を歪め、絶え間ない彼の攻めに応じた。
 清太が求めていたのは、こんな繋がりだった。彼と指を、舌を絡ませ、彼の熱いものを直接自分の中で感じられる。
「幸せ・・・」
 そう、呟いてしまうほどに。
「清太、俺もだ・・・」
 青年は、少年を強く貫く。
「ああんっ・・・!」
 少年は感じるままに、叫んだ。
 内部は彼の鋭く太い剣で擦られ、前は彼の下腹部で擦られ、快感は増幅するばかりだった。
「あ、一緒に・・・、一緒にいって・・・」
 唇を離し、清太は請うた。
「分かってる」
 少年の暴れる分身を下腹部で押さえつけながら、啓二は相手の中で自らの分身を暴れさせた。
「んんっ、ああっ・・・」
 少年は叫ぶ。
 やがて、青年は少年の内奥に向かい、熱情を迸らせ、少年はその熱さを感じ、相手の体に向かって放った。


「清太」
 少年がしばしのまどろみから覚めると、青年の背中に寄り添っていたことに気付いた。彼の背中には、まだ少し汗が浮いていた。
「もう、帰らないとやばいんだろう?」
「え、何時?」
 ベッドサイドテーブルの時計を見ると、夜10時に近かった。
「わ、ほんと」
 少年は、慌てて起き上がった。しかし、その肩を青年が止める。
「それとも、ほんとに泊まってくか?」
 彼は意地悪っぽく微笑んだ。普段の彼に、戻ってしまったような笑顔だった。
 清太は心が動きかけたが、思いとどまった。
「ううん、やっぱり帰る。・・・ごめんね」
 最後の言葉は、図らずも出てしまった。

 何時間かぶりに制服に身を包むと、とても窮屈な感じがした。彼と愛し合った体の、あらゆる部分が、殆ど覆われてしまったからだ。ただ、顔や、絡み合わせた手指を覗いては。
 服を脱いだのはバスルーム近くの脱衣所なので、清太は服を着終わると、力なくドアを開けて出た。啓二は、先程飲みかけたミネラルウォーターを飲んでいた。彼はバスローブだけを身にまとい、ソファーに腰掛けていた。飲み終えると、ペットボトルをテーブルに置き、こちらに歩いてきた。
 清太も、彼に向かって少し歩いた。
「俺はこのまま泊まってくが、気を付けて帰れよ」
 そう言って、青年は少年の左頬を右手で優しく包んだ。その手首を、名残惜しげに清太は左手で包む。

「どうした? やっぱり帰りたくないか?」
 その言葉に、胸が締め付けられたが、気持ちを振り切った。
「違うもん。帰る・・・」
 だが、掴んだ彼の手首を、離せずにいた。彼を、見上げた。
 すると、啓二は唇を重ねてくれた。舌は入れず、短く2、3回触れ合っただけだった。それでも、清太は嬉しかった。
「だったら、ドアを開けろよ。帰れなくなるぜ」
「啓二さん」
 清太は少し怒る素振りを彼に見せると、仕方なく、ドアの鍵を開け、戸口に立った。
「じゃあ、また・・・」
「ああ、連絡する」
 その時、彼が同じ電車に乗ってきた時のことが、記憶から蘇ってしまったが、清太はすぐに打ち消そうとした。
「待ってるね・・・」
 力なく言って、少年はドアを開け、廊下へと出た。彼の姿がドアの隙間から消えるのを、目で追いながら。

 一人エレベーターに向かって歩き、清太は気持ちを落ち着けようと懸命になった。
――このまま彼と泊まったら、彼を愛してしまう。
 彼との愛の日々が始まるのが、清太は怖かった。光樹という恋人がいるのに、そんな日々は送りたくなかった。
 啓二はあくまでも、抱き合うだけの相手だ。たとえ、その時は好きになってしまっても、日常に戻れば忘れられる。
 しかし別れ際の、彼との甘く短い口付けの温もりを忘れないようにしている自分もいることを、清太は気付いていなかった。

END


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