彼の感じる部分を探ろうと、唇を離さずにそのまま、いくらかは固さを持った腹にも口付けてみた。舌も使ってやった。その部分に行き当たる度、涼は体をピクリとさせた。その表情は、普段の彼からは想像がつかないものだった。もっと怖がって、体を強張らせるかと思っていたが、彼は思いのほか、力を抜いていた。もうすでに、自分に何もかも委(まか)せる気でいるのか・・・。武司はその度胸に感心した。それで、初めて他人に触れられるらしい彼のものにも、武司は唇を当てた。だが、最初は手で触れられると思っていた涼は、閉じかけていた目を開いた。
「早坂・・・」
戸惑っているその声を聞きながら、武司はさらに彼のものを愛した。時間が過ぎてゆくにつれ、涼の手が自分の髪に触れ、頭を抱えるようにするのを、武司は感じた。その息遣いも、徐々に違ったものになっていく。初めてだという相手に、当初は優しくしてやろうかと思っていたが、その必要はないかもしれない。武司は確かめようと、一度唇を離し、顔を上げた。
「俺のこと・・・怖くはないか?」
すると涼は、武司の髪に指を絡ませたまま、息をつくように答えた。
「怖く・・・ない・・・」
それを聞き、武司は遠慮なく自分が入る準備を、涼に施した。何をされても、彼は素直だった。
涼の中に入った時彼は、まだ動き出していないのに、泣いた。細い腰を抱いて愛し始めた時、彼はすぐに腕を首に回してきた。その声、その顔、その涙、受け入れ方・・・その全てが相まって、武司に火を点けた。
大学の朝。
「ようっ!」
突然後ろから呼び止められ、涼はぎくっと肩をびくつかせた。その声は、陽気なものだった。
彼は伊達の丸メガネにGジャン、その下に黒いカットソー、さらにその下に白いTシャツを重ね着していた。首には、シルバーのチョーカーをしている。涼は振り向いた。
「経済学のレポート書けたか?」
声の主は、何事もなかったかのように話しかける。彼は白いシャツの下に、黒っぽいタートルの服を着ていた。黒いトート・バッグを肩から提げている。涼は丸メガネを通して、不機嫌そうな目を相手に見せながら口を開いた。
「武司お前っ・・・、よく普通に振舞えるな・・・っ」
ここで、声のトーンを下げた。
「俺たちはその・・・もうただの友達関係じゃないのに・・・」
上目遣いで、ためらいがちな表情をしてみせた。
すると武司は少し笑んだ。
「『武司』・・・? 『早坂』じゃないのか?」
「うっ・・・」
涼は焦る。
「そういやベッドの上で変わったんだったな羽柴? それとも俺も『涼』って呼ぼうか?」
武司は面白そうに、ズボンのポケットに両手を入れて言う。
涼はみるみる真っ赤になってゆく。顔を横に向けて、わざと武司の目を見ないようにして、吐き出した。
「よっ・・・よせっ! 変に思われるだろ? 『羽柴』でいい!」
『一度寝ても初心い奴・・・』
武司は内心、また彼を可愛く思った。
涼の肩に左手を載せて、顔を斜交いにしてまた面白そうに彼を見た。
「お前がそうやっていちいち赤くなるほうが怪しまれねーか?」
笑いそうになるのを必死でこらえながら言った。
「・・・」
涼はさらに赤くなり、言葉が出ないようである。涼の肩を掴んだままそれを見ながら、武司はそっと囁いた。
「・・・今夜はお前が上になれ」
「!?」
驚いた表情を見せた後、涼はヒソヒソ声になって叫んだ。
「ばっ・・・ばっかやろっ! 土曜にやったばっかじゃないかっ! 二日しか経ってないのに・・・。だいたい学校でそんなこと言うなっ!」
武司の人目を憚らない態度に、涼は呆れた。まるでやりたいだけの男みたいだ・・・とも思った。
だが武司はそれには構わずに、すました顔で続けた。
