あれからというもの、涼の清太への想いは、狂おしいまでのものになっていた。
 彼は涼が今までに出逢ったどの少年よりも美しく、未知の魅力に溢れていた。あのように、二つの顔を持った者も、涼の前に現れることはかつてなかった。
 だから武司に目前で奪われても、忘れられるはずも、諦められるはずもなかった。もっとも、清太のほうで涼ではなく、武司を選んだのだが。
 清太にもう一度逢いたい・・・その想いは、日々に募る。
 武司を避けるでもなく、普通に大学へ通っていたが、彼と会う時涼は、あえて清太のことは口にしないようにしていた。

 あの後、あまりに気になるので一度だけ武司にこう聞いたことがあった。
「清太と・・・逢ってるのか?」
「ああ」
 ある朝の、登校時間のことだった。
「何回くらい?」
「まだ、2回くらいだ」
「・・・」
「だから何だ? ・・・しかし、あいつやっぱすごいわ、昨日だって・・・」
 武司は笑い顔を作り、思い出しながら話そうとした。
「やめろ!」
 涼は思わず叫んでしまっていた。
――昨日・・・? 昨日も逢って、清太を抱いたのか。
 何故、清太はこんな奴を選んだのだろう。何故、こんな男が自分の友人なのだろう。聞かなければよかった。

 そんなことがあってから、武司のほうから清太の話をすることがあっても、自分の心の内は明かしたくないので、簡単な相槌を打つに留めていた。武司に清太のベル番号を聞けば逢えるかもしれなかったが、そういう気にはなれない。悔しさが、そうさせなかった。
 あの夜、清太と二人きりで出逢いたかった。あの場に武司さえいなければ、事態は変わっていたかもしれない。ホテルでのあんなことも、起こらなかった・・・。武司にはもう、逢わせたくなかった。なのに、清太は武司と逢っている。そのことが、また涼を苦しめた。


 それまで涼は、2丁目などで気に入った年下の少年を見つけては寝ていたのだが、今は清太以外の誰も抱く気が起きない。
 ある日彼は、武司のほうが午後の授業が一コマ多かったので、一人であの街へと赴くことにした。
「後で行くから、携帯にかけてくれよ」
 武司は授業に向かう前、そう言った。
 武司も清太と付き合うようになってからは、彼としか寝ていないようだった。清太とスケジュールが合わない時に2丁目へ行くことがあっても、ヒロなど周りの仲間と話をするだけだった。それに、街へ行く回数も、減っていた。

 行きつけの店に着くと、この間清太や武司たちと座っていたカウンター席が目に止まった。清太の座っていた席・・・涼は入り口から歩き、そこへ腰を落ち着けた。
「ね・・・お兄さん、一人?」
 そこへ、涼が来るのを待ち受けていたようかのように、若い声が聞こえてきた。こういう時の決り文句だ・・・と思いながら振り向くと、高校生ぐらいの少年が一人、立っていた。黒髪の短髪で、顔立ちは中の上くらいだったが、清太に比べれば、あまりにも平凡に見えた。
「隣り、いいかな?」
「ああ・・・いいよ」
 涼は力のない声で答えた。
 少年は涼の横に座ると、すぐに飲み物を注文した。
「お兄さんは? もう注文した?」
「いや、まだ・・・。あ、じゃあ、同じものを」
 涼はバーテンダーに告げた。テーブルの上で、腕を組んだ。まだアルコールを口にしていないのに、店内の派手な音楽が頭を打つ。

「どうしたの? 元気ないね。・・・ね、ここよく来るでしょ」
 少年は親しげに言う。
「・・・知ってるのか? 俺のこと」
「うん。いつも、ロン毛の人と金髪の人と、一緒だよね。俺もここ行きつけだから、よく見かけるんだ」
 彼は明るかった。
「それで・・・何か用?」
 涼は組んだ腕の中に、顔を突っ伏してしまった。
「俺ね、一度お兄さんと話したかったんだ。・・・いいかな?」
 誘いに来たのか・・・涼は察知した。こういう場合、「話をしたい」と言えば、いつも最後には必ずといっていいほどそういう状況が待っている。だが、抱く気がないのにホテルへ行っても、しょうがない。言葉通り、話だけはしてやってもいいが・・・。

「涼でいいよ。話って?」
「それ、話する態度?」
「あ・・・ごめん」
 涼はやっと顔を上げた。
「でね・・・今日、誰かと待ち合わせ?」
 少年は常に涼のほうを見て話した。
 注文したものが来た。彼はグラスについた雫を、一つ一つ指でなぞって、繋げた。変なくせだ・・・涼は思った。
「いや・・・一人になりたいから」
 武司に携帯にかけろとは言われたが、もう今日は連絡せずに、一人で飲んで帰るつもりだった。

