第1投から、光樹はいきなりストライクを出した。ガッツポーズを出して、喜ぶ彼。清太のほうを振り返って、笑顔を見せる。清太は拍手をした。が、実際には考えごとをしていて、目には入っていたが、上の空だった。彼はそれに気付いたのか、呆れた顔をして、冗談混じりに言った。
「今の見てなかったろう? 次はちゃんと見ててくれよ」
「ごめん、ちょっとよそ見してた」
 清太は『見てたよ』と言おうとしたが、ごまかせそうにないし、こんなところでけんかはしたくないので、そう言い訳してみた。
 次は清太の番なので立ち上がり、光樹は座った。
「じゃあ、光樹も見ててよ」
「ああ」
 狙いを定め、清太はボールを投げた。最初は真ん中を走っていたボールだが、徐々にそれて、それは右脇の溝へと落ちてしまった。そのまま、並ぶピンを尻目に、奥の闇へと吸い込まれてしまう。ガーターだった。今のは見てほしくない、と願いながら清太は振り返ったが、希望に反して、光樹はしっかりと見ていたようだ。

「今のなし。最初からやる」
「だめだよ。もう記録が機械に入っちゃってるし」
 光樹は笑う。しかし嫌味のあるものではなかった。
 その後、ピンは何本か倒れるようになったが、ストライクはなかなか出せない。対して光樹は、ストライクが何連続も、というわけではなかったが、倒れるピンは明らかに清太より多い。スコアの差はすでに開いている。そんな彼をかっこいいと思う反面、光樹に追いつけない自分に、清太はいらいらとした。
「もう、なんで倒れないの? 光樹、教えてよ」
 スペアのチャンスを逃した後、清太は言った。光樹だけでなく、ボールにも意地悪をされている気分だ。もっとも光樹のほうは、ボウリングで意地悪をしている気はないのだろうが。投げたボールが、ピンを倒しているだけだ。遊んでいて、夜のことは一時的に忘れることができていたが、しかし焦らされているという気持ちは、やはり消えていなかった。清太は無意識な彼の意地悪に対抗し、光樹に甘えたくなった。

「いいよ。じゃあ、俺が投げたらね」
 それでスペアを取るものだから、清太はますます悔しくなった。
「まず、脚をこう開いて・・・。投げるっていうより、落とす感じで・・・」
 清太の甘えに対し、光樹は手取り足取りという感じで、優しく教えてくれた。教えられた通りに投げてみたら、1番ピンに当たり、初めて全てのピンがなぎ倒された。
「やったー、凄い! 入ったー! 光樹、見た見た?」
 清太はジャンプしたり手を叩いたりして、はしゃいだ。
「うん。やったじゃん。次もがんばって」
 彼は微笑ましげに祝福してくれた。
 その後も光樹はアドバイスしてくれ、少しではあるがスコアの差は縮まった。ゲームが全て終了した時、二人は軽く汗をかいていた。

 レーンの椅子に二人並んで座り、プリントされたスコア表を見た。
「光樹、なんでそんなに上手いの?」
「昔からサーフィンの後、ここで仲間とボウリングすることもあったからね」
「なあんだ、それでか。僕はフォームからよくなかったんだね。教えてくれて、ありがとう」
 清太は納得し、やっと素直な気持ちになれた。
「いや、そんな。でも君、今日なんか機嫌悪くない?」
 清太はどきりとして、焦った。
「そんなことないよ。上手くできなかったから、それだけ」
「そう?」

 いつもなら、彼のストライクに対して心から拍手したかもしれないのに、今日は夜のことが気になっているせいで、それが態度にも表れてしまった。そんな自分の勝手に、清太は嫌になり、彼に申し訳なくなった。彼はデートを楽しく過ごしたいと思っているだろうに。
『今日は変だ、僕・・・』
 どうしてこんなに気になってしまうのだろう。正月に抱き合うという不道徳さが、自分を惹き付けるのだろうか。世間の人たちが穏やかに新年を祝っている時に、裸になるということが、魅力なのか。