「じゃ、とりあえずガッコ引けたら校門とこで待ってるわ。俺ん家来いよ。幸い一人暮らしだし」
夕方。武司は一人、校門に寄りかかって涼を待っていた。帰宅する学生がぞろぞろと彼の前を通り過ぎてゆく。涼は、別の教室でその日最後の一コマに出て、武司と同じ時間に出られるはずだった。すぐに来る、と武司は思っていた。だが、涼は一向に来る気配を見せないのだ。学生の群れの中に見落としたのか、とも考えたが、一度寝たほどの関係の男の顔を、見落とすはずもない。では、自分が校門へ向かう前に、家へ帰ってしまったのではないか・・・? 約束を破って。
空を見ると、茜雲が覆っていた。カラスの鳴き声、その飛ぶ姿さえも見えた。それを見た後、武司は腕時計を見、ちっと舌打ちすると、背中を校門の壁から離した。バッグの中から携帯電話を取り出す。
トゥルルルル・・・と、呼び出し音が鳴る。3回鳴ると、ピ! と音がして、相手が出た。
「・・・もしもし?」
その声は、恐る恐るという感じに聞こえた。武司は眉をひそめた。
「俺だ、羽柴・・・」
「・・・たけ・・・早坂・・・か?」
「お前もう、家に帰ってるのか?」
「ち、違う・・・まだ・・・」
武司は携帯を握り締めた。何が「まだ」だ。やはり、勝手に帰るつもりだったのではないか。
「今、どこだ?」
「駅・・・。まだ、改札は通ってない・・・けど・・・」
声は相変わらず弱々しい。後ろめたいのなら、何故勝手に帰ったりするのか。
「何故、来ない?」
「・・・どっどうしても今日じゃないとだめなのか?」
涼はそれでは困る、という声を出した。まるで自分を怖がっているような、その声・・・。
武司は一つのことに思い当たった。
「お前ひょっとして・・・土曜の痛みまだ残ってんのか?」
携帯を口に近づけて、聞いた。
涼はその質問で、思い切って気持ちをぶちまけた。
「・・・そっ・・・そっ・・・そーだよっ! 俺初めてなのに3回もやりやがって・・・!! それで今日もかよっ・・・このスケベ野郎!!」
武司は理由が分かって、溜息をついた。そんなことなのか・・・。
「でも・・・俺を相手に選んだのはお前だぜ?」
携帯を持ったまま、顔を上げた。また、背中を校門に寄りかからせた。
「ちゃんと聞いたろ? 本当に俺でいいかって?」
機嫌を直し、笑顔さえ交えて言った。
「おっ・・・お前があんなに強いとは思わなかったんだっ!」
その子供っぽさを、武司は愛しく思った。どこまでも微笑ましい奴だ・・・。宥めるように、続けた。
「じゃ、今日がだめってんならな・・・、今度の土曜なんてどうだ? それとももう俺に幻滅したか?」
「そういうわけじゃ・・・」
弁解するような声の涼。
「なら、土曜に俺ん家来るな?」
「・・・行く・・・」
やっと、涼は承諾の返事をくれた。
*
「・・・おい?」
うつ伏せで、布団を半身にかけて、清太はうとうととしかけていた。上からかけられた声に、うっすらと気付く。
「ちゃんと聞いてるか?」
寝ている清太に向かって、武司は呼びかける。それで、清太ははっと目を覚ました。寝そべったまま、不機嫌な声を出した。
「きっ聞いてるよっ・・・一応・・・。でも武司ってば涼の話ばっかりするんだもの・・・つまんないっ!」
起き上がり、武司の右腕に手を載せながら、まだ諦めずに色気のある声音で誘いかけた。
「それよか・・・さ。もうやんないの? 早くしないと・・・”ご休憩”の時間終わっちゃうよ?」
武司の肩のあたりに、頭を載せた。
「ねぇ・・・」
「もうすぐ終わる。俺の話は・・・」
だが武司はにべもない。期待を裏切られ、清太は武司の顔を見ながら「もうっ」とふくれっ面をした。
武司は目を閉じ、さらに話を続ける。
「そんで・・・土曜に涼が俺ん家に来た・・・」