乱れたシーツの上に、少年は突っ伏した。光樹は彼の、汗の浮いた背中を見ながら、そばに身を横たえる。
清太は肩で息をし、しばらくものを言うことができなかった。うつ伏せのまま枕を掴んで寄せ、頭部を載せた。光樹も息を整えながら、少年の濡れた髪をなでる。
今日の彼は、素晴らしかった。こちらが戸惑うほどに・・・。むしろ自分のほうが、体力を消耗しているのではないかと、清太は思った。しかしそんな強い彼の愛を、もっと受けたい。自分をなくしてしまうほどに、酔いたい。逢えなかった時間の辛さが、自分をかきたてるのだろうか。
やがて呼吸が落ち着いてきた清太は、体を反転させて、恋人に顔を見せた。光樹は横向きで枕に片肘を突いて頭を支え、もう片方の手で乱れた前髪を整えてくれる。
「落ち着いた?」
「うん」
清太は恋人の胸に、顔を埋める。髪から手を離した光樹は、向かい合ったまま清太の左手をそっと握った。その手は、温かかった。そして彼は清太の手の甲に、口付ける。
『もっと抱いてほしい』、その気持ちをどう表現しようかと清太が思い惑っていると、彼が口元に唇を寄せた。
「ん・・・」
舌を使わないキスを、二人はした。相手の唇の形をなぞり、確かめるように、時々離れながら触れ合う。青年が少年を抱きしめる前に、少年の腕が相手の背中へと伸びた。青年は少年を仰向けにし、自分はその上に体を重ねる。
『もう一度、いい?』
唇を触れ合いながらそう問いかけられているように、清太には思えた。
『いいよ』
唇で、清太は答える。
キスを続けながら、光樹は下のほうに手を伸ばし、すぐ清太の後ろに触れた。清太は彼が触れやすいように、膝を立てる。
「あ、あん・・・」
柔らかさを確かめようと、彼の中指が侵入してきた。先ほど愛されたばかりなので、清太の入口はまだ十分相手の訪問を受け入れられる状態だった。それでも彼は優しさから、更に解してくれる。
「清太、いい?」
「うん・・・」
清太がか細く答えると、光樹は少年の膝を深く曲げさせ、再び相手の中へと、固い自分の分身を埋めた。それはすんなりと、奥まで入った。
「ふ、あ・・・」
もう今までに何度も受け入れているのに、彼が入ってくる時は必ず声を漏らしてしまう。期待と嬉しさと、少しばかりの怖さが、声となって外に流れるのだ。
彼が揺れ出すのと清太が揺れ出すのとは、ほぼ同時だった。二人は抱き合って同じリズムを刻み、ベッドをきしませた。繋がったまま、光樹は少年に口付ける。今度は舌も入れた。
上では舌を、下では彼自身を入れられ、清太は体の内部を彼で満たされて、酔い始めた。彼の肩に載せていた両手を離し、枕に置き、唇と体だけを密着させ、互いにとって最適な快感のリズムを探す。それが見つかると、清太は再び光樹にしがみつき、深く曲げていた脚を乱した。段々上半身を起き上がらせ、その動きに煽られて、光樹も上体を起こしていった。
気が付くと、座位になり、更には光樹が枕とは反対の方向に腰をつけ、清太が上気味になっていた。
「君、今日、凄いね・・・」
腰を揺らしながら、光樹は囁く。
「だって、好きなんだもの・・・。光樹が、好きっ・・・!」
髪を乱して、清太は言葉を迸(ほとばし)らせた。
光樹はシーツの上に完全に横になり、少年の動きを受け入れた。清太の中に光樹がいる接合関係は、変わっていないのだが。と、光樹が一瞬動きを止めた。
「あ、や、やだ・・・」
快感を途中で止められたことに対する不満もあったが、共に揺れることで羞恥心は半減していたのに、動きがなくなって、清太は急に恥ずかしさを覚えた。
「な、何・・・?」
清太は息をまだ弾ませたまま聞く。
光樹は下から少年を優しく見つめ、相手の腰を両手で抱いて言った。
「君から、動いて・・・」
「そんな・・・光樹・・・」
恋人の胴の上に手を置きながら、清太はためらった。
「後で追うから・・・。いつもと違う君が、見たいんだ・・・」
温もりのある声で囁かれ、清太は熱くなった。一人にはしない、その言葉を信じて、――清太は遠慮がちに恋人の上で動き出した。
恥ずかしいはずなのに、気持ちとは裏腹に、腰は徐々に激しく動いてしまう。自分が動くことで彼のものはより深く内部に侵入し、快感を導き出した。その感覚に、清太は新鮮さを覚えた。しかし、それは未だ自分だけのものだ。
「や・・・光樹・・・」
切なげな声で相手を呼ぶと、彼もやっと動き出してくれた。
「清太・・・きれいだよ・・・」
「ああ、光樹、光樹・・・っ」
自分が自分ではないかのような衝動を、清太は感じた。
