果てた後、しばらく彼の中に身を潜ませていたが、やがて腰を引き、抜いた。彼の両腕はシーツへと落ちた。その両手を握り、そしてまた強く抱きしめる。胸の中にある少年の髪は濡れてしまっている。鏡の前で懸命に乾かしていた、短い髪が・・・。肩で息をしている彼の吐息が、定期的にそれほど厚くはない自分の胸板にかかる。額に張り付いている彼の前髪の一束を、涼は掻き揚げた。瞳をこちらに向ける優理。その瞳は、まるでか弱い動物のようだった。その中に艶めいたものを、青年は見た。――さらなる交合を求めていることが、互い同時に分かった。
 少年を起き上がらせ自分もベッドの上に座り、膝の上に乗せた。
「涼・・・」
 この先どうすればいいのか、優理は内心では直感したが、あえて相手の意向を伺う声音を出した。

「君から・・・来て・・・」
 少ない言葉から、少年はその意味を理解した。青年の肩に掴まった。彼の上で大きく脚を開いて跨(またが)り、彼の再び持ち上がってきた分身の上に腰を据えた。
「ふっ・・・」
 怖がりながら遠慮がちに、彼を自分の中に収めてゆく。
「優理・・・ゆっくりでいいよ・・・」
 震え出している少年の腰と背中に腕を添えて抱き、涼は優しく言った。誰かに教えられたわけではない、その台詞・・・。
「う・・・あ・・・」
 眉根を寄せ、優理は徐々に腰を落とす。
「痛い?」
 青年が聞くと、少年は目を閉じながら首を横に振る。
 少しずつ、少しずつ、少年の中に自分が収められてゆくのを、青年は感じた。

 そして二人は完全に一箇所で繋がった。
 揺れ出すのも自分からでなくてはいけないのかと、少年はまた不安げな目で相手を見る。青年は頷く。しかしその表情は相手を包み込むものだった。心に安らぎを覚えた少年は、ためらいがちに彼の上で腰を動かし始めた。それに合わせ、青年も相手の下半身にある二つの丘に手を添え、揺れ出す。
「ああっ・・・」
 軋み出したベッドの上で、二人の若者は乾ききらない汗に濡れた肌を、再び同じもので湿らせていった。相手と接している部分では、それが溶け合った。
 少年には、今度は最初から快感が昇ってきた。彼のものを体の奥にまで届かせたいと願い、徐々に動きは大胆なものになる。
「優理・・・」
 甘く囁き下から彼を突き上げ愛しつつ、涼は彼が可愛いと思った。年下の少年を愛することが、こんなにも満たされることだとは思わなかった。心も体も何もかも、自分に預けてくれている。汗で滑る掌で彼を支えながら、彼も幸せを感じていればいいと望んだ。
「涼・・・俺・・・、死ん・・・でもいい・・・」
 心の声に答えるように、優理は掠れた声を途切れ途切れに漏らした。
 やがて膝の上で力尽きうなだれた彼の顔は、とても美しく青年の目に映った。肩に寄りかかる彼を、抱きしめた。


 重なったまま横になり、シーツの上で身を寄せ合って一つ口付けを交わすと、涼は一度優理をバスルームへと連れて行き、後処理をしてやった。これもまた、武司に教えられたようにしたのだった。少年は初め恥ずかしがっていたが、必要なことなのだと愛する青年に言われると、大人しく従った。
 バスルームを出て、先ほどまで愛を交わしていたベッドに着く。乱されて移動していた枕を元の位置に戻す。二人布団を胸まで被り、涼が優理を引き寄せる。
「ありがとう・・・」
 余韻を確かめ合うようなキスの続きに酔った後、少年は相手の目をまっすぐに見て呟いた。青年は横向きで向き合っている彼の片手を取り、甲に優しく唇を当て、唇を離すと握った手を頬に移動させる。彼の熱を感じながら、目を閉じる。

 まだ夢を見ているような心地でいる少年は、青年の胸の中で何度も瞬きをした。
「やっぱり・・・あなたで良かった。俺、間違ってなかった」
「優理・・・」
 彼の髪を優しく撫で、涼は呟く。
「俺、いつでも自分の直感を信じてるんだ。あなたに出逢って、愛してもらえただけで幸せだった。これからはもう、何も怖くはないよ」
 彼の言葉を、涼はすぐに飲み込むことはできなかった。自分が望むものとは、違ったからである。覚悟を決めているであろうその声に、悲しみさえ感じた。
「優理・・・違う。俺、今は・・・これからも、君と付き合いたい」
 青年の目を見詰める少年のそれは、また瞬く。

