部屋へ向かうまでの廊下で、先を行く涼はつと速さを落とし、清太の右手を握った。清太は離そうと手を振ったが、彼の力がそれを許さなかった。
 部屋に入ると、涼は手を肩に移し、そのまま清太の背中を押してバスルームへのドアを開けた。
「僕はいいよ・・・。家で入ってきたから。涼だけ入って」
 涼の胸を押しながら言い、清太はやっと彼から離れた。
「じゃ・・・やっぱり俺もいい・・・」
 涼はドアを閉めようとした。
「なんだよ・・・僕が逃げると思ってるの? あんたが入ってる間に・・・」
 戸口のところで、二人は目を見交わし合った。
 涼と寝るのは不本意だが、逃げたりすれば怖気づいたと彼に思われ、よけいに癪に障る。
「逃げないよ。待ってりゃいいんでしょう?」
 すると涼は、一人だけ再びドアの向こうへと脚を踏み入れた。一度離した清太の手を取った。
「じゃ、待ってて」
 それだけ言うと手を離した。清太をドアの外に残し、ドアは閉ざされた。

 暗い部屋に一人残った清太は、明かりを点けようかどうか迷ったが、点けないことにした。ベッドサイドのスタンドのところまで行き、それだけ点けた。ほのかなオレンジ色の光が、部屋をうっすらと色づけた。
 次に窓のところまで行き、カーテンを引き、外を眺めた。目の前には周りのビルのネオン、眼下には通りを自動車が走っているのが眺められた。月は見えない。ふと目を移すと、先ほど二人が出会った公園の、こんもりとした暗い緑の塊が見える。あそこで逢った誰かと、寝るつもりだった。自分を捧げるつもりだった。自分の価値を、さらに確かめたかった。その相手が、一番会いたくなかった男になってしまうとは・・・。清太は溜息を吐(つ)いた。その息が、しばしの間窓を曇らせた。
 疲れを覚え、清太はベッドに腰を下ろした。チョーカーに手をやり、手持ち無沙汰にそれをいじった。清太は俯いたまま、ベッドに片手をついて体を支え、目を閉じた。

――急に、光樹に逢いたくなった。

 これは、彼を裏切っていることへの、罰の現れなのではないだろうか・・・。清太はふとそう思った。罰ならば、受けるしかない。
 目を開くと、清太はおもむろに、赤いTシャツの裾を両腕をクロスさせて掴み、脱ぎ始めた。ジーンズ、下着、と、荒々しく脱いでいく。その荒々しさで、ベッドがきしんだ。


 涼はシャワーを浴び終え、バスルームから出て清太のそばへ行った。そこにはあの時と違い、武司はいない。彼は紺色のカバーがかけられた布団に、身を包んでいた。めくると、すでに一糸まとわぬ姿で涼に背中を向け、身を横たえている。布団をめくられた清太は自分で体を動かし、体の前面を見せた。
「脱がせるわけないじゃない」
 涼を見上げながら、”絶対にこの男には気を許さない”、清太はそう決めていた。例え、体は許しても・・・。
 何故か清太の目が潤んでいるのを認めた涼は、”この少年は自分を愛さない”、その予感を覚えていた。

 抱こうとベッドに乗ったが、彼の首にまだチョーカーがついたままなことに気付いた。
「これ・・・」
 フェザーのヘッドを手に取り、どうするのか目で聞いた。
 清太は起き上がって、首の後ろに両手を回した。
「待って」
 と、涼が止めた。
「俺に・・・外させてくれないか」
 清太は少し判じない、という顔をして間を置き、
「・・・じゃ、外せば?」
 と背中を向けた。
 その時涼は、初めて清太を抱いた夜のことを思い出した。オレンジ色のほの明かりに逆光に照らされ、あの時と同じく、彼の背中は美しかった。それを感じながら、涼はもう一つのことを思い出した。
”黒いチョーカーは娼婦の証”――そんな言葉を、いつしか美術関係の本で見た記憶がある。あれは、マネかゴヤの、裸婦画の横に書き添えられた言葉ではなかったか・・・?
 チョーカーを外すと、そばのテーブルに置いた。そして清太の肩を押さえながら、ゆっくりと寝かせた。――が、すぐには何もせず、じっと清太の体に見入った。

