「な・・・。それも田中先輩から聞いたの?」
 昨日は確か”君”だったのに、もう”お前”になっているのも、嫌な感じだ。
「ああ。奴がお前のクラスメイトにでも聞けば、簡単に、な」
 この言葉を聞いて、清太の子機を持つ手が震え出した。
”ひどい・・・! 田中先輩! なんでそんな勝手に・・・!”
 彼への怒りと不信が、募り始めた。自分を守る、なんて言っておいて、啓二に引き合わせる前から、清太のことを啓二にいろいろと教えていたのだ。怒りで黙っていると、その様子を啓二が感じ取って、言った。

「・・・なんだ、怒ってるのか? ま、無理もないがな。あいつからお前の話を聞いて、俺がどうしてもって言ったら、あいつホイホイ行動に移してくれたんだ。お前の写真も見せてくれた」
「しゃ、写真て・・・何の?」
 まさか着替えているところでも盗撮されたのでは、と怖気立った。
「心配するな、ヌードとかじゃねえよ。制服で、ガッコの廊下歩いてるとこだよ」
 啓二は鼻で笑って言った。裸でなくとも、盗撮は盗撮だ。もう、田中とは口もききたくない気持ちだった。
「俺、その写真見てな、いっぺんでお前が欲しくなった」
 色気のある声で、受話器の向こうで啓二が言った。清太は怖くなった。
「な、なんだよそれ・・・。じゃ、ひょっとして、昨日も最初からそのつもりだったの・・・!?」
「そうだ、アツの奴、お前と約束したとかで、話しただけになっちまったけどな。・・・な、今度は一人で、もう一度あの店に来いよ。店の名前も道も、覚えてるだろ? そこで待ち合わせて、ホテル行かないか?」

”もうっ、なんだよ! 二人して、僕の気持ちなんて全然無視して・・・! 何がホテルだ・・・!”
 そのまま電話を切ろうかと思った。また、怒りで清太は黙った。そこへ啓二がこんなことを言った。
「嫌か? でもな、俺はもうダメだ。ずっとこの時を待ってたんだ。・・・そうだ、来週の土曜がいい。土曜は、練習が早く終わるんだろ? 部活の・・・。 サッカー部のスケジュールは、アツからちゃんと聞いてるんだ。来いよ。絶対来い。6時ってことで、いいな?」
「なんでそんな勝手に決めるんだよ・・・!」
 少し泣きそうな声で、清太は返した。絶対に行きたくない。
「もし6時に来なかったらな、お前の家に直接電話をかけて、親にあることないこと話してやる・・・」
「そんなのずるい・・・! 脅しじゃないか・・・!!」
 ほとんど叫びそうになったが、下の部屋で両親が寝ている手前、なんとか中くらいの声で言った。さらに抗議しようとしたが、そのまま一方的に電話を切られてしまった。

 そしてその土曜、つまり今日、清太は結局店に行く羽目になった。
 家を出なければならない時間ギリギリまで、自分の部屋のベッドで布団に潜り込んで、絶対に行くもんか、と思いながらふて寝していたのだが、啓二の脅しが本当になると思うと、やはり痛烈に怖くなった。・・・布団を跳ねのけた。


 先にバスルームを出て、ベッドに横になっていた清太は啓二の姿を認めると、上体を起こした。
「こんなもの、着なくていいのに」
 啓二はこれから手に入れようとしている少年のそばに寄ると、腰に軽く巻いていた白いタオルを外しながら、バスローブを着ている清太に言った。
「俺に脱がして欲しいからか?」
「違う・・・」
 裸になった啓二から目を背ける清太。啓二はその肩を抱き、再び横たわらせた。
 まだ怯えている相手の顔を少し見つめると、固く絞められていたローブの紐を解こうと手をかけた。
「ばかだな・・・」
 ようやく解くと、あきれたように啓二は笑んだ。
 両手でゆっくりと清太の胸を開いていきながら、上では口付ける。
「ん・・・」
 抵抗を諦めたのか、少年は啓二の舌の動きを受け入れている。そのまま数分間、啓二は清太の唇を求め続けた。
「ん・・・もう、いいよ・・・キスばっかり・・・」
 こう言って、まるで自分が先を促しているような感じがして、清太は内心焦った。その焦りは、啓二に伝わった。まだ腕に通されたままだった清太のバスローブを、啓二は片手で相手の上体を支えながら手伝い、外させた。

――前戯が終わると、啓二はメインのことを始めようと、起き上がった。仰向けになったまま、すかさず清太が言った。
「あ・・・。ね、ねえ、あれ、着けてよ・・・」
「いいだろ別に。風呂入ったんだから・・・」
 構わずに清太の体をうつ伏せにしようと、開いていた膝に手をかけた。
「で、でも・・・。あんたって、一晩で何人も相手にするって、さっき店の客が言ってたんだもの・・・」

 6時に店に着いた時、なぜか啓二の姿はなく、清太は一人で待つことになった。その間、店の何人かと話をしたのだ。啓二のことも幾つか聞いた。この店の常連であること、一晩で4、5人年下を相手にしたこともあること、密かに”2丁目の帝王”と呼ばれていることなど・・・。30分遅れて、啓二は店に現れた。今しも、少年の一人とでも寝てきたのかもしれない、と清太は思った。

