放ち終えると、清太はそのままぐったりと後ろの啓二に向かい、背中から崩れた。それを支える啓二。
「この間の帰り際、俺に新しいベル番号を教えたのだって、これからも俺と逢うつもりがあるからだろ?」
その言葉を、少年は息を整えながら耳の遠くで聞いた。
二人一緒にバスルームを出ると、啓二は洗面所の棚から10センチくらいの高さの、リビングにあるのと同じような色の瓶を取り出した。中に入っている液体を掌にふりかけ、それを腕や体に塗って伸ばした。液体は透明なようだ。それからも、香りがした。今度は花のような香りだ。
「それ、何・・・?」
バスタオルで髪の水分を拭きながら、清太は尋ねた。
「ああ、さっきのオイルウォーマーに入ってるのと同じオイルだが、比率が違うんだ。これはローズが多く入ってる。こうやって、体に擦りこんでマッサージしても使うんだ。肌から染み込んで、気分が良くなる。・・・お前も塗るか?」
啓二は瓶を清太の前に差し出してみた。
「いいよ。だって・・・体にキスするんでしょう? 後で・・・」
少年は髪を拭く動作を止め、赤くなりながら言った。
啓二は笑む。
「そうだな。これは、確かに口にはしないほうがいいからな」
彼は青い瓶を眺めやった。
裸で部屋を歩くのは嫌だと清太が言うので、彼にまずクリーム色のバスローブをはおらせ、自分も形だけ同じものをはおり、その肩を抱きながら啓二はリビングへ入った。清太は前がはだけるのを嫌い、紐もきちんと締めた。
部屋の中は、すっかり魅惑的な香りで溢れていた。啓二はそれを立ち上らせている、テーブルの上にあったオイルウォーマーを手に取り、再び清太の肩を抱いて寝室へのドアを開けた。ベッドサイドの小さな丸い木のテーブルの上に置くと、同じテーブルにあるルームライトのスイッチを入れた。淡いオレンジ色の、暖かい光が灯る。
清太がベッドのへりに腰かけると、啓二はまたドアを開けた。
「何か飲むか? 風呂上りだから」
「うん・・・水かお茶でいいよ」
「じゃ、ちょっと待ってな」
飲み物を取りに啓二が部屋を出ると、着ているバスローブを脱ぐべきかどうか、清太は考えた。――二人の初夜のことを、思い出す。あの時も、ローブの紐を固く締めて彼を困らせた。すぐに体に触れられるのが・・・恥ずかしかったから。今でも、それは同じだ。この自分の恥じらいは、彼に対する愛があるからだろうか。あの時と今とでは、その意味合いが、度合いが、微妙に違うような気がする。
――清太は、結んでいた紐だけを解いた。彼が、困らないように・・・。
啓二が戻ってきた。水の入ったガラスコップを二つ持って。一つを清太に手渡すと、「ありがとう」との言葉を聞きながら、啓二も隣に腰掛けた。二人、無言のまま何口かで水を飲み干した。飲み終えると、啓二が清太のコップを受け取り、二つをそばのテーブルに並べて置く。
ウォーマーを、清太は見つめた。この部屋の中にも、徐々に香りが満ちてくる。中のロウソクの明りが、ちろちろと揺らめいている。
「清太・・・」
テーブルに近いほうに座っていた啓二が、声をかけた。その声は、色気のあるものだった。清太の着ているローブの前の紐が外されているのを確かめると、両手で肩から落とした。少年の白く不似合いにも鍛えられた体が、ルームライトとロウソクの明りとに照らされて浮かび上がった。自分も脱ぎ、ベッドの下へと落とす。
この男の心は、自分を抱くことで癒されるのだろうか。彼には、自分が必要なのだろうか。
ベッドの上で横向きになった自分の後ろを男に潤わせながら、清太は考えていた。啓二は清太の片脚に腕を回して、舌を動かしている。うつ伏せにして、さらに自分が入りやすいように濡らした。
「ん・・・ね・・・明り消して・・・」
清太が枕の上で言葉を漏らすと、啓二は唇を離して、ルームライトのスイッチを切った。すると、オイルウォーマーのロウソクのほの明りだけが、二人を照らした。
少年を仰向けにして繋がると、啓二は清太の腰を持ち上げ、激しく攻め始めた。相手の背中に腕を回す清太。
「あっ・・・あ・・・」
快感に呼吸を荒くすると、清太はウォーマーから流れてくる香りを強く吸い込んだ。その香りが脳に届くと、恍惚は増した。
