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後ろから手を伸ばし、涼のものを刺激してやりながら、武司は彼の中に入ろうとした。が、涼は頭を少しこちらへ向け、息をつきながら言った。
「ん・・・やだ・・・こっちじゃ・・・」
「どうした?」
武司は手の動きを止めたものの、まだ涼のものを離さないまま、聞く。二人布団の上に膝を突いて、起き上がったままの体勢だった。武司は涼の背中を見ながら、肌を合わせていた。彼の背中にはすでに汗の光るのが見える。
「お前の顔が・・・見えない・・・」
涼は目を閉じて、掠れ気味な声で言う。見えないと不安になる、と続けようとしたが、言葉にはできなかった。
「別にいいだろ、たまには・・・」
構わずに、武司は入ろうとする。
「嫌だ」
今度は悲痛とも取れる声を、涼は出した。
「我がままだな」
武司は笑みながら体を一度離し、涼の両肩を掴んでこちら向きにさせ、寝かせた。彼の顔を見ると、申し訳なさそうにしている。
「そんな顔するな」
彼の頬に片手を当てて、武司は優しく言った。
「あっ・・・」
涼の脚を持ち上げ、彼の中にようやく入ると、涼は切なげな声を出した。また、首には彼の腕が回される。
人前ではあれだけ恥ずかしそうにしているのに、二人きりになると、彼は大胆だった。自分からも腰を揺らし、どこまでも相手を求めた。
「たっ武司・・・! もっと・・・、もっと・・・!!」
そんな涼の姿を知っているのは、今は自分だけなのだと思うと嬉しくなり、武司は彼の求めに応えてやりたくなるのだった。
「じゃ・・・そろそろ帰るわ・・・」
ひとしきり抱き合い終わると、涼は起き上がって髪を左手で掻き揚げた。武司はうつ伏せている。と、いきなり武司の左腕が伸びて、涼の首を捕らえた。彼は「ぐ」と短い声を出し、そのまま倒されてしまった。
「わっ!」
一度布団に倒れこまされた後、倒した相手に抱き起こされる。
「なんだよ・・・まだ足りないのか?」
上になったまま、涼が言った。
武司は下から、彼の背中に両腕を回している。何か意味ありげな表情をした。
「俺・・・言ったよな? こないだ『お前が上になれ』って」
「え・・・?」
「涼お前・・・まだ”男”になってないだろ?」
「そ・・・うだけど・・・」
涼は戸惑いながら答えた。『初めて名前で呼ばれた・・・』と思いつつ・・・。
「”男”になってみろよ・・・俺の上で」
「武司・・・」
『って・・・え・・・お、俺がお前をせ、攻め・・・』
涼は真っ赤になった。一瞬武司とまともに目が合わせられず、逸らした。この間言われた時は、本気にしていなかったのだ。それに慣れるまでは、ずっと自分が下でもいいと思っていた。どちらかといえば、抱かれるほうがいいとさえ・・・。それなのに、いきなりな武司のこの台詞である。
「どうせ明日日曜だし・・・朝まで俺を好きにしていいぜ」
そんな涼の胸の内など知らない、とでも言うように笑顔を作りながら、武司は、涼の背中に回した腕に力を込めた。
「でっでも・・・」
まだ覚悟を決めきれていないまま、涼は枕もとに置かれた時計を見やった。
「まだ7時前だぜ?」
『朝まで一体何時間あると・・・』と、呆れた。
カーテンを閉じた窓のほうを見ても、まだ完全には暮れきっていない。
「夕飯だってまだ・・・」
「じゃ、先に腹ごしらえだ。ピザでも取って・・・」
時計の針は、”7”のところを指していた。
武司は体を横向きに、涼は仰向けになり、半身に薄い布団をかけて寝ていた。
カーテンを通して窓から差し込む光、聞こえてくる小鳥の声に、涼はゆっくりと目を覚ました。むっくりと、重たげに体を起こした。
