髪に誰かの手指が触れる感触で、目が覚めた。
 まぶたをゆっくりと開けると、目の前には恋人の温かな笑顔があった。
 頭部を預けていたのは、冷たい枕やシーツとは違う温度を持った、彼の腕枕だった。
「あ、痛かったよね、ごめん」
 清太は慌てて起き上がろうとした。
「いいんだ、まだ寝てていいよ」
 光樹は少年の前髪を撫でた。

 その穏やかな微笑みに、少年の胸には熱いものが宿った。
 これを、なんと表現したらいいのだろう。
 幸福、と呼ぶのだろうか。
 もう一人の男と過ごす時には決して感じることのない、この感情。

 清太は光樹と付き合いながら、依然として啓二とも逢っていた。
 彼が車で忍び寄ってきた、あの日から、また許されざる関係が始まってしまった。
 いけないと分かっていながら、彼・・・啓二という青年の体を求めている自分がどこかに存在しているのも、事実だった。

 そんな自分が嫌になり、光樹と逢う時には、啓二など存在していないかのように、できるだけ忘れようとした。光樹だけを愛そうと努めた。
 しかし、この週末も、啓二と逢う約束をしてしまっていた。
 光樹と今日別れた、3日後に。

『逢いたくない・・・』
 少年は彼の腕枕の上で目を閉じながら、やるせなくなった。光樹の胸に、頬を寄せた。
 その肩を、彼は空いた片手で抱いてくれた。その手もまた、温かかった。
『光樹、好き・・・』
 少年は心の中で呟いた。

*


 ベルを押すと、男は1回目では出てこず、2回、そして3回目を少年に押させた。
 やがて鍵の開けられる音がして、マンションの重いドアが開けられた。室内の明かりを逆光にして、青年のにやけた顔が浮かび上がった。彼に促され、部屋に入った。啓二は鍵をかけた。
 彼は黒いラフなシャツのボタンを広めに開け、胸板を覗かせていた。今日は家で寛いでいたのか、と思ったが、仕事机の上には、何かの設計図が何枚か重なっていた。

「仕事してたの? 今日・・・」
 清太は静かに聞いた。
「ああ、少しな。だがもう終わった。シャワーは? 浴びてくるか?」
 まだ来たばかりなのに、全くムードというものを作ろうとしない彼に、嫌な気持ちがした。

「啓二さんは・・・?」
 すると男は近づいてきた。
「違うだろう? 呼び捨てにしろよ」
 少年の頬を右手で包んだ。その手は温かいというより、熱かった。
 啓二はそのまま、清太の唇を奪った。戸惑っている少年をよそに、彼はすぐに舌を絡めてきた。

「嫌・・・」
 思わず、清太は青年の胸を押し、体を離した。
 啓二は怪訝な顔をした。
「どうした? 今日は不機嫌なのか?」
 清太は上目遣いで彼を見、言った。
「他に・・・することはないの?」
「は? 何を言ってる?」
 青年は、再び少年に近づく。相手の腰に左手を回し、右手は少年の左手首を掴む。

「俺に抱かれに来たんだろう? お前は・・・」
 ほくそ笑みながら、見つめる。
 抱き寄せられたまま、清太は身動きができずにいた。
「それとも、俺とデートでもしたいのか? 映画にでも行きたいのか?」
「違う、そんなの行きたくない・・・」
 それを想像して、清太は寒気がした。
 啓二は恋人などではない。光樹とは違い、一緒に街を歩きたくはない。

「じゃあ、何が望みだ?」
「・・・分かんない・・・。ただ、嫌なの。来てすぐ寝て、帰るだけなんて。僕はあんたのコールボーイなの?」
 少年は俯いていたが、彼を見上げた。

 啓二はフッ、と笑った。
「金か?」
 清太は焦った。
「ちっ、違う。そんなのいらない。もっと・・・もっと、大事にしてほしいの」
 青年は、また少年の頬に手を触れた。
「してるだろう? お前なら、いくらでも貢いでやるがな」
「いらないってば・・・」