やはり、今日相手をより欲しがっているのは、自分のほうだ。隠したくとも、体は理性を保てない。本能のままに、彼を求めてしまう。
「愛してる・・・」
清太の腰を強く抱き、光樹も下から少年を突き上げ、深く愛した。
「あ、僕も、愛してる・・・」
今度も同時に頂点に辿り着けるはずだと確信し、少年はその時を待った。
――その願いは現実となり、最初の繋がりよりも高いところまで、二人は最後に昇り詰め、達した。
後ろから彼に抱きしめられながら、清太は目を開けた。しばらく、まどろんでいたようである。
『いけない』と思ったが、時計はまだ見たくなかった。現実に、戻りたくはなかった。
部屋の中は真っ暗で、冬のことでもう日が暮れたのだろう。どのくらい、彼と愛し合っていたのだろうか。そう思うと、幸福の余韻が襲ってきて、少年の体を震わせた。
横向きで背中から彼に抱かれていたが、清太は体勢を変え、彼と向き合った。まだ目を覚ましていない彼を、今度はこちらから腕を伸ばし、抱きしめてみる。
「清太」
ぱちりと、光樹は目を開けた。いたずらっぽく笑う。
「やだ、起きてたの?」
それでも腕は離さずに、彼と見つめ合う。
「君に今起こされた」
「ほんと?」
「うん、ほんとに。もう、夜? 何時かな?」
光樹は少し上体を起こし、暗闇で頭を回し、時計を探した。
「探しちゃ、やだ」
少年は青年の頭を自分のほうに向かせた。
「だって、君が・・・」
言いかけて思い直したのか、光樹はまた枕に頭を沈めた。
「光樹、いつ気付いたの?」
おもむろに、清太は聞いた。
「え?」
「僕が・・・抱き合いたいって思ってたの」
清太はどきどきしながら返事を待つ。
光樹は笑顔で答える。
「ボウリングが終わったあたりからかな」
「ずるいっ、じゃあゲームの時は?」
「焦らしてた。っていうか、探ってた」
光樹は軽く舌を出した。
「もうっ、やっぱりそうなんだ」
清太は彼の体に回していた右腕を離し、光樹の腕を掴んで、甘えるように抗議した。
光樹は真面目な顔になった。
「君にその気がないなら、やめとこうと思った。でも君も欲しがってるなら、遠慮はいらない」
「光樹・・・」
清太は頬を赤らめた。
その赤い頬を、光樹は片手で包んだ。
「君も、最後は甘えてくれて、嬉しかった。可愛かった」
「やだ・・・」
甘えた・・・? 彼の上で揺れたことが、彼を信頼し、甘えたことになるのか。しかしそう言ってもらえて、清太も嫌ではなかった。
光樹は起き上がり、時計を見つけてしまったようだ。
「6時半か・・・。もう、夕飯の時間だね。どうする? 家に連絡・・・」
清太はまだ、家に帰りたくはなかった。彼に愛された余韻を残して今帰っても、すぐに現実に戻れそうではない。まだ、彼に浸りたい。再び愛を交わす、ということではなく、ただ一緒にいたい。
「母さんは、外で食べてもいいって、言ってたよ。だから、連絡はするけど、まだ僕は、光樹と・・・」
光樹は意味を解してくれ、微笑む。
「分かったよ。俺も、本当はまだ君と一緒にいたい。じゃあ、夕飯は一緒だね」
彼は何気なく、髪を掻き揚げた。まだ濡れた髪を・・・。その仕種を見て、清太は胸に熱いものを抱いた。清太は愛し合った後の、彼のその仕種が好きだった。そしてどうしようもなく彼が好きだと、改めて思った。
「外に行く? それとも、家で何か作る?」
清太も起き上がった。
「でも、外は寒そうだし・・・」
「雪はやんだみたいだけど、積もってるしね。じゃあ、俺が作るよ」
「でも光樹、つ・・・疲れてるし、お互いに・・・」
清太は恥ずかしそうに下を向いた。
「大丈夫。簡単なものなら」
「じゃあ、僕も手伝うよ」
「そう、ありがとう」
そんな会話をしながら、もう少し彼と同じ時間を過ごせるのだと、清太は心が弾んでくるのを感じた。
ベッドから脚を下ろそうと動いてふと見ると、ストーブの前にちょこんと置かれたシロクマとトイ・プードルと目が合った。二人、仲良く並んでいる。彼らはずっと自分たちの秘め事を眺めていたのかと思うと、ぬいぐるみなのに気恥ずかしくなった。でも次には、並んでいる彼らが自分たちのようにも見えて、清太は微笑んだ。
「何笑ってるの?」
清太の横に肩を寄せ、光樹は聞いた。彼に今の想像を話そうか、清太は迷ったが、見てほしくて指を差した。
「ほら、あれ」
「はは、可愛いね」
シロクマとトイ・プードル、どちらが光樹でどちらが自分だろうか。優しく包み込んでくれる光樹はきっとクマのほうだ、と清太は思った。
END