「・・・しょうがないな。じゃあ、着けてやるよ」
 言って啓二は、絨毯に脱ぎ捨ててあったスーツの上着のポケットから、言われたものを取り出した。ベッドに戻ると、袋から出し、自分ではなく清太のほうに着けてしまった。
「な、なんで・・・? 違うよ・・・?」
 肘で上半身を支えて、半分起き上がりながら、清太は言った。啓二は一息ついて言う。
「俺は中に出すからいいけど、お前は・・・な。シーツ、汚したくないだろうと思って」
「そんな・・・。やだ、変だよこんなの・・・。ねえ、あんたも着けてよ。こんな意味で言ったんじゃないんだから・・・」
「俺は生でやるほうが好きなんだ」
 言うが早いか、啓二は清太の腕を取って力ずくでうつ伏せにし、清太の中に入ってしまった。
「あ、やだ・・・! ばか・・・!」
 そう叫びながらも、清太は今入れられたものと、自分が今までに関係した男達・・・沢本や光樹のそれと、無意識のうちに太さを比べてしまっていた。・・・認めたくなくても、啓二が1番だった。
「嫌い・・・!」
 半ば犯されるような形になってしまったのと悔しさとで、啓二の動きを受け入れながらも、こう叫んだ。・・・掠れた声になってしまったけれど。

「どうだ、まだ怖いか?」
 攻めながら、啓二が聞いた。
「ふん、は、初めてじゃないんだから・・・!」
 それを証明してみせようと、自分から啓二のリズムに合わせて、腰を揺らしてみた。・・・が、それが啓二の思う壺だということに、すぐ気付いた。やめようとしても、もう遅かった。
「ほんとだな。お前、だいぶ慣れてるじゃないか。こうしてくれれば、入りやすい・・・」
 啓二は少しペースを早めてきた。
「あっ、やっ・・・」
 自分も、動きを早めざるを得ない。始める前に塗られていた潤滑剤が効いて、啓二のものは清太の奥深くまで入ってきた。

 初めに啓二と、このホテルに入ってきた時は、田中達によって啓二の前に差し出された自分を、皿に盛られた料理のように感じていたが、今はその気持ちも薄れつつあった。・・・徐々に、快感が訪れてきたから。

「あ、ああ・・・!」
 思わず、女のような高い声を出してしまった。
「気持ちいいか?」
 この声を聞いて、満足げに啓二が言った。
「んっ・・・」
 清太は快感のあまりシーツを両手で掴んだが、”いい”とは決して言いたくなかった。それを言ったら、啓二に完全に屈服したことになると思ったから・・・。
「いいか?」
 啓二はもう一度聞いた。さらに動きを激しくした。
「い、いや、許して・・・!」
 頬に伝わる涙を感じながら、清太は最後までいってしまった。そのすぐ後、啓二の体の中にあった熱いものが、清太の中になだれ込んできた。


”認めたくない、こんなこと、認めたくない、でも・・・!”
 ベッドの上でしどけない格好をして、涙をまだ流したまま、清太は思っていた。
 下半身に着けられていたものは、すでに外されている。啓二は、ベッドの横で服を着始めている。

”夢のようだった・・・”
 寝返りながら、清太は目を閉じた。左頬の涙はシーツに吸い込まれ、右頬のそれは清太の右手で拭われた。
 服を着終わった啓二が、まだ整えていない髪を右手で一度掻き揚げてから、清太の肩に優しく触れてきた。そのままベッドのへりに横座りになり、清太の頬にキスした。
「・・・良かったぜ。お前はまだ、俺に許してないものがあるらしいけどな。 ・・・まあ、そのうち理性もきかなくなるさ。守ってられるのも、今日だけだ」
「そのうちって・・・。僕、これからもあんたと寝なくちゃいけないの?」
 顔を向けずに、清太は言った。
「嫌か? こうして晴れて恋人同士になれたっていうのに・・・」
「だっ誰が恋人同士だ・・・!」
 裸のまま、素早くベッドの上に起き上がって叫ぶ清太。啓二は掴みかかられても、平気で笑顔のまま言う。
「だって、あんなに激しく愛し合ったんじゃないか。お前だって、ちゃんといったし」
 清太は啓二のシャツの襟を掴んだまま、真っ赤になった。手だけでなく、体も震えた。
「な、あ、だっだってあれは・・・」
 思わず言葉に詰まって、しどろもどろになった。シャツを掴んでいた手を放した。

 啓二はいっそうの笑顔を作った。
「感じてたくせに、素直になれよ。・・・それともお前、ほかに彼氏がいて、そいつに遠慮でもしてんのか? 可愛いな」
「か、彼氏なら確かにいるけど・・・。あんたが無理やりこうして、浮気させたんじゃないか・・・。また逢おうなんて、ひどいよ・・・」
 清太は少し涙ぐんだ。啓二は横座りのまま清太の手を取って、今度は唇にキスした。
「ん・・・。や、やめて・・・」
 唇を離そうと、清太は掴まれた手首を動かした。だが、そのまま啓二に押し倒されてしまう。口の中に、啓二の舌が入ってきた。自然と、清太も舌を絡めてしまう。
「お前が好きだって言ったら、嘘に聞こえるか?」
 ちょっと唇を離して、啓二が囁くように言った。清太は体が熱くなった。 啓二にまっすぐに上から見詰められて、思わず息を飲んだ。
「や、やだ・・・。そんなマジな目で見ないでよ・・・」
 目を閉じた。なぜかキスをやめたくなかったので、顔を背けなかった。・・・啓二の背中に腕を回しさえした。
「ん・・・っ、ね、ねえ・・・。恋人じゃなくて、ただこうやって逢うだけなら、いいよ・・・」
 この言葉も、自然と口をついていた。


END


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