うつ伏せになり、枕に頭を沈めながら、清太は自分の左手の指先を見ていた。その指を、意味もなく動かしてみる。
体の汗は、まだ乾いてはいない。彼に突かれた跡が疼き、胸の鼓動も収まらない。
今感じるのは、自分が本当は彼を愛しているのではないかという、錯覚。
自分を抱いている時の啓二は、確かに魅力的だ。どうにでもされたいと、強く願ってしまう。
やはり、逃れられないのだろうか。
自分の欲望から。彼の魅力から。
彼を嫌に思う気持ちも確かにあるのに、こうして肌を合わせると、溺れるしかない。理性が、利かなくなる。まるで自分の心と体が別物であるような、自分が得体の知れない怪物であるかのような、捉えどころのない不思議さとやるせなさを、少年は感じていた。
「お前も飲むか?」
バスローブに身を包み、缶ビールを片手にした啓二が、ベッドに近づいてきた。前髪は乱れ、下ろしたままだ。
顔を上げ、彼を見る清太。
「いらない。僕・・・帰るっ」
複雑な気持ちを悟られないように起き上がり、床に落ちているローブを拾ってから、少年は彼を見ずに言った。今日はもう帰ったほうがいい。もう一度抱き合えば、また自分が分からなくなるだけだ。
「待てよ・・・つれないな」
青年は少年の、まだ濡れた栗色の後ろ髪に触れた。
缶ビールを一口煽り、清太の肩を引き寄せ、振り向かせる。
「んっ・・・」
口移しにされ、苦い酒の味が、舌に伝わってきた。
「ん・・・ん・・・」
少年は否応なしに飲まされた。口の端から、少し零(こぼ)れた。
「もっ・・・もうっ! 未成年なのに・・・」
清太は啓二から目を背け、口を拭った。
啓二はそんな少年の片頬を包んだ。
「その未成年とセックスしてるんだ・・・酒くらいがなんだ」
青年は不敵に笑む。
「と、いうことで、もう1発どうだ?」
おもむろにローブを脱ぎ出す啓二。清太は顔を真っ赤にした。彼を愛しているかもしれないというさっきまでの甘い気持ちは、一気に冷めてしまった。やはり、こういう男なのか。
「ばかっ!! いつもいつも・・・、いい加減にしてよっ!」
「今日はまだ1回しかやってないぜ?」
彼は裸の少年の胸に、手を触れた。清太はまだ、ローブを手に持ったままだった。
上半身裸で、脱ぎかけのローブのまま、青年は少年を抱き寄せる。
「1回で帰るなんて、最近じゃないだろう?」
啓二は清太を強く抱きしめ、左手首を掴んだ。
「嫌、離して・・・」
少年は彼から離れようと、もがいた。
「今更かわい子ぶるなよ、本当はもっと欲しいんだろう?」
「嫌だってば・・・」
清太は眉を歪めた。
「またベッドに横になれば、分かるさ・・・」
青年は少年の後ろへ手を伸ばし、柔らかく丸い部分に触れた。そしてベッドへと、歩を進めようとする。
「もう、やめてってば!」
パン! と、頬をはたく音が、寝室に響いた。
啓二は少年に付けられた赤い掌の跡に熱を感じながら、平手打ちをした相手を無表情に見やった。
「この・・・色情狂!! あんたなんて嫌い!!」
興奮し、打った右手を胸の前に上げたまま、清太は叫んだ。
「例えあんたほど激しくなくたって・・・、やっぱり僕は光樹のほうが好き!!」
啓二は眉を歪めた。
「・・・どうしてだ?」
「決まってる・・・」
少年の声は震えていた。
「優しいもの!!」
彼にはなく、光樹にはあるもの。それが今、分かった気がした。
「あ・・・あんたみたいに・・・、セックスを強要することもないし・・・。なのにあんたは・・・、僕を傷つけて泣かせて・・・、楽しんでる!」
自分の欲望を棚上げにして、全て彼のせいにしている。そんなもう一人の自分からの非難を内側で聞きながら、感情は溢れ出すばかりで、止められなかった。
清太は彼に横顔を向け、手に持っていたローブを羽織る。青年は肩から外したローブを、紐で結んだ腰の辺りで止めたまま、少年の言葉を無言で受け取っていたが、ようやく口を開いた。
「傷つけた・・・? そんなことはない。いつ俺がお前を・・・」
「そんなことも分からないの!?」
「大事にしてるじゃないか。俺はお前が望むことしかしていない」
「何を、白々しい。・・・早くローブ上に上げてよ! 僕はもうやらないんだから!」
すると啓二は、少年の体に後ろから覆い被さった。右手は清太の胸に当て、肩に、顔を載せる。
「お前・・・、やっぱり俺とは別れる気か?」
左手は、少年の中心に伸びた。
「嫌・・・触らないで!!」
構わず、啓二は少年の首筋に口付ける。固く目を閉じ、耐える清太。
「誰のおかげでセックスが上手くなったと思ってるんだ? さっきだって、あんなに激しく俺を求めたくせに、なんだ」
彼の濡れた髪が、首筋になまめかしく触れる。
「あっ・・・!」
彼にローブの肩を外されたのは、一瞬だった。そのまま、着ていたものは足元に落とされ、少年は再び裸にされた。啓二も脱ぐ。
