交差していた顔を戻し、見詰め合った。その時間も短めに、どちらからともなく目を閉じて唇を重ねた。初めは触れ合っているだけだったが、やがて涼のほうから相手の歯の隙間を割って舌を差し入れると、清太もそれを動かした。少年は相手の背中で、腕を滑らせた。涼は愛情のあまり、彼の唇を、舌を、
吸った。彼の頬を両手で覆った。だが清太は嫌がらなかった。そのまま受け入れ、自分からも唇を押し付けてくる。
長い口付けの途中で、涼のほうから先に唇を離した。
「俺のこと・・・欲しがってるだけだと思ってない?」
すると清太は目を見開く。
「どうして・・・? そんなこと、思ってないよ。涼、僕のこと・・・愛してくれてるんでしょ?」
明りをつけていない部屋だが、外からの光が清太の瞳に届き、その中に青年の顔が映っていた。その自分の姿を、涼は見た。見ていると瞳が動いた。・・・清太が再び抱きついてきた。涼も応える。しばらく抱き合うと、青年が少年の手を取って、バスルームへと向かった。
脱衣所で互いに背中合わせで、着ているものを脱いだ。何も身にまとわぬ姿になると、涼は後ろを振り向いた。
そこには、上からの人工光に照らされたあの美しい背中があった。筋肉に形作られた・・・。その下には、これも筋肉のついた形のよい二つの丘がある。自分がこれから触れ、中へ入ろうとしている・・・。
彼の手を引いて、ドアを開け、二人で床を踏みしめた。その足音が、高くバスルームの中に響いた。
涼が壁にかけられていたシャワーのノズルを手に取り、栓を捻り、湯を放出させた。初めは冷たい水が出るだろうから、バスタブの中へと注いだ。熱くなってくると、自分の肩に当てて熱さを確かめ、ちょうどよい温度になると少年のそれにも当ててみた。
「熱い?」
「ううん、これでいい。あったかい・・・」
言って、清太は両手で湯を受けた。
涼はノズルを再び壁にかけた。ホルダーの段は二つあったが、上の段にかけた。
二人は向き合っていた。頭上から、熱い湯が注いできて二人の髪を徐々に濡らした。清太は顔に落ちてくる前髪を、両手で掻き揚げる。
涼が正面を向いた彼の下を見ると、まだそれほど持ち上がってはいなかった。
「石鹸、どこかな?」
涼がシャワーを止めると、目をしばたたかせながら、少年はそれを探した。・・・涼に背中を向けた。
「あっ・・・!」
その背中が、弾かれたように反らされた。
彼のものは、後ろから青年の手に包まれていた。涼のもう片方の手は、清太の腰に回されている。
「やっ、やだ、涼・・・っ」
少年は小さく叫んだ。その声が、壁に響く。
「清太・・・」
彼の濡れた項に口付けながら、涼は包んだ手に力を込めた。
後ろから抱きすくめられ、前の自由を奪われて、清太は身動きができなくなった。
「や・・・まだ、だめ・・・。ここじゃ、嫌・・・」
清太はか細い声を出した。
「だって・・・君の体がまだ、その気になってないみたいだから・・・」
涼は右手を動かそうとした。
「嫌・・・恥ずかしい・・・。お願い、ベッドまで待って」
悲痛に聞こえたその声に、涼はやっと手を離した。体も離した。
「ごめん・・・」
体を洗うと、二人は裸のままベッドへと向かった。薄いオレンジ色をした毛布の上に、涼が清太の両手を取って一緒に乗った。乗ると清太は、枕に頭部を沈めようとした。その肩を、涼が止めた。
「ん・・・」
