彼は気持ちを落ち着けるためか、赤ワインを一口飲み、それから再びスズキ料理を食べ始めた。
「啓二さん・・・」
彼が何も言わずに食べ続けるので、少年も仕方なく、スズキに手をつけた。
その後は、会話も途絶え、二人は黙々と食事を続けた。クラシック音楽の流れる中、少年はできるだけ音を立てないよう気をつけた。それでも若干、ナイフやフォークが食器に当たる金属的な音はして、冷ややかに清太の耳に響いた。
ふと啓二のほうを見ると、彼は魚をきれいに処理していた。やはり大人だから、テーブル・マナーがちゃんと身に着いているのだろう、と清太は思った。自分も、両親に習ってマナーくらいは覚えているので、彼の前で失敗しないよう、多少緊張しながらナイフやフォークを動かした。
やがて、肉料理やサラダも終え、デザートが来たが、これも一流パティシエが作ったであろう、細やかさを見せていた。りんごのコンポートなのだが、赤色を散りばめた飾り付けが可愛らしかった。清太は良く味わって食べた。
「どうだった、料理は?」
全ての料理を食べ終え、食後の紅茶を飲みながら、啓二はやっと口を開いてくれた。
「うん、おいしかった、凄く。今日は・・・ありがとう」
啓二にこんな感謝の言葉を言ったことは、今まであまりなかったので、清太は気恥ずかしさを覚えた。
「良かったら、また来よう」
「え、ここに?」
最初に比べれば、自分が周りに溶け込めず浮いているという感覚は薄れていたが、それでも、今日と同じ思いをまたしなければならないのかと思うと、素直には頷けなかった。
「ああ。嫌か?」
啓二はティーカップを持ったまま、瞳だけこちらに向けて聞いた。
「あの・・・僕がもうちょっと大人だったら、いいんだけど・・・」
「じゃあ、それまで付き合ってくれるってことか?」
啓二は微笑んだ。いつにない、自然な笑顔だったので、清太は戸惑った。
「啓二さん、僕そんなこと言ってない」
慌てて、否定した。光樹がいるのに、そんなに長く彼と付き合う気は、毛頭なかった。彼とは、刹那的な関係でいい。
「分からないぜ」
今度は彼は、不敵に笑んだ。
「分からなくないもん」
光樹と自分を別れさせることもできないくせに、と少年は思った。啓二にずっとついていく気などない、とも言いたかったが、せっかく食事に誘ってくれた彼に、そこまで言うのは悪い気がして、やめた。
「そうか。やっぱり可愛いな、お前」
言われ、清太は自分の頬が熱くなるのを感じた。
「やめてよ、こんなところで・・・」
目を逸らし、少年は、ゆっくりと視線を彼に戻していった。
「啓二さん、あの・・・今日は・・・、これで帰るの?」
「いや、この上に部屋を取ってある。最初に言ってなくて、悪かったが」
やはり、と思い、清太の胸は一気に熱くなった。
「そ、そう・・・」
再び体を許し、付き合い始めてから、彼と逢う時はどこかで抱き合ってから帰るのが、普通だった。むしろ、抱き合うために約束している、ともいえた。そういう関係だと自分でも納得しているのだが、今日は何故かいつもより、緊張してしまう。
「都合悪いか? それとも、嫌か?」
こちらが浮かない顔をしているのを読み取ってか、啓二が聞いてきた。
「ううん、別に・・・。ただ、あんまり遅くなるのは・・・、って思って」
今の気持ちをどう言ったらいいのか分からず、少年は適当に答えた。
「なら、すぐに上がろう。お前に合わせる」
言って、啓二は立ち上がり、会計へと向かった。彼はカードで支払いを済ませた。光樹なら、いつも現金で払うのに、と啓二の斜め後ろに立ちながら、清太は思っていた。
エレベーターで階上へ上がり、グレーのカーペットが敷かれた廊下を、二人で歩いた。部屋の場所を知らないので、少年は青年の後についていく。
「どうした? もっとそばに来い」
「だって・・・」
仕方ない、と言おうとした時、啓二が立ち止まって清太が追いつくのを待ち、二人は横に並んだ。少年の耳元で、「1107号室だ」と彼は言った。
その番号の書かれた部屋の前に立つと、啓二は少年を振り返って「終電までには帰してやる」と言った。「え・・・」と戸惑う少年をよそに、彼はキーを差し込んで、鍵を開けた。
啓二が先に中に入り、彼に支えられたドアをくぐり、清太も入った。今度は中から、鍵を閉める啓二。
完全に二人きりになったので、清太は今までよりも声のトーンを上げた。
「啓二さん、駄目、終電までなんて。そんなに長くいられない。僕に合わせるって言ったじゃない」
「お前が長くいたくなるかどうか、まだ分からないだろう」
言って、青年はドア近くにいた少年の手を引き、抱き寄せた。少年の顔が、彼のスーツの肩の辺りに当たった。
啓二は清太の両肩を抱いて少し離し、二人は正面から見つめ合った。
「帰りたくなくなるってこともな」
青年は、少年の左頬を右手で包んだ。
「そんなことない・・・」
彼が求めているのが分かるので、清太は目を閉じた。
二人は、ゆっくりと唇を重ねた。啓二の唇は、熱かった。彼も同じことを感じているかもしれない。
彼が口を開くが、まだ舌を入れては来なかった。ただ、こちらの唇の形を確かめているだけだ。少年はもどかしくなり、自分から彼のそれを求めて、舌を差し入れてしまった。それはすぐに絡め取られ、彼に舐めるように吸われていった。負けず、少年も複雑に舌を動かした。この行為で、彼にはもう、分かっているだろう。
自分が”期待”していることを。
彼の唇や舌を味わいながら、清太は早く彼に抱かれたくて、仕方がなくなっていた。早く、彼のものを受け入れたかった。
「あ、や・・・」
近くの壁に押し付けられ、両頬を掴まれながら、二人は激しく口付け合った。舌を、求め合った。少年は、相手のスーツの二の腕辺りを強く、深く皺ができる程掴んだ。
Another Voice
2
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