「!」
青年の力で少年の肩は強く捕まれ、清太はカーペットの上に、うつ伏せに押し倒されてしまった。背中には、裸の青年が乗っている。
「何すんだよっ!!」
身動きが取れない状態のまま、清太は怒った。
「お前を犯す」
が、少年の耳に後ろから届いたのは、青年の冷たいこんな言葉だった。少年は戦慄した。
「いっ・・・嫌だ!!」
後ろに首を曲げながら、清太は叫んだ。啓二は眉を歪めて怖い顔をしていた。
「お前が言うことを聞かないからだ」
そして後ろから、少年の入口に無理矢理、自らの分身を捩じ込んでいった。
「ああっっ」
少年は急に乱暴に後ろを押し広げられ、苦痛を感じた。男は構わず、激しく動き出す。
「あっ・・・嫌っ!! 痛いの嫌!!」
痛みに、涙は自然に溢れてきた。
「やめてっ・・・啓二さん!!」
「ベッドへ戻ってもう1発やるってんなら、抜いてやる・・・。だが帰るって言うなら、このまま攻めてやる・・・。いくらでもな!!」
少年は泣きながらゆっくりと振り向いた。
「嫌だ・・・抜いて・・・。分かったから!!」
やがて二人は再びシーツの上にいた。少年は猫がうずくまるように体を丸め、膝を曲げた体勢になって、自分の後ろを彼に曝していた。入口を青年の口に愛させ、白い布を握りしめ、その愛撫に耐える。
初めは不本意だったのに、徐々に快感のほうが勝ってきた。どうすることもできない自分の欲望を、少年は持て余した。最早彼に、屈服するしかないのか。
「あ・・・んっ・・・、もう・・いいでしょ・・・? 早く・・・、早く入れて・・・っ!」
吐息をつきながら、少年は請うた。
「お前も現金な奴だな・・・、さっきは嫌がってたのに・・・」
啓二は少年の体を仰向けにさせ、彼の両脚を持ち上げながら言った。
「だって・・・」
今度は十分に潤った入口に、青年の熱棒が入ってきた。ゆっくりと、分身を通して、己れの力を誇示するように・・・。
「あっ・・・」
彼の肩を掴み、少年は受け入れた。彼の分身が、内側を満たした。それは少年を、快楽の海へと誘った。彼が動きやすいよう、清太はより脚を開いた。それを受け、啓二は腰を揺らし出した。
「け・・・じさ・・・、あっ・・・あっ・・・あっ・・・」
自分の中で、彼は激しく暴れた。急所も突かれ、喘ぐ声をコントロールできなくなってきた。恥ずかしい声を、彼に聞かせてしまう。
「はんっ・・・はんっ・・・!」
彼を抱きしめ、清太は彼に溺れた。理性など、消し飛んでしまいそうだった。自分が男なのか女なのかも分からなくなるほど、ただ快感だけが少年を支配した。
少年の声がまた男の欲望を掻き立て、彼はより強く突いてくる。そこで待っていたのは、無限の快楽だった。何度も意識が飛びそうになるのを、彼の男らしい顔を見ることで、防いだ。
「好き・・・」
少年の口から、想いが漏れた。
彼と交合することは、確かに幸せだった。今だけは、彼を好きになれる自分がいた。それを愛と呼べるのかは、分からなかったが。彼と一つになりたくて、どこまでも求めた。彼に合わせて、自ら腰を揺すってしまう。
「ああ、啓二さん、好き・・・」
少年はうっとりと目を閉じた。濡れた前髪が、額に張り付く。
「俺もだ、清太・・・」
青年が少年の上半身を抱き起こし、二人は座った体勢で交合を続けた。下から、啓二は清太を攻める。少年はしっかりと彼に捕まる。彼と同じリズムを、刻めるように・・・。
「離さ・・・ないで・・・」
「清太・・・。お前は俺のものだ。分かるだろう?」
「うん・・・」
何を言われているのか、朦朧としてつかめず、夢の中で言葉を聞いているような感覚に、少年は陥った。
「あ・・・キ・・・キスして・・・」
青年の頬に手をやり、少年はねだった。啓二は応え、口付ける。彼が差し入れてきた舌先を、清太は快く受け入れた。
「ん・・・」
彼との繋がりながらの口付けは、言葉には代えがたい地点まで、少年を連れていく。
「清太・・・愛してるぜ・・・」
唇を離し、青年は、一層強く、少年を突き上げた。
「あっ・・・あああ・・・っ」
清太は揺さぶられ、額や髪についた汗を振りまいた。首筋にも、肩や胸にも、玉の汗が浮かぶ。啓二も同様だった。
「あっ・・・あ・・・うんっ!!」
やがて少年は青年の上で体を波打たせ、果てた。
はあ、はあ、と、息をしながら、朦朧とした意識を抱えていた。
「大好きだ・・・清太・・・」
そんな少年の体を、啓二はいつになく優しく抱きしめてきた。座位のまま・・・。
次に聞いたのは、思いもよらぬ彼のこんな言葉だった。
「一緒に暮らそう」
Taboo Words
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