2度目のキスも、清太は素直に受け入れる。二人はベッドの上に座ったまま、顔の角度を何度か変えながら熱い愛情の交歓に酔った。少年が青年の首に腕を回すと、涼は相手を抱きながらゆっくりと寝かせた。唇を頬、耳、首筋に移しながら、左手を彼の盛り上がった胸の上で泳がせた。立ち上がっている桃色の小さな突起を、人差し指と中指でつまむ。そこへも、唇を這わせる。
「あ・・・」
軽く歯を立てられると、少年は吐息混じりな声を出した。相手の肩に、手を載せている。
唇だけでなく、涼は濡れた赤いものも彼の体に這わせた。彼のいくつかに分かれた腹筋、みぞおち、臍に、その跡を刻んでゆく。
「あ・・・涼・・・」
戸惑いがちに、少年は青年の茶色い髪に両手指をからませた。
「清太・・・愛してる・・・」
その指の感触を頭皮に感じながら、青年は囁く。
涼がそこへ辿り着いた時、清太のそれは先ほどよりは上を向いていた。涼はそっと、表面に唇を当てた。滑らせ、先端まで来ると口に含んだ。含んだ時、少年の体がびくりとした。彼の両膝を持ち、より脚を開かせた。太腿の裏に手を置き、彼のものを舌で愛した。
「ん・・・嫌・・・」
清太は左手を涼の髪から離し、口元に運ぶと、指の何本かをくわえながら相手の愛を感じた。
青年の口の中で、それは徐々に大きさを増していった。
「やだ、涼・・・。まだ、いきたくない・・・」
荒い息の合間に、少年はやっとのことで言葉を吐いた。その瞬間を、必死で堪(こら)えた。右手も相手から離し、シーツを握り締めた。・・・高ぶっているそれから、青年の口が離れた。清太は解放されたと思い、息をつく。・・・が、それはすぐに今度は青年の右手で包まれた。右手は上下にスライドされて動き、少年のものを刺激した。
「涼・・・っ」
いつになく奔走している涼に、清太は驚いていた。それほど、自分を愛したがっていたのか・・・。しかし、嫌な感じはしなかった。戸惑いはあったが、そのまま彼の手の動きに身をまかせる。快感も昇ってゆく。
――やがて、少年は青年の手の中に最初の熱情を放った。放った後、大きく深く、呼吸をする。
「君の・・・熱いね・・・」
掌に受けたそれを、涼は彼の後ろへと滑らせた。そこも、激しく呼吸していた。彼の顔を見ると、恥ずかしさに左腕で両目を覆っている。再び、下のほうへと目をやる。見ながら、指を彼の中へと忍ばせて動かす。柔らかくなっていく度に、指の数を増やした。高い胸を隔てた向こうには、腕を顔から離してシーツの上に置き、感じていく少年の上気したなまめかしい表情があった。
「嫌、見ないで・・・」
その表情の中でも、彼は恥じらいを見せてそんなことを言った。
抵抗のない、自分が愛するままに感じてくれるこんな清太を見ることを、涼はずっと望んでいた。
好きな相手には、こんな顔をしてみせるのか・・・。
『俺たちは、恋人同士なんだ・・・』
彼の入口を解し、潤しながら、涼は思った。
自分が入れるくらいになったことを確かめ、指をそこから離すと、涼は身を起こして清太の両膝を胸につくくらいまで曲げさせた。片手で彼の腿の裏を支え、片手で自分の熱く固くなっているものを持ち、・・・彼の中へと入った。
「く・・・あ・・・」
清太はあごをのけ反らせて首筋を伸ばしながら、切なげな声を出した。
「・・・いい?」
涼は止まったまま聞いた。スムーズには入ったが、彼のほうではきつく感じているかもしれない。
「ん・・・大丈夫・・・。来て、涼・・・」
少年は囁いて、相手の首に腕を回した。
――涼は、愛する少年の中で動き出した。自分たちが恋人同士であることを確かめるように、最初から激しく突いた。
「ああ・・・っ」
少年は高く細い声を上げた。彼の動きについていけるよう涼の首に回した腕に、力を込める。そして、最初は遠慮がちに、徐々に大きく自分からも揺れ出す。