「そんな・・・無理、しないで。涼、好きな人がいるんでしょ? その人に俺、涼を裏切らせちゃったね。ごめんね」
 最後の声は、はっきりとは彼の喉から出なかった。瞳は潤んでいる。
「いない。好きな奴なんていない。君を抱いてる時は、君のことしか考えなかった。・・・君が好きなんだ」
 焦るように、涼は言う。
「だって・・・だから芳則さんも断ったんでしょ? 嘘ついてもだめだよ・・・」
 優理は泣き笑いのような顔をしてみせた。それを見て、涼は胸が締め付けられた。
「嘘なんて・・・」
「涼、俺を・・・俺だけを思い続けることができる? もし付き合っても、涼の心に少しでも誰かがいるのなら、俺、不安になっちゃうよ。そんなの嫌なんだ。俺だけを見てもらうことが、できないなんて・・・」
 涼は握った手をそのままに、彼の言葉を聞く。もう片方の腕では、彼の体を包むように抱いている。

「今、本当に心の中に誰もいないって言える? 俺だけ見てくれるって、誓える?」
 真剣なしかし切なさの混じった眼差しで、少年は見詰める。
「俺は・・・」
 その視線に、涼は目を逸らしてしまった。彼の前では嘘がつけない。彼の純粋な眼差しの前では・・・。彼が好きなのは紛れもない本心だったが、最後の質問には答えられなかった。――まだ自分の胸には武司がいた。何度も断ち切ったはずの未練は、何故か完全には消し去ることができないでいた。優理を愛しているのに、何故・・・。最初の男に捧げた気持ちだけは、忘れることができないのか。どんなに拭いたくても叶わないことなのか。

 涼は視線を戻し、一度深呼吸をした。
「俺は・・・俺も、本気で人を好きになったことがある。最初の男がそうだったんだ。でもそいつに俺は、裏切られた」
「裏切られたって・・・?」
 やはり予感した通りなのだと少年は感じた。彼が自分の前で誓うことは、できないのだと・・・。
 手を離し、仰向けになって涼は続けた。両腕は布団の上に出す。優理はそのままの体勢を崩さずに聞く。
「俺は本気だったのに、そいつは違ったんだ。あいつの俺への気持ちは、俺と同等じゃなかった。軽く見られてるような気がして、俺はそいつが許せなくなって・・・今も許してない」
「愛し合えなかったの・・・?」
 大人びた台詞を、少年は吐いた。青年は横たわったまま頷く。

「それで彼は・・・あなたに謝った?」
「ああ・・・。でも俺は・・・まだ・・・」
 今になってみれば、その諍いは他人から見れば小さなことかもしれないと思い、涼は言いながら恥ずかしさを感じた。
「涼はちゃんと、話し合ったの? その人と・・・」
 少年は淡々と聞いているだけのようだが、涼にはそれが咎めに聞こえた。何もかも分かっているような不思議な年下の少年が、すぐそばにいた。
「いや・・・話してない。俺が、どうしても許せないから・・・。話す気になれなくて・・・」
「それで・・・いいの? ずっと彼と、そのままで・・・」
 布団の上に出ていた、自分に近いほうの青年の手を、少年はそっと握った。
 その手を握り返せず、涼は沈んだ表情を浮かばせた。

「あいつはその機会を望んでた。でも俺が、拒み続けてたんだ。・・・話したい。話さなきゃいけない気がする、今は・・・」
 すると少年は微笑んだ。青年の顔は天井を向いているので、それを見なかった。
「仲直りして。涼が好きになった人なら・・・」
 優理は身を動かし、涼に寄り添った。触れたその肌はしっとりとしていた。
「・・・俺、愛し合いたかった。誰かと愛し合いたかった。それが、やっと叶った。あなたじゃなかったら、俺はこんな気持ちになれなかった。人を愛するってことがどういうことか、初めて分かったんだ」
 青年も動き、再び彼と向き合った。優理が起き上がったのを見て、涼も従う。二人、ベッドの上に今度は座って向き合う。青年は少年の両手を取った。
「あなたの心に誰もいなくなったら・・・、その時にはまた逢いたいな。・・・逢えるかな?」
 少年は相手を見上げた。溢れ出した濡れたものが、瞳を覆っている。瞬きをした時に少年の涙が、彼の手を上から覆っていた青年の手の甲に落ちた。
「逢いたい・・・俺も・・・。ごめん、優理・・・」
 濡れそぼってゆく手の甲に、涼は不甲斐なさで覆われてゆく自分の心を持て余しながら、目を固く閉じて彼の愛情と悲しみを感じた。


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