清太がバスルームにいる間、3人は部屋で思い思いの場所に落ち着き、待った。
武司はテーブルのそばに座り、部屋に入ってから2本目の煙草を吸う。ヒロは彼の向かい側に座り、冷蔵庫からジンジャーエールを出して飲んでいた。涼は窓際に立ち、カーテンを開けて眼下の通りを眺めている。
「いい買い物だったな」
武司は煙草をひと吸いし、ヒロに言った。
「ああ。まさかここまでできるとは思ってなかったけど」
その会話を聞いて、涼は二人のほうを振り返る。
「お前ら・・・罪悪感ないのかよ・・・こんなことして・・・」
すると武司は煙草を持ったまま、鼻で笑った。
「は、何言ってんだ。お前だって入ってきたじゃねーか。俺とあいつが誘ったら・・・。かわいそうだとか思ってたんなら、止めりゃよかったろ」
武司の言う通りかもしれなかったが、涼は二人が少しも悪びれた様子を見せないのが、許せなかった。だいたい、止めていたらやめたのか、とも聞きたかった。口を開こうとした時、武司が言葉を続けた。
「あいつ・・・清太だって、嫌がらなかったしよ。あいつはそういう奴なんだよ。第一、元々男が欲しくてここに来たんだろ。だから、こっちが悪く思う必要はねぇんじゃねーのか」
彼は煙を一つ吐く。
「でも・・・」
武司は苦々しい顔をした。いらいらしたように、煙草を灰皿でもみ消した。
「うるさい奴だな」
その時、バスルームのドアを開ける音がした。
そこには、元通りのVネックのTシャツに、ジーンズ姿の少年がいた。
髪もドライヤーできちんと乾かしていて、サラサラとした栗色のショートヘアの前髪を、左手で整えてみせた。その仕種は、どちらかといえば少年らしいあどけなさのほうが勝(まさ)っていた。
立ち上がりかけている武司と窓際の涼が、ただならぬ雰囲気にあるように見えたので、清太は言った。
「どうかしたの?」
「いや・・・何でもねぇよ。・・・行くか」
武司は言って清太のほうに歩み寄り、彼の肩に手をかけた。
部屋に鍵をかけ、武司と清太、涼、ヒロの順で廊下を歩いた。
武司の腕が回されている少年のうなじに、涼は色気を感じた。ほのかに、シャンプーと石鹸の香りがした。
その香りから、涼にはふと、一つの記憶が蘇った。
昔、町の花火大会に家族で行き、浴衣姿になった姉のそばを歩いた時のことだった。その時も、今と同じ感覚にとらわれたのだ。その姉に、初めて”女”を感じ、今まで慕っていた彼女が、突然自分の知らぬものに変わったような気がして、怖くなったのを覚えている。
外は闇の中にあるはずだったが、ネオンや街灯の明かりが、時間の経過を定かとはさせない。
ホテル代は、武司が一人で出した。
ホテルを出た時、割り勘を申し出た涼とヒロに
「いいって。こいつは俺が引っ張って来たんだし・・・俺のおごりだ」
と言った。
涼はその途端、人をものみたいに言う武司に、切れそうになるのを必死で抑え、
「いや、出させろよ」
と低い声で言った。
それで、3人で出し合うことになった。
彼らが頭を寄せ合って、財布と札を出し合うのを見て、清太は自分も出したほうがいいのかと、そわそわと彼らの目色を伺った。武司が気付いて
「いや、お前はいいんだよ」
と、ポケットに手を伸ばそうとする清太をなだめた。少年は素直に従った。
別れの時が来た。
「お前、俺たちと別々に行ったほうがいいだろ?」
武司は清太に向かって言った。
「それって・・・思いやり? 僕が”売りやってました”って、分からないように?」
清太はすました声でゆっくりと、伏目がちに言う。ネオンの妖しげな明かりが、彼の残酷的なまでの美しさを引き立たせていた。
「まあ、そんなとこだ」
武司はズボンのポケットに両手を入れ、肩をそびやかした。
「じゃ、行くよ」
清太は、3人を残して歩き出した。
「じゃあな、楽しかったぜ」
と武司は片手を上げる。
「帰り、男に気をつけろよっ!」
と、ヒロは冗談めかして言った。
「・・・」
涼は何も言わない。思いつめた様子の彼に気付き、ヒロが聞いた。
「どした? 涼」
すると涼は顔を上げ、前にいる武司を押しのけて駆け出した。
「あ?」
「頼むっ電話番号教えてくれ!」
清太に追いつき、涼は息せき切って言った。横にはホテルの外壁がある。
清太は振り返る。しばらく上目使いに涼の顔を見ていたが、やがて口を開いた。
「・・・嫌だ」
「なっなんで!?」
「あんた、僕の好みじゃないもん」
年下の少年ににべもなく言われ、涼は赤くなった。
清太は続けて、涼にとって信じられないことを言った。
「帽子の彼になら、教えてあげてもいいけどな・・・」
頬に右手を当て、首を傾けながら、二人のところまで歩いてきた武司を見る。
「だって僕、上手い人が好きなんだもの・・・」
涼の横をすり抜け武司に近づき、色気のあるうっとりとした目を、さらに彼に向ける。
「ほー」
武司は感心したような声を出す。
『俺は下手ってことか・・・?』
涼は彼らを見ながら、あまりにも早い失恋に、打ちひしがれていた。
清太は武司に寄り添い、彼の胸に手を置き、耳元で囁いた。
「今、携帯とか持ってる? ベルNo.教えるから、メモリーしてよ・・・」
この時涼には、ホテルそばの街灯に照らされ佇む二人が、同じ世界の人間に見えた。
END
(第1話終わり。第2話に続きます)