「愛してる。清太、愛してる・・・」
少年の体を揺さぶりながら、涼は囁いた。
「ん・・・僕も・・・好き・・・っ」
固く目を閉じ、清太も叫んだ。
互いの髪は時間が経つごとに濡れ出した。前髪や脇の髪が、頬や額に張り付く。
自分の中を彼のものでかき乱され、清太は快感で気が遠くなるような心地になっていった。
「あ・・・ああ・・・もっと、涼、もっと・・・」
相手の背中に爪を立てる。
涼が清太の腰に腕を回し上半身を持ち上げ、より奥へ入るようにした。清太は相手にしがみつき、離れないようにする。曲げられていた両脚は、相手の体の脇へと投げ出された。清太が、涼の体を挟んだ形になる。その間も、青年は少年を突き続けた。
「あん・・・好き・・・。涼、好き・・・っ!」
叫びながら、少年は腕を相手から離し、下の繋がった部分だけを彼に預けた。その反った背中を、青年が支える。筋肉が複雑な形になっているのが、手指から伝わる。
清太の上向いた顔を見ると、完全に自分を信頼し、身を委ね、愛してくれているのが分かる。だが、まだ彼の口からは「愛している」との言葉を聞かない。彼の濡れた髪を左手で掻き分け、涼は繋がりながらそっと口付けた。
『言ってくれ・・・愛してるって・・・。俺を愛してるって・・・』
彼の頬に手を添え舌もからませながら、涼は願った。上下で繋がり、二人は互いの愛に酔った。
やがて、涼は唇を離した。頬に添えた手はそのままで・・・。彼の言葉を待った。・・・が、彼は何も言わない。ただ、愛情に満ちた表情をしてみせているだけだ。それだけでも嬉しいことは確かだ。だが・・・。
再び彼の背中をシーツの上へと押し付け、涼はさらに動きを激しくした。互いに頂点が近いことを、感じ取っていた。
『どうして、言ってくれない・・・?』
その願いは、切望にまで変わっていた。
「ああ・・・ん・・・涼・・・涼・・・っ!」
相手の首に掴まって、清太は甘い声を出した。
「いって・・・一緒にいって・・・っ!」
少年が叫んだ数秒後(のち)、二人は同時に達した。青年の熱情は少年の奥深くまで注がれ、少年のそれは密着した相手の腹のあたりに散った。
「あ・・・いしてる・・・」
折り重なった彼の上の耳元で、涼は少年のそんなか細い声を聞いたような気がした。彼の頬には、涙が伝わり光っていた。
空耳ではない。
自分の横でまどろむ彼の、静かに上下する裸の胸を見ながら、涼はその声を思い出そうとしていた。
日はとうに暮れ、部屋の中にも闇が広がる。外の街明りと喧騒が、カーテンを通して漏れてくる。
少年の体は、その中にほんのりと白く浮かび上がっていた。
彼は、覚えているだろうか。自分の口から、零れ出した言葉を。
今、聞いてみようか。だが、眠りに入ろうとしている彼を起こすのは気が引けた。彼は両手を腹の上で組み、長いまつ毛を伏せて緩やかに呼吸している。その体に、涼は起き上がって薄いオレンジ色の毛布をかけてやり、自分も被った。そして彼の左横で、再び枕に頭部を沈める。体を横にし、毛布の中で左手を伸ばし、腹の上にある彼の両手を握った。その手は、温もりを持っている。
――いつか彼から、彼が意識している時にその言葉を聞ける日が来るだろうか。
今はまだ、もう一人の男に対しても彼の心があるかもしれない。
それでも、自分は愛し続ける。彼が、自分だけを見てくれる、その時まで・・・。
まるで今日が二人の初夜だと、涼は愛する者の手の温かさを感じながら思った。
END
(第5話終わり。第6話に続きます)