「何・・・眺めてんだよ。さっさとやれば?」
 視線に耐えられず、清太は言った。
「君・・・やっぱり体もすごいね」
 涼の言葉に、清太は呆れた。
 清太の両頬を挟む涼。顔を近づける。
「顔はこんな女の子みたいなのに・・・」
「わ・・・悪かったな・・・女顔で!」
「そうじゃない・・・きれいだよ・・・」
 そう言いながら、涼は清太に優しく口付けた。
「だから一目惚れしたんだ・・・」

 涼は、シーツと接する清太の背中や腰の下に腕を回して、裸の彼をきつく抱きしめた。顔を歪める清太。
「涼・・・痛いよ・・・骨が折れちゃう・・・」
 それでも、抱きしめ続ける涼。
 そうすることで、腕の中に清太がいることを確かめようとしていた。
「勝手にしてよ・・・」
 清太は不機嫌に横を向いた。

 目を閉じると、薄闇の中に、涼が自分の体を手や舌で愛撫する感触だけが、清太には強く感じられた。彼の愛撫は全身に及んだ。足指にさえ、口付けた。いとおしむように、できるだけ清太の体の隅々まで記憶に残そうとしているかのように、それは続いた。
「涼・・・」
 すぐに入ってきたがるかと思ったのに、今日の涼はそうではなかった。
「あっ・・・!」
 清太の体の入口を潤す時、涼はこの間はしなかったことを、彼にした。
「や・・・やだ・・・」
「・・・したことない?」
 唇を離し、涼は聞いた。
「そうじゃない、けど・・・あんまり・・・」
 清太は、羞恥に顔を赤らめていた。
 時間をかけて、涼は自分が入る準備を、清太に施した。この間の二の舞を踏まないようにしているのだろうか・・・と、快感をこらえながら、頭の片隅で清太は思った。

「今度こそ君を満足させてみせる・・・」
 清太と繋がろうと脚を持ち上げた時、涼は囁いた。――そして、清太の中に入った。
 願い続けていたことが現実になった喜びに、涼は打ち震えた。その喜びを、体の動きで表した。
 体だけでなく、それは言葉にもなった。
「愛してる・・・清太・・・」
 まだ2回しか会っていないのに何を言っているのだろう、と清太は涼に突かれながら思った。
 早く、済ませたかった。早く済ませて、光樹のもとへ帰りたかった。
 だが、涼はそれを許してはくれなかった。清太の脚をさらに持ち上げ、より深く中へ入ろうとする。
「あっ、や・・・っ」
 背中がシーツから離れ、腰が浮くほど持ち上げられた恥ずかしさに、清太は声を出した。
「涼・・・やだ、こんなの・・・」
 清太は羞恥と困惑の混ざった表情を涼に見せた。
 それでも許さず、涼はさらに清太を激しく突いた。
 最初に決めた気持ちとは裏腹に、清太は自分が感じてしまっていることが悔しくなった。このままでは、涼に溺れてしまう。その悔しさからなのか快楽からなのか分からなかったが、涙が溢れてきた。

「好きなんだ・・・だから、いいだろ・・・?」
 清太を愛しながら、涼は囁いた。
 明かりを顔の半面に受け、浮き上がった涼の顔を見て、清太ははっとした。
 その顔は、今までになく男らしかった。顔の半面は明るくオレンジ色、反面は蒼い暗闇の中で、その陰影は強い凹凸を作っていた。錯覚か、とも思われたが、いくら見つめてもその男らしさは変わらなかった。いや、むしろ、見つめるほどにそれの印象は増した。
『この人・・・こんなに・・・?』
 失いそうになる意識を必死で保とうとしながら、清太は戸惑っていた。目の前に、自分の知らない男がいるみたいだった。その男を、自分の中に受け入れている。――不思議な陶酔感が、清太を包んだ。

 ”求められている・・・”そう感じると自然に、両腕は彼の背中へと伸びていた。
「涼・・・、涼・・・!」
 気が付くと、体は彼と一緒に揺れていた。
 涼も、より強く清太を抱きしめ、愛した。
 二人はそのまま、いつまでも互いに離れようとしなかった。


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