『朝・・・?』
頭が少しずつ目覚めるのを待った。乱れた髪をそのままに、ちら・・・と少し不機嫌な顔で、隣りにいる男の背中を見やる。涼は眉を歪めた。
『ちくしょうスースー寝てやがって・・・!』
「起きろっ!」
怒りを込めて思い切り、寝ている武司の腰の辺りに向かって脚蹴りを食らわした。
「う」とびっくりして、蹴られた男は何ごとかと起き上がる。
右手で長い髪を掻き揚げながら、布団の上に片脚を立てた。
「なんだ・・・ずいぶん手荒な起こし方だな。あんなに愛し合ったのに」
おもむろに涼の肩と背中に腕を回し、目覚めのキスをした。
「んむ」と小さく声を出し、涼は相手の思わぬ行動に怯んだ。
「男にしてやったのに・・・」
そのまま涼を押し倒し、武司は彼の前に触れようとする。
「よっ・・・よせっ朝から・・・!! だいたいお前が『愛し合う』なんて言うなっ・・・白々しい!!」
涼は倒されたまま強く言った。
「何?」
手を止め、まだ意味が分からないといった顔をして、笑みさえ浮かべたまま武司は問う。
「おっ・・・お前っ・・・一晩中俺に恥かかせやがって・・・!!」
涼は下から思い切り叫んだ。
「俺がやってる時・・・お前ずっとニヤニヤヘラヘラ笑ってやがった・・・!!」
武司をどかして起き上がったかと思うと、右手をあごの辺りにやりながら、急に泣き出した。
「おっ俺が下手だって・・・心の中でも笑ってたんだろう・・・っ!? お前のほうが慣れてるからって・・・ひどい!!」
『あっちゃ〜、本気で泣き出しちまったよ・・・』
そんな涼を見ながら、武司は焦った。宥めようと、彼を優しく抱いた。
「悪かったよ・・・そんなに泣くな・・・。お前が男になっていくのが嬉しかっただけだ・・・」
だが、涼は泣きながら叫ぶ。
「嘘だ!! お前は俺をばかにしてるんだ!!」
その表情に、武司は一つのことに思い当たった。体を離した。
「なんだよ涼・・・お前俺のこと好きなのか?」
涼の目をまっすぐに見つめながら聞いた。
彼はぽろぽろと涙をこぼしながら答える。
「な、何を今更・・・!? 当たり前だろ・・・嫌いな奴最初の相手に選ぶかよ・・・?」
あまりのことに、涼は打ちのめされた。耳にしてもまだ、信じられなかった。何故、そんなことを聞くのか? そのくらいのことが、分からなかったのか・・・? 好きな男に抱かれて、彼の表情を確かめながら愛し合うことに、自分は幸せを感じていたのに・・・彼は――武司は、自分の体だけしか見ていなかったのか。自分は、愛されてはいなかったのか・・・? そう思うと、絶望しそうだった。
武司は顔を横に向け、右手で少し髪を上げた。
「そいつは知らなかった・・・。俺はただ単にお前がバージン捨てたがってただけだと・・・」
初めての時に涼が自分を怖がらなかったのも、全てを委せてきたのも、求めてきたのも、そういうわけだったのか、と武司はようやく気付いた。今まで涼を抱きながらも、これだけは思いが及ばなかった。ただ、自分の体を求めていただけなのだと思い込んでいたのだ。彼のことが好きなことは好きだが、どうやらその度合いに、若干の――いや、あるいは大きな――ずれがあったようである。その過ちに、武司は涼に対して悪いような気がし始めていた。目の前の男は、涙を流し続けている。
武司は再び、涼の背中に優しく腕を回し、抱き寄せた。
「だったら俺も態度変える・・・。ほんとは俺だってお前が好きだぜ・・・。この次お前を抱く時は・・・もっと満足させてやるし、愛してるって言ってやる。だから機嫌直せ・・・」