 ボウリング場を出て、二人は昼食を取ることになった。魚のうまい店があると光樹が言うのでそこへ行ってみたが、あいにく正月休みで、仕方なくファミリーレストランへ入った。
 体を動かした後なので、二人ともお腹が空いていた。光樹は昼間からステーキのセットを頼んだ。清太はハンバーグセットにした。
「なんか凄いね、俺たち二人して」
 周りはサンドイッチなどの軽いランチを食べているのに、自分たちのテーブルに運ばれた料理を目の前にして、光樹は笑った。ステーキとハンバーグからは、もくもくと熱い湯気も立っている。清太も恥ずかしそうに笑う。
「夜ごはんみたい」
「はは、そうだね」
 光樹は軽く笑ったが、自分から思いがけず『夜』と言ってしまった自分に、清太は一瞬失言したかのような気分になった。だがすぐにその気持ちを振り払い、食事くらいは楽しくしようと、食べ始めた。

 料理や海、ボウリングなどの話をしながら、食事は幸い楽しく終わった。二人、食後のコーヒーを飲む。と、光樹が窓の外を見て口を開いた。
「あ、雪だ」
「え、あ、ほんとだ。やっぱり降ってきちゃったね」
 空はどんよりとした雲に覆われ暗くなっており、粉雪が舞い始めていた。窓際ではなく、通路を挟んだ席に二人はいて、しばらく外を眺めた。傘を差し始めている人もいる。
「やだ、傘なんて思いつかなかった」
「俺も。天気予報見たのにな」
「積もるかな?」
「どうかな。このまま粉雪なら大丈夫だろうけど、ぼたん雪に変わったらやばいね」
「ね、どうしよう。濡れちゃうよ。僕はフードがあるからまだいいけど、光樹は・・・」
「んー、しょうがないよ。軽いうちに、出とこう」
 光樹は首を掻きながら言った。
「え、でも、どこ行くの? まだ決めてないでしょ」
 図らずも、結局自分で言うことになってしまった。清太の胸の鼓動は、少し速くなった。

「うん。とりあえず室内がいいよな。じゃ、映画は? 映画館ならやってると思うよ」
「映画? でも、ボウリングで疲れたから、今から観たら疲れちゃう」
「それもそうか。デパートはどこも閉まってるしな。じゃあ、ゲーセン」
 光樹はなかなか自分の望んでいることを言ってくれない。時間がまだ早いからだろうか。
「ゲーム? それなら、いいけど・・・」
 どうしても自分からは言えず、清太は承諾してしまった。
 駅近くのゲームセンターに入り、清太の好きなクレーンゲームをまず幾つかやった。ぬいぐるみは、清太がシロクマのを、光樹が茶色いトイ・プードル犬のを、互いに数百円かけて取った。犬のぬいぐるみは光樹が清太のためにと取ったので、渡してくれた。清太は備え付けてあった白いポリ袋に二つを入れ、センター内を歩いた。対戦型のレーシングゲームやパズルゲームを何種類かやり、二人は雨宿りならぬ雪宿りの時間を過ごした。ボウリングの時とは違い、デートなのだから今度は恋人との時間を大切にしようと、清太はゲームに興じた。それはそれなりに楽しかった。

 外へ出た時、雪はぼたん雪に変わっていた。
「あ・・・。早く帰ったほうが良かったかな」
『帰る』という言葉を聞いて、清太の心には衝撃と落胆が生じた。やはり、今日は遊んだだけで帰るつもりだったのか。だが、清太はまだ別れたくない。ぬいぐるみの入ったポリ袋の持ち手を握り締め、たまらず、彼は口を開こうとした。
「うち寄ってく? このままじゃ濡れちゃうし、家ならゆっくりできるしさ」
 が、その前に光樹が軽く聞いてきた。清太の心は落胆から、一気に明るいほうへと駆け上がった。
「うん、行く!」
 嬉しさから、思わず高い声で答えてしまった。「いいの?」と1回聞くようなことは、思いつかなかった。


 電車に乗り、光樹の家の最寄駅へと着いた時にも、雪は降り続けていた。ゲームセンターに入る前は濡れるだけだった地面にも、停まっている車にも、うっすらと積もってきている。
「寒い?」
 ダウンジャケットのフードを被った清太に、光樹は聞く。彼のジャケットにはフードが付いていないので、頭が濡れてしまう。
「うん、ちょっと・・・。光樹、僕のダウン貸してあげる」
「大丈夫だよ。家すぐだし。じゃ、急ごう」
 早足で、光樹はアパートへ向かって歩き始めた。
「光樹、気を付けないと転んじゃうよ」
 恋人を気遣いながらも、清太は彼に合わせて早足で歩いた。彼の黒いダウンの袖を、そっと掴んで・・・。


I am yours