『いっちゃった・・・』
 清太は枕を抱いて、ベッドにうつ伏せていた。
『涼相手にいくなんて・・・』
 現実に戻ると清太は、涼に見られないよう背中を向けながら、複雑な表情をしていた。
 涼が自分を酔わせることも、自分から涼を求めることも、ありえないと思っていた。なのに・・・。その誤算に、清太は当惑していた。
 そこへ、涼の手が肩に触れた。清太はびくりとした。・・・ゆっくりと起き上がった。
 半身に布団をかけ、二人並んで座った。涼は膝を立て、手はその上に置いている。
 清太は左手をあごのあたりに当てて、彼の横顔に向かい、遠慮がちに聞いた。
「あ・・・あのさ・・・。今日・・・どうしたのさ? なんか前と違う・・・」
 涼は清太のほうを見た。どき・・・とする清太。
 清太のあごに手を添え、涼は優しいキスをした。キスされながら、清太は赤くなった。
「そりゃ・・・愛さ・・・・」
 唇を離してから、涼は囁いた。
「言ったろう? 俺は本気で君を・・・愛してるんだ」
 真顔になって清太の瞳を見つめながら、さらに言う。顔の距離は、ごく近い。
 手を再び口元に当て、戸惑う清太。
「な・・・なんだよ愛って・・・。やめてよそういうの・・・。彼氏と別れろとでも言うの?」

 立てていた膝を下ろし、清太の左手首に右手を添え、涼は彼の肩に頭を載せた。
「別にそこまで望んでるわけじゃない・・・。ただ・・・時々こうして逢ってほしい・・・」
 清太の手を上から握った。
「頼む・・・これきりだなんて言わないでくれ・・・。俺は・・・」
 この時清太は、次の言葉を聞くのが怖いとばかりに、目を閉じた。
「君がいないと生きていけない」
 だが言葉は、吐かれてしまった。
『だっだめ・・・! 雰囲気に飲まれては・・・。つっぱねなきゃ・・・!』
 ぎゅっと閉じる目に力を込めた後、清太は言った。

「はっ・・・! それって・・・三股(みつまた)かけろってこと? 彼氏のほかにも武司とも逢ってるのに・・・」
 その言葉には、揺れそうな自分の気持ちを、断じる意味もあった。
 すると涼は頭を清太の肩から離し、真正面から見つめた。
「君は・・・武司のこと愛してるのか?」
 焦る清太。だが、すぐに態度を戻す。
「なっ・・・なんでそんなふうに聞くの・・・? 真面目に愛してなきゃ逢っちゃいけないとでも?」
 小指の爪を噛みながら、続けた。
「別にいいじゃん遊びでHしたって。あんただって最初のナンパの時、ただ僕とやりたかっただけなんでしょ?」
「それは・・・」
「アホらし」
 清太はベッドをきしませ、下りた。
「あんたとは話が合わないね」
 立ち上がって、顔を見せずにさらに涼に言う。
「だから僕、あんたより武司を選んだんだよ」
 清太の背中を見ながら、涼は傷ついたような表情をしていた。清太が床に落ちている服を手に取っているのを見て、身を乗り出した。
「かっ・・・帰るのか?」
「うん」
 ジーンズやTシャツを腕にかけ、やっと、清太は振り返った。
「でも・・・いかせてくれてありがとう。よかったよ」
 下目使いだった。
 ベッドの端に手を置いて体を支え、涼は清太を見上げる。
「もう・・・逢ってくれないのか? 俺とは・・・」

 清太は少し考え、遠くを見るような目をして答えた。
「あんたが・・・愛してるだのなんだの、ゴチャゴチャ言わなけりゃ、ベル番号だけ、とりあえず教えてあげるけど?」
「君の前で・・・愛してるって言っちゃいけないのか?」
 涼は”言いたいのに”という顔をしていた。
「そう。逢って、Hして、それで終わり。”愛の語らい”なんてやめてよね」
「・・・」
「どうするの?」
 涼は考え込んだ。
『このまま別れるなんて耐えられない・・・』
 やがて、顔をうなだれて答えた。
「分かった・・・君の前では言わない・・・。だからベル番号を・・・」
 それを聞き、清太は涼を見下ろしながら安心したような、勝ち誇ったような顔をしてみせた。


 清太はベルトの金具を留め、涼はその後ろでシャツのボタンを留めていた。
 留め終わると、涼は後ろから清太の腰に腕を回した。
「清太最後に・・・キスを・・・」
 少し驚いたが、清太はすぐに小悪魔的な顔で微笑んだ。
「・・・いいけど?」
 涼は伏目がちに、その返事を聞いた。
 清太の肩に手を置き、涼は彼に口付けた。
 すると清太が急に、涼の肩に腕を回してきた。
「サービスっ」
 と言いながら、唇を涼のそれに押し付けてきた。涼は驚いて、目を開けた。
「ん・・・」
 清太は声を漏らした。
『清太・・・自分から舌を・・・』
 どういうつもりなのか分からず、涼は舌を絡ませながらも躊躇した。
 唇を離すと、腕を回したまま涼の瞳を真っ直ぐに見つめ、清太は甘く囁いた。
「次に逢う時まで・・・キスの味を覚えていたいでしょ?」
 どぎまぎしている様子の涼を見て、清太は内心意地悪な喜びを感じた。この行為は自分を酔わせたことへの、涼への仕返しでもあった。

 夜も更けた駅頭。帰りを急ぐ人たちの群れも、大分減っていた。サラリーマンたちが改札で定期を滑らせる音が、二人にも聞こえてくる。
 清太はJRを、涼は地下鉄を使うので、ここで別れることになった。
「じゃ、ベルしてね」
 片手を振って、少年らしい可愛らしさで、清太は言った。それは、今日見せた初めての自然な笑顔だった。
「あ・・・ああ・・・」
 戸惑いがちな表情の涼。
 そして、清太は改札の向こうへと消えた。

 清太の背中を見送った後、涼は思っていた。
『だめだ・・・次もきっと・・・愛してるって言っちまう・・・。なんて小悪魔に惚れちまったんだろう・・・』
 一度は手の中に入れたと思ったのに、やはり彼――清太はするりと抜けてしまう。
 涼の彼への狂おしさは、変わらなかった。というよりも、以前よりそれは激しくなっているようだった。
 そんな気持ちを抱きながら、涼は歩き出した。


END

(第2話終わり。第3話に続きます)


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