「けい・・・じさん・・・。あ・・・ああん・・・っ、す・・・き・・・っ」
部屋に立ち込めるものだけでなく、自分を愛する彼の体からも、香りがする。ローズ――バラの花の香りが・・・。その二つの甘い芳香に包まれながら彼に中で動かれ、清太は酔い始めていた。彼の肩口にも顔にも、汗が光るのが見える。その一つ一つの雫も、香りを孕んでいるのだろうか・・・。
「もうよせよ・・・。呼び捨てにしてくれ、清太・・・。啓二って、呼んでくれ・・・」
少年の中をかき乱しながら、青年は請うた。眉間の皺を濃くして・・・。
「や・・・でも・・・」
清太は彼と共に揺れながらも、戸惑いを見せた。
「呼んでくれ・・・。愛してるんだ・・・」
その声は、少年には悲痛なものとして耳に届いた。啓二は清太に上から口付けた。その間も、リズムは崩さない。
「け・・・いじ・・・」
少し唇が離れた時、清太はそう呟いた。言った後、男の背中に回した腕に、力を込めた。
「啓二・・・、啓二・・・っ」
それが彼との間に障壁を作っていたかもしれない言葉を除いて、生まれたままの彼の名前を少年は叫んだ。
「あっあっ・・・! あ・・・んっ、素敵・・・素敵・・・っ」
彼の腰の上で自ら揺れながら清太は甘い声を出し、頬に伝わるものを感じた。啓二との、今日二度目の繋がり・・・。そんな清太の腰を、啓二は抱く。動きを、助けてやる。
ウォーマーの皿の水は、大分減ってきていた。それでも、水を足す余裕など、二人にはなかった。部屋中に漂う形のない媚薬は、二人の吐息と動きとで、対流を起こしていた。清太は心を解放して、恥じらいを忘れるほど声を上げた。その声が、部屋の壁や天井に響く。
「もっ、もっと・・・! もっと、攻めて・・・っ!!」
少年は彼の上でねだった。
「こうか?」
青年は、相手を下から突き上げた。
「あっやっ・・・ああっ!!」
一際大きく叫ぶと、清太は啓二の胸にくず折れた。
「ああ・・・」
自らの頭部を、啓二のそれの横に交差させる。
「愛してるぜ・・・清太・・・誰よりも・・・」
啓二は片手で、呼吸を整えている清太の肩を抱いた。清太は啓二の上から降り、彼の横で枕に頭部を沈める。
「どうした? 泣いたりして・・・。そんなによかったか?」
終わった後も少年の頬を濡らす涙に気付き、啓二は優しく囁いた。それを、指で拭ってやる。それでも、その後から涙は溢れ出す。
「ぼっ・・・僕・・・怖い・・・! 自分が・・・!」
一瞬啓二から目を逸らし、少年は眉を歪めながら言葉を吐いた。啓二は表情を変えた。
「僕の恋人は・・・光樹なのに・・・こうやってあんたに抱かれると・・・、どうしようもなくなる・・・! 一度は別れたつもりだったのに・・・!」
清太は続ける。言葉と共に、涙は益々溢れ出てくる。
「別に怖がることなんかないさ・・・」
啓二はそんな彼をそっと抱き起こし、自分も起き上がって胸で泣かせた。
「お前は俺に・・・本当の自分を曝け出してるだけさ」
清太の両肩に手を置く。
「分かるぜ俺には・・・お前彼氏とのセックスには満足してないんだろ? だからこうなるしかないのさ・・・」
彼の左頬に手を添え、口付けた。泣きながら目を閉じる清太。
「別れないぜ俺は・・・絶対に・・・」
唇が離れると、啓二は愛する者の瞳を見つめた。
「啓二・・・」
清太は彼の名を呟いた。その中には愛情が込められていることを、清太は知っていた。
「清太・・・俺ならお前を満足させてやれるぜ・・・いくらでも・・・」
そう言い、啓二は少年を再び寝かせようとした。
「啓二・・・」
少年は戸惑いを見せた。
「嫌か? 今日はもう・・・」
「ん・・・嫌じゃ、ない・・・。でも・・・」
清太は視線をテーブルのほうへと移した。ウォーマーの水は、かなり蒸発していた。彼はそれを指差す。
「それ・・・足して、水・・・。この香り、好きなんだ・・・」
揺れているロウソクの火を見つめた。
『もっと、燃えていたい。もっと、香りを作り出したい』
妖しく光るその明りが、そう言っているように、清太には見えた。
彼に自分が必要なように、きっと自分も彼を――啓二を必要としている。自分も彼に抱かれることで、癒されているのだ・・・。
END