「なんで? 彼氏と喧嘩でもしたの? それとも、振られたの?」
 うるさいな、と涼は思い始めていた。やる気のない声で、答える。
「そんなのいないよ」
「じゃ・・・何?」
 聞いた後で少年は一口、カクテルを飲んだ。
「君に話してもしょうがない」
 涼は顔を少年から背けた。やはり言葉少なな彼に、それでも少年は諦めない。
「俺さ・・・実は、兄さ・・・涼と、仲良くなりたかったんだ」
 少し顔を赤らめ、少年は言う。
「仲良く? ・・・やりたいならやりたいって、はっきり言えよ」
 この時は、はっきりと少年のほうを見た。涼のいらつきは、度を増すばかりだった。怒りさえ、湧いてきた。
「そんな・・・。俺、涼のこと、いろいろ知りたいだけなんだ。だから、元気のない理由も、できたら聞きたいなって思って・・・」
 少年は相手を怒らせてしまった気まずさから、おどおどして言った。

「なんで君に話さなくちゃいけないんだ? 関係ないだろ。話してどうなる? 清太を連れてきてくれるのか?」
 少年はキョトンとした。言ってから、最後のひと言が無性に恥ずかしくなった涼だった。
「”しょうた”って・・・? あの・・・その子のこと、好きなの?」
 涼は自分の口から出てきてしまったので仕方なく、答えた。
「ああ・・・好きだよ」
 そうして、この間のことを話し始めた。

「そう・・・だったの。あの・・・でも、なら、武司さんにベル番号教えてもらえばいいんじゃない?」
 少年は下を向いて、また顔を上げた。
「あいつに頭を下げるのはごめんだ」
 まだ口を付けていなかったカクテルのグラスを、ここで初めて涼はあおった。
「でも・・・逢いたいんでしょ? その子に・・・」
「逢いたいさ。逢いたくて逢いたくて、どうにかなりそうだ」
 涼はテーブルに肘を突き、顔を両手で覆った。ほとんど、泣きたい気分になっていた。
「・・・そんなに、好きなんだ・・・。俺が入る隙、なさそうだね・・・。でも・・・」
 少年の瞳の中に色気が備わるのを、涼は見逃さなかった。
「俺ができること、ないかな・・・? ねぇ、涼・・・」
 彼は徐々に体を近づけ、片手を涼の腕にかけた。す・・・と動き、上から右手を握った。少年の雰囲気から、やっぱりそうなのか、と涼はうんざりした。手を振り解き、立ち上がった。
「ほっといてくれ!」
 言い捨て、涼はつかつかと歩いてレジで金を払い、ドアを乱暴に開け、閉めた。
 清太の代わりなんて、いない。清太以外の少年を抱いても、なんの慰めにもならない。
 店を出た後、少年は涼を追っては来なかった。


 翌朝、涼は自分の叫び声で目が覚めた。
 夢の中で、清太と出逢った。
 森か林の中。夜だった。月明かりが、幹や枝を照らす。その中に涼はいた。当ても分からず歩いていると、ちらり、と向こうに白いものが見えた。涼ははっとして、そのものに近づいた。だが、近づけば近づくほど、何故かそれは遠ざかってしまう。
 つと、白いものは正体を見せた。それが、清太だった。あの夜と同じ白いTシャツを着て、笑っている。その笑顔は、ある時は無邪気で、ある時は艶めいたものに、幹から幹へと移りこちらを振り返る度に、変幻した。涼は後を追った。だがやはり、いくら追っても、近づかないのだ。彼は林の中で、何度も少年の名を呼んだ。彼の顔もTシャツも、月明かりに照らされて、青白く涼の目に映った。

 あの夜、清太は武司を選んだ。何故なのか。あんなにひどいことをしたのに・・・。涼は、二度とあんなことはしたくなかった。あのことを思い出す度に、後悔の念にさいなまれてしまう。やはり、武司やヒロを止めるべきだったのだ。自分も、加わるべきではなかったのだ。3人で、など・・・。
 もっとも、清太は決して嫌がることはなかった。嫌がらないどころか・・・と考え、涼はぞくっとした。あの、武司とヒロの二人の男に自分を与えている時の姿が、突然浮かび上がってきた。あんな姿態を見せても、彼は・・・清太はなお、美しかった。
 髪を枕に広げ、目をうっとりと閉じて・・・口をうっすらと開けて・・・彼は横たわっていた。

 すっきりしない頭を抱え、涼は大学へ向かうべく、家を出た。


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