ベッドに横たわらせた僕の体に、沢本は掌を滑らせた。
「あれからお前のビデオを観てるんだが・・・たまんねえな。あんな声を出すなんざ、普段のお前からは想像もつかねえ」
僕は怒りを覚えたが、何も言わない。奴の手は胸の上でしつこく動き回る。乳首を指先でつまみ、その後に舌を這わせた。軽く噛む。
「ふっ・・・」
僕は枕の上で頭を振り、体を弾かせた。
「感じるんだろ? 声出せよ・・・」
にやりとした後、沢本は下から上、上から下にと猫か犬のように僕の体を、そのあらゆる場所をなめ始めた。
「い、嫌・・・」
自分の体が奴の舌で濡らされてゆくにつれ、僕は汚れていく気がした。身をよじるが、奴は構わずに続ける。
「嫌じゃねえんだろ? ほんとは・・・。ふふ、女顔の割にはできた体をしているが・・・、腹筋なんかはまだまだ鍛えないとな」
そう言いつつ、僕の腹をなめる。すでに監督や教師の仮面は脱ぎ捨て、獲物を得た動物のような顔をしている。
僕の脚を開かせ、膝を立てさせると僕のものにも舌を這わせた。
「ほら、立ってきたぜ。・・・やり方が分かんねえんだな。だったら俺が教えてやる」
言うと口に含み、表面で複雑に舌を動かし始めた。
「嫌、やめて・・・!」
僕は上体を起こして奴の頭をどかそうとしたが、両手を掴まれて制されてしまった。
「出しちまえよ、俺の口の中に・・・」
奴は容赦なく、僕のものを刺激し続ける。腕は僕の手首を捉え、舌だけが生き物のように動く。奴はただの一人の男になり、僕をむさぼっているのだ。――やがて僕は他に出す場所を知らず、奴の口中に放ってしまった。
「ふふ・・・いい味だ」
沢本は僕のものを飲み干した後、舌なめずりしながら言う。羞恥と信じられない気持ちを込め、僕はシーツを掴んだ。奴は教師なんかじゃない。決して教師なんかじゃない。
一度ベッドを降り、自分のバッグの中から何かを取り出して、沢本は戻ってきた。それは何か透明な液体のようなものが入った小瓶だった。蓋を捻って開け、僕の後ろに中のものを指先に取って塗り出す。
「あっ・・・」
その感じたことのない冷たい感触に、僕は声を上げた。
「よくしてやるんだよ、これで・・・。滑りもよくなる」
指は僕の奥深くまで入ってき、押し広げた。その先には液体がついている。
「・・・そろそろいいか。後ろを向け」
終始にやつきながら作業を終えるとそう言って、僕の体をうつ伏せに返させた。僕は体を震わせた。前に奴にむさぼられた傷の痛みが、また蘇るのではないかと思ったからだ。そして奴は自身の固くなったものを、僕の中に勢いよく滑り込ませる。僕は喉の奥で呻いた。痛みはそれほど起きなかったが、その記憶だけが蘇って恐怖を感じた。この間光樹と肌を合わせなかった僕は、同じ男の体を続けて自分の中に入れることになるのだ。
「だいたいお前は元々男が好きなんだから・・・そんなに俺を嫌うこともないだろ? 今だって感じてるはずだ・・・」
僕の腰を抱いて体を突きながら、奴は囁く。僕は短い声をリズムに合わせて出してしまう。僕の背中の上で体を滑らせている男は、1匹の牡(おす)だ。もはや1匹の動物なのだ。動物になって、僕を欲しいだけ攻めて喜んでいるのだ。僕が声を出せば、その喜びは増して動きは激しくなる。僕は奴にとって生徒ではなく、殺されるのを待つモルモットだった。奴の汗と自分のそれとが混じり合う気持ち悪さを感じながらも、僕は奴の行為を受け入れるしかなかった。
「嫌・・・嫌・・・」
僕は消え入りそうな声でそう訴えるが、奴の動きが緩むことはない。動物には僕の言葉なんて分からないのだ。長くそうやって僕を攻めた後、ようやく奴は僕の中に放った。
終わっても、沢本は僕の上からどこうとしない。奴の体重はかかり続ける。すぐに帰りたい僕は、息を整えながら肩を動かした。
「まだ終わってねえよ」
「あっ・・・」
一度抜くと、今度は僕を仰向けにしてすぐに再び入ってきた。抵抗する間も与えなかった。奴は興奮したままの表情を崩さず、僕の膝を深く曲げさせて2回目を始めた。
「いっ、嫌・・・っ」
僕は奴には掴まらず、シーツを掴んで振動に耐えた。
「何が嫌だだ。いつもは大人しそうにしてやがって、お前は本当は淫乱なんだよ。これがお前の本当の姿なんだよ!」
暗闇の中でも、奴のにやけた表情が徐々に怒りを含んだものに変わるのが分かった。眉根にはしわが寄っている。奴の動きに合わせ、ベッドは激しくきしみ音を立てる。
「口では嫌がってても、こんなに俺を締め付けやがる。体はよがってる。お前は男が好きなんだろう? ずっと、こういうことがしたかったんだろう?」
僕の足首を自分の両肩に載せ、より僕の奥に入ろうとする。
「愛原とも、やりてえんだろ? こうやってよ・・・」
「嫌、違う・・・」
僕は泣き出した。彼の名前など、出されたくなかった。こんな、汚れた場所で。僕は彼を汚(けが)されたくなかった。僕の、唯一の、美しい存在だから。