そのまま、そっと口付けた。舌も入れた。
が、涼は目を合わせずに下を向いて訴える。
「も・・・もうっ・・・遅いっ・・・! お前はどうせいつだって遊びで男と寝てるんだろう・・・!?」
顔を上げて、さらに叫んだ。
「俺だってお前の消耗品の一つなんだ!!」
「涼・・・」
その言葉と表情に胸を痛め、今度はさすがに真剣な面持ちになる武司。あぐらをかき、両手を脚の上に載せた。
「そんなに俺のこと本気なら・・・最初から言ってくれれば俺だってもっと真面目に・・・。それに『消耗品』なんて・・・。そんなに自分を卑下しなくてもいいだろ?」
涼の涙は止まってきたが、目を赤く腫らしている。
「俺はいくらなんでも・・・お前をモノとして見てるわけじゃないぜ? 多少なりとも愛情だってあるさ・・・。だから今度はマジでお前と・・・」
「もう・・・遅いって言ってるだろ!! 俺は二度と・・・お前とは寝ない!!」
堪(こた)える涼の一言に、武司は額に右手を当て目を閉じて聞いた。
「・・・なんでだ?」
「決まってるだろ!? お前の目だよ!! あの昨夜の・・・人を小ばかにしたような目が許せないんだ!!」
また、俯く。
「そっそれで・・・どんなに俺の気持ちがズタズタになったか・・・お前に分かるか!?」
勢いの収まらない涼に、今は彼の気分を鎮めるのは困難かもしれない、と武司は思っていた。
「・・・ズタズタって・・・男のプライドがか?」
涼は脱ぎ捨てられていたシャツに手を伸ばし、着ながら立ち上がった。
「そう言うと思ったよ。本気で恋愛したことのない奴には分からないだろうな!」
服を着終わると、涼はドアのほうへと向かい出した。
「おい・・・もう帰るのかよ?」
布団の上に座ったまま、武司は涼を見上げて言った。
「ああ・・・もうここには来ない」
背中を向けて横顔だけ武司のほうに見せ、
「・・・じゃあな」
と低い声で別れを告げた。
バタン、とドアの閉じられる音だけが、武司の部屋に痛く響いた。布団の中に一人佇み、武司はそれを見送る。ごろっ、と不機嫌に横になり、体を横向きにして頬杖を突いた。
『なんか・・・すげームカついてきた・・・。なんだよ・・・俺より場数少ないクセして急に大人ぶりやがって・・・。まだまだガキのクセに・・・。何が本気で恋愛だよ・・・。お前に言われたかねーよ・・・』
頬杖を突いていた腕を伸ばし、その上に頭を載せた。
『今度・・・あいつ2丁目にでも連れてくか・・・。デビューさせて・・・』
考えに耽るうち、彼はだんだんと笑顔を取り戻していった。
『そうすりゃ・・・遊びが楽しいってことも分かるさ・・・』
関係の修復は、それからでも遅くはない、ゆっくりとしていけばいい、とも武司は思った。もっとも、恋人同士になるのは難しいかもしれないが・・・。
*
思い出に浸りながら、目を閉じて武司は言った。
「元々・・・あいつを受けタイプにしたのは俺かもしれないと思って俺はこの話を・・・」
だが気付くと、横にいる清太はすでに夢の中だった。静かに寝息を立てている。毛布を肩まで被って。武司は呆れて微笑んだ。
『どこまで聞いてたんだか・・・』
天使のような寝顔を見て、武司は心に安らぎを覚えた。
『こいつ本当に可愛いな・・・。この無防備な寝顔がまた・・・』
清太に顔を寄せる。
『だから涼には譲れねえ・・・』
そっと、寝ている少年の唇を奪った。
膝の上に両肘を置き、両手を重ねて武司は遠い目をした。
『あいつも・・・昔は可愛いとこあったのに・・・今じゃ恋敵か・・・』
そうして溜息をついた。すやすやと穏やかに眠っている清太の横で・・・。
END
(第3話終わり。第4話に続きます)