 そう言い終わらないうちから、唇は再び奪われた。今度は清太も、舌を絡ませた。
 気が付くと、彼の背中に腕を回してしまっていた。
 ――やはり、彼が欲しい。
 口付けを交わしていると、早く彼と繋がりたくなる。
「一緒に・・・シャワー浴びて・・・」
 長い口付けに酔った後、彼に抱き締められながら、彼の耳元に向かい、少年は吐息混じりに囁いた。


 二人でバスルームに入り、体を清めると、啓二が先に上がっていった。
「あっちで待ってるぜ」
 二人の間ではベッドを指す言葉を残し、ドアを閉めた。
 清太は更に、一人で体をきれいにした。


 白いバスローブを着て、寝室へのドアをそっと開けた。
 アロマキャンドルが部屋の片隅に焚かれ、甘い香りが、ほの暗い部屋に漂っていた。夕方、早い時間に待ち合わせたので、まだ外は夕暮れの明るさだった。締め切ったカーテンから、うっすらと光が差し込んでいる。

 啓二はベッドの真ん中に裸で座り込み、片膝を立てていた。
 サイドテーブルに置かれた、オレンジ色のルームライトに照された彼は、一度撫でつけた黒髪の前髪が乱れ、まるでアラブの若い王のように見えた。

 清太はバスローブに身を包んだまま、彼に近づく。
 青年は脚を崩し、手を少年のローブの紐に伸ばした。結ばれたそれを解(ほど)きながら、呆れて笑む。
「ばかだな、どうせすぐに脱ぐのに。たまには裸で来いよ」
「嫌だ、裸でなんて」
「僅かな距離だろ?」
 言って、荒々しく少年の着ているものを脱がせた。腕を引き、ベッドに上がらせて、抱き寄せる。
 彼の肩に頭をもたせかける清太。啓二が座ったまま脚を伸ばし、少年は彼に捕まり向かい合い、その上に乗る形になった。

「啓二さん・・・」
 相手を見つめてから目を閉じると、彼はすぐに唇を合わせてくれた。しかし、軽く合わせただけで、離された。
「なんでまた、そんな呼び方になってるんだ? 俺たちはもう、そんな仲じゃないだろう?」
「だって・・・素面(しらふ)じゃやっぱり、恥ずかしいんだもの・・・」

 啓二は、少年を更に強く抱く。
「は、『素面』か。抱き合う前は。じゃあ、お前をいかせりゃいいんだな」
「ばか・・・」
 少年の唇は、また塞がれた。舌は、どちらからともなく、自然に絡み合う。
「あん・・・」
 少年はすぐに酔い、相手の舌を舐めるように絡ませ、求めた。彼の首や背中に腕を回しながら、顔の角度を何度も変え、口付けができるだけ長く続くよう、願った。

 今日は逢いたくなかったはずなのに、今は早く彼に中に入ってもらい、突かれたくて仕方がなくなっていた。こちらが、壊れるくらいに。自分はなんて淫らなのだろう、と驚いていた。彼との長く甘い口付けが、そんな気持ちにさせるのだろうか。

「あ・・・欲しい・・・」
 気が付くと、言葉にしてしまっていた。
「どうした? せっかちだな」
 彼は笑った。
 少年は、赤くなった。
「さっきまで不機嫌だったくせに・・・本当は我慢してたんだな」
「ちっ、違うっ。キスが・・・いいから・・・」
 清太は目を逸らし、伏せた。
「そうか」
 青年は唇を重ね、続けた。
「ん・・・」

 口付け合ったまま、二人はなだれ込むように、ベッドに伏した。少年の頭部は、枕に沈んだ。
 少年の両頬を包みながら、青年は相手の柔らかな唇や舌の感触を楽しみ、味わった。少年は青年の背中の上で、両手を滑らせた。互いに透明なものも、飲み干した。
『僕・・・どうしちゃったんだろう・・・』
 思い残すことがないほど長い口付けを交わした後、清太は思った。
 そう思う間にも、啓二は耳たぶを噛んできた。少年が感じやすい場所だった。清太は目を閉じた。

 啓二は右手を伸ばし、少年の分身をそっと掴んだ。
「あっ・・・」
 思わず声を漏らす清太。
 青年が身を起こし、少年の膝に触れると、清太は察して膝を立て、脚を大きく開いた。その膝に左手を置き、啓二は右手で少年の分身を愛撫し始めた。魚のように、それはよく跳ねた。

