「あけましておめでとう。もうすぐ逢えるね」
新年を迎えると同時に、清太のポケベルが鳴った。
その時は自室にいて、こたつにこもり、テレビを点け、年明けのバラエティー特番を観ていた。両親は下の居間で、同じようにテレビを観ながら新年を迎えている。年明けと同時に彼からメッセージが来るかもしれないと、予想していた。それを両親に見られては恥ずかしいので、あえてその前に自室に上ってきたのだった。
清太はもう一度画面を見た。一言目、そして二言目で、さらにわくわくとした。
光樹は大晦日から正月2日までは実家に帰り、3日には一人暮らしのアパートへ帰ってくるということだった。クリスマスは一緒に過ごし、ホテルで愛し合ったが、その時にそう話していた。
清太にとって、両親以外の大切な人と正月を過ごすのは初めてのことだった。友達と遊びに出かけることはあったが、恋人と過ごすのは未体験だ。
逢ってどうするか、具体的なことはまだ決めていなかった。彼の声をすぐに聞きたいのもあって、清太は逸る心で電話の子機を取った。ポケベルにあった電話番号を押す。呼び出し音が鳴り始めて、すぐに彼は出てくれた。
「清太? メッセージ届いた?」
明るく温かな彼の声が、清太の胸に染み渡った。
「うん。ありがとう。おめでとう。今年も、よろしくね」
「こちらこそ。はは、なんか電話だと他人行儀な感じだね、この挨拶」
清太もふふ、と笑う。
「それで、どうするの? 3日、逢えるよね?」
「うん。とりあえず駅で待ち合わせて・・・、ボウリングでも行く? あんまりお店もやってないだろうから。あと、カラオケとか」
「ええと、じゃあボウリングがいいな。あ、そういえば、今大丈夫なの? 実家なんだよね」
嬉しさのあまり、清太はそのことを忘れていた。彼も家族にカミングアウトはしていないのだ。
「大丈夫。子機で話してるから。家族は別の部屋にいるよ」
「そう、よかった」
「2日までこっちで、その夜には帰ってくるよ」
「ほんと? でもおうちの人にはちゃんと言ってあるの?」
「まだだけど、泊まって3日の朝に帰ると、君とゆっくりできないし・・・。朝から逢えるほうが、いいだろう?」
「うん、それは、そうだけど・・・」
「じゃあ3日、ボウリングだね。そうだ、海も見ない? あそこの近くに、ボウリング場もあったから」
「うん、見たい」
そして、二人は待ち合わせの時間と場所を決め、電話を切った。
子機をホルダーに置いた後、清太はこたつには入らず、ベッドにうつ伏せに寝転んだ。
ボウリング。またスポーツをする彼の姿が見られるのかと思うと、胸は高鳴る。前にも一緒にボウリングをしたことがあるが、ストライクばかり出すのだ。スポーツが万能な彼は、清太の憧れでもあった。
海を見て、ボウリングをして、それから・・・。清太はそこで体が熱くなった。それから・・・どこかで抱き合う。できれば、彼の家へ行きたい。
クリスマスに抱き合ったばかりなのに、もう次に愛し合うことばかり考えている。でも、年が明けた今、あの日がすでに遠い日のことのように思える。年が切り替わるということは、心理的な時間も長く感じさせてしまうのだ。
逢えると具体的に分かると、清太は横になったまま、思わず彼の裸を想像してしまった。あの広く厚い胸、割れた腹筋、太い腕・・・。あの腕に早く抱かれたいと、思ってしまった。知らず、右手が下のほうへと伸びた。
『光樹・・・』
気分は蕩(とろ)けてきた。が、清太は一人でするのは、あまり好きではなかった。誰もいないところで一人果てると、その後に虚しさが襲ってくるからだ。果てるなら、愛し合った後(のち)二人一緒がいい。このままでいると、欲望がどんどん頭をもたげてきそうで、清太は頭を振って、起き上がった。
「清ちゃん、年越しそばができたわよ」
そこへちょうど下から母親の声がして、清太は助けられた気持ちがした。返事をして、下へ降りようとベッドから立った。
彼に逢う時まで、あのことは考えないようにしなければ、と清太は思った。
互いの最寄駅ではなく、海の見える駅で、二人は待ち合わせた。朝食は互いに自宅で済ませ、お昼前の時間だった。天気は曇りがちだったが、時々晴れ間も見えた。
「おはよう。なんか、久しぶりな感じがするね。年末逢ったばかりなのに」
黒いダウンジャケットにジーンズを着た光樹が、言った。
「うん、僕も。不思議だね」
そんな挨拶を交わし、二人は海へ向かって歩き始めた。
「宿題終わった? いっぱい出てる?」
「ううん、まだちょっと残ってる。数学のプリントとか」
「そう。俺も、年明けに提出する後期のレポートがまだ」
学生らしい会話を交わしながら、やがて二人は防波堤上へと出た。
「わあ・・・きれいだね」
冬の海は、灰色だったが、それでも雲間から零れる日の光に、きらきらと輝いていた。
「初日の出も、いつか見たいね。今年は一緒に見られなかったけど」