「お前の願望を、俺は満たしてやってるんだ。むしろ感謝されるべきだと俺は思うがね・・・」
僕の脚を自分の肩に載せたまま、体を深く曲げてきた。
「気持ちいいんだろう? 言えよ、いいならいいって言えよ・・・!」
「嫌、嫌っ・・・! もう、やめて・・・」
僕は涙を枕にしみ込ませながら、奴の体の中にあった熱いものが、自分の中に注がれるのを感じた。
「俺はお前を飼いならしてやる。お前の本性を引き出して、俺なしじゃ生きられないようにしてやる」
ぐったりと横たわった裸の僕の上に、奴は語りかける。まだベッドに座ったままで、服を着ようとはしない。僕はゆっくりと起き上がった。だが沢本はすぐに僕の手首を掴み、不敵な笑みを零した。
「何帰ろうとしてんだよ。帰すわけねえだろう」
「嫌だ・・・。もう、できない・・・」
僕は怯え、震えた口元からはっきりしない声を出した。
「何言ってんだ。この間はもっとやったろう? 朝まで・・・」
「嫌だ、ほんとに嫌なんだ。どうして、こんなことするの・・・?」
腕を掴まれたままで目を伏せ、僕は聞く。
「俺はお前を抱きたい、それだけだ。淫乱なくせにぶってやがるから、むかつくんだよ。だからますます攻めたくなる・・・」
沢本はベッドを再び降り、今度は白いタオルをバッグから出してきた。僕は危険を察知して、ベッドから脚を降ろした。
「逃げるんじゃねえ。こっちへ来い」
「い、嫌! 離して!」
「うるせえっ」
僕を捕まえてベッドにうつ伏せに押し倒すと、背中に馬乗りになった。僕の両手首を掴み、合わさせ、手に持ったタオルで複雑に縛り始めた。
「やめて・・・! 嫌っ! 痛い・・・」
手首は固く縛られ、僕は倒れたまま両腕を頭の上に挙げさせられた体勢になっていた。
僕の言葉での抵抗も空しく、奴は僕を再び仰向けにして、その日最後のむさぼりを始めた。・・・
「ふふ、しかし、お前も分からねえ奴だな。お前と愛原は、まだ会って数ヶ月だろう? なのに、必死で”王子様”を守るとはな。殊勝な奴だよ」
自分の欲望を満たす”儀式”を一通り終えると、沢本は服を着ながら口を開いた。僕はまだ起き上がれないでいる。朦朧とした意識の中、明りの点けられたホテルの天井を見ながら奴の台詞を聞いている。その天井に貼られた紙も、色はくすんでいる。元は純白だったのだろうか。
「ち、がう・・・」
途切れ途切れに、僕は声を振り絞った。腕のタオルはすでに外されている。その固く縛られていた感覚が、まだ残っている。
「何が違うんだ?」
沢本はベッドに横たわる僕に近付いてきて、汗に濡れた前髪を掴んだ。しかし僕は口を閉ざす。
「・・・まただんまりか。勝手にしろ」
髪を掴んだ手を乱暴に離した。
僕は奴には決して言いたくはない。僕と彼との、汚されていない2年間を、知られたくはない。初めて出逢った、その瞬間のときめきも。
家に着いたのは、9時過ぎだった。母が出迎えた時、父もすでに帰っていた。
「もう、遅くなり過ぎないようにって、言ったでしょ?」
玄関口で、母は呆れて言った。
「ごめんなさい、つい・・・」
「お父さんもさっき帰ったばっかりだから、一緒に食べなさい」
「うん・・・」
すると母は廊下で振り返った。
「どうしたの? なんか元気ないわね」
「ううん、練習がきつかっただけ。ほんと、しんどかった。ダッシュだったんだけど、僕、あんまり脚速くないから・・・」
僕はすかさずこう答えた。嘘はついてはいない。練習だけ、というのは違うとしても・・・。母は頷いて「そうなの、あんまり無理しないでね」と言った。
制服のまま食卓につくと、温め直したばかりらしい料理が並んでいた。どのお皿からも湯気が立っている。
「シチューだぞ。母さん、ホワイトソースから作ったんだって。腕によりをかけたってやつだな」
父はほくほくとした顔で言う。スーツは脱ぎ、楽な部屋着を着ている。母は料理が好きで、時々こうやって時間をかけた料理を作る。
「そうなんだ、おいしそう。いただきます」
僕はスプーンの先を白くとろみのあるシチューの中に落とした。にんじんやたまねぎ、じゃがいもの他、ブロッコリーも入っている。肉は牛肉だ。それを口に運ぶ。――甘味と深味があって、僕はその味に感動した。
「おいしい。やっぱ母さんって料理得意なんだね」
僕のほめ言葉を聞いて、母は湯気の向こうで肩を上げて照れくさそうに微笑む。
「夕方早い時間からね、がんばってみたの。いっぱい作ったからおかわりもできるし、明日の朝も食べられるわよ」
それで、夕方電話をした時残念そうな声を出したわけが分かった。僕と一緒に食卓を囲んで、食べさせたかったのだ。
「うん」
僕は口にシチューを頬張りながら頷いた。その温もりは、僕の胸に染み渡った。
眠れる太陽、静かの海
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