「あん、嫌・・・っ!」
 清太は掠れた声で叫んだ。
「あ・・・手は嫌・・・口で・・・」
「おねだりか・・・可愛いぜ・・・」
 遠慮なく、青年は少年のものに顔を近づけ、くわえた。口に含んだまま、中で複雑に舌を這わせる。
「は・・・あ・・・啓二・・・さん・・・」
 感じ始め、少年は吐息を漏らした。彼の髪に両手指を埋め、脚を乱した。
 彼に分身を舌で愛撫されながら、自分の入口がひくつき始めていることにも、気付いた。

 少年の分身から少しずつ溢れるものを、青年は飲み込んだ。我慢ができないらしい、と青年は内心可愛く思った。
 唇を離し、溢れてきているものを指先に取り、少年の入口に塗った。入口は、青年の指を吸い込む。啓二は指の数を増やして解してやりながら、相手の表情を見た。恍惚としていた。

「ん・・・嫌・・・欲しい・・・」
 たまらず、清太は呟いた。
 啓二は清太の両脚を深く曲げさせ、欲しがって瞬いている入口に、固い自らの分身を、滑り込ませるように突き入れた。
「あんっ・・・」
 小さく声を漏らす清太。 彼の熱いものを中に感じ、ようやく彼と繋がれた喜びに、身を震わせた。

 少年の上に覆いかぶさり、軽く口付けると、青年は囁いた。
「壊していいか?」
「こ・・・壊してっ!!」
 少年は、しっかりと彼に捕まった。それを確かめ、青年は最初から、激しく動き始めた。
「あっ、ああんっ」
 彼の太く長いものが自分の中で暴れ出し、内部を刺激され、清太は叫んだ。

『やっぱり、素敵・・・』
 彼の動きに合わせて揺れながら、彼の分身の完璧さを、噛みしめていた。きっと自分たちは、繋がりの相性がいいのだ。快感に、入口が彼を締め付けてしまう。
「あ、灯り、消して・・・」
 清太がそう請うと、啓二は繋がりながらテーブルのライトに手を伸ばし、スイッチを押して消した。
 部屋の中は暗闇になり、交合に励む青年と少年の荒い息遣いだけが響いた。

『欲しい・・・啓二さんがもっと・・・欲しい・・・』
 口には出せず、心で言葉を紡いだ。
 どうして止められないのだろう、自分の欲望を。こうして、彼の虜になってしまうのだろう。

「清太・・・」
 激しく少年を突きながら、青年は相手の首筋に口付けた。
「あっ・・・啓二さん・・・」
 目を固く閉じ、感じる清太。彼を強く抱き締める。
 だがやがて体位は乱れ、青年は少年の片脚を持ち上げ、より深く中に入ってきた。速く動くだけでなく、ゆっくりと、急所に向かって分身を滑らせるような動きもしてみせた。それがまた、少年の快感を煽った。
「嫌・・・そんな・・・」
 そう戸惑いつつも、清太はもう一方の脚をより大胆に開いてしまっていた。

「可愛いぜ清太・・・」
 そして、青年はまた激しく突く。
「あっ・・・ああっ・・・」
 ペースを緩めることなく、彼の攻めは続いた。彼のものは、熱い鋼鉄の棒のようだった。
「もっと俺を、締め付けてくれ・・・」
「あっ・・・あっ・・・」

 あまりの快感に、頭部を左右に振り、清太は泣き出した。
「は・・・あ・・・ん・・・っ、気持ち・・・いい・・・っ!」
 再び、彼を抱き締めた。
「いいっ・・・!!」
 意識せず、彼のものをきつく締め付けてしまう。


 口付けも長かったが、この交合もまた、長かった。繋がってから、かなりの時間が過ぎていた。
「あ・・・っ、は・・・、もう・・・駄目・・・」
 少年にも、限界が訪れようとしていた。
 啓二はそんな相手の顔を見て、満足気に微笑んだ。
「ああっ!!」
 ついに、少年は叫び、分身から思いを迸(ほとばし)らせた。青年も少年の奥に向かい、熱情を勢い良く放つ。


Taboo Words