「うん。でも、風が強くて今日は寒いね。雪、降るかな?」
強い海風が二人の髪を乱し、頬を切る。清太が首に巻いた薄茶色のマフラーも、たなびいていた。
「天気予報じゃ夕方からって言ってたけど。今はまだ明るいけど、これからもっと曇ってくかもね」
砂浜には、男女のカップルがまばらに歩いていた。手を繋いでいる者たちもいる。清太も繋ぎたかった。が、やはりいつものように勇気が出ない。彼からも、繋いではくれなかった。諦めて、清太は光樹に従って砂を踏みしめる。
「わ、見て光樹。こんなに寒いのに、元気だね、あの人たち」
清太が指差す方角には、ウェットスーツでサーフィンを楽しむ若者の一群れがいた。
「こんな日は波が高いからね。俺も冬にやるよ」
「ほんと? 水、冷たくない?」
「冷たいけど、手袋もして、全身スーツみたいになってね。その姿見せたら、笑われちゃうかも」
「笑わないよ。光樹なら、なんでも似合うもの」
「じゃ、来年は全身スーツで初日の出、とか」
「それもいいね」
二人は笑った。
「ね、岩場に行ってみる? そっちのほうが、人も少ないし」
光樹が思いついて、そうすることにした。
再び防波堤へと上り、道路を歩いて、岩場へ向かった。途中、ヨットハーバーがあり、マストにかけられたロープが、カラーン、カラーンと風に吹かれる音が幾重にも重なり合って、音楽を奏でていた。
今日は海が荒れ気味なので、ヨットで出る人はいないようだ。
道の突き当たりにある、防波堤についた階段を上って、降りると、今度は岩場になっている。
「あんまり先には行かないほうがいいね。波かぶっちゃうから」
降り立った後、光樹が言った。
彼が先ほど言った通り、人は少なかった。岩棚の一つに立ったまま二人は、向こうで岩に迫っては崩れる波飛沫を見ていた。――と、茶色い毛糸の手袋をした清太の右手に、革の手袋をした光樹の左手が当たった。かと思うと、そっと握ってきた。清太は横の彼を見た。
「やっと繋げたね」
彼が優しく、安堵感をもって微笑んだので、清太も応えて笑み、肩を近付けて寄り添った。自分の着ている、白くフードの付いた、膝まであるダウンジャケットと彼のダウンが擦れ合って、小さな音を立てた。服を着た上でなく、早く直接触れ合いたい。
そう思った途端、清太ははっとした。いけないと思いながらも、またこの後のことを考えてしまっている。昨日の夜も、想像しそうになって、それを抑えるのに必死で、なかなか寝付けなかった。
正月だというのに、不謹慎だ。清太は心で自分を責めた。だいたい、光樹はボウリングの後どこへ行くとは、まだ言っていない。遊んだだけで別れるかもしれないのに、自分ばかり気が逸っている。なんてはしたないのだろう。こんな気持ちを、彼に悟られたくはない。
「どうしたの?」
光樹が黙ってしまった清太の顔を覗き込んだ。
「ううん、ごめん。ね、そろそろボウリング場行かない?」
海を離れ、二人はボウリングをすることにした。その前に昼食を取らないかと光樹が聞いてきたが、まだお腹が空いていないからと、遊んだ後に食事することにした。
ボウリング場へ着き、レンタルで靴を借り、自分たちのレーンへ行った。周りには、すでに遊んでいるカップルや若者たちのグループがいる。ボールを選ぶ時、光樹は自分より重いものを選んだ。清太も試しに同じ重さのものを持ってみたが、投げられそうにない。
「これなら、どう?」
前回清太が使っていた重さを覚えていたのか、光樹はそれを持って清太に渡した。それはちょうどよかった。
「うん、じゃあ、これにする。でも、いつか光樹と同じのが持てるようになるんだから」
「でも、腕が太くなっちゃ困るな」
「なんで?」
「可愛さ台無しだし、抱く力が俺よりついても困る」
「ばか、何言ってんの・・・っ」
ボールを両手で持ったまま、清太は赤くなった。
『今の、冗談だよね? 冗談なんだから』
備え付けの椅子に座って、狙いを定める彼の後ろ姿を眺めながら、清太は自分に言い聞かせた。暖房が効いているので、二人の上着は椅子の上に置いてある。
彼にあんなことを言われると、今日の夜のことを、期待してしまう。彼も、抱き合いたがっているのだと。いっそ自分から言ってしまえば楽なのだろうが、いつも、自分から抱いてほしいと彼に言うのは恥ずかしくて、なかなかできなかった。そういうことに関しては、彼にリードしてほしい。映画館なら、上映中に手を握り合うことをサインにしているし、そうでない時は彼が遠回しに言ってきてくれる。だが今日は、彼からはまだなんとも言ってこない。彼のいつもの意地悪で、焦(じ)らしているのだろうか。それとも、やはり今日はボウリングで遊んだだけで帰るつもりなのだろうか。どちらとも判ぜず、清太の気持ちは落ち着かなくなるばかりだった。
I am yours
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