少年の眼差しは、純粋なものだった。この純粋さを利用することなど、益々できない。
「本当に・・・俺じゃないとだめなのか?」
 涼が聞くと、優理は頷く。
「どうして・・・?」
「そんなこと、言葉にできない。誰かを好きになるのに、理由なんてない。兄さんだって、そうでしょう?」
 青年の背中に回した腕を離さないまま、少年は言葉と眼差しとで相手の心を射抜いた。
 何も言えず涼は、彼のその真摯な姿と、かつて初めて武司に抱きついた時の自分の姿とを、重ね合わせていた。あの時の自分も、こんな目をしていただろうか。もしあの時、武司に突き放されていたら・・・。自分が今この少年を突き放せば、きっと悲しませてしまうことになるだろう。彼の純粋さを踏みにじることもまた、残酷なのではないか。
「抱いてくれてる時に、好きになってくれればいい。今じゃなきゃ、嫌だ・・・」
 頭部を交差させ、体を密着させ声を詰まらせながら少年は請うた。
「・・・優理・・・」
 涼は初めて、彼の名前を呟いた。両腕は自然に相手の背中へと伸びていた。力は入れずに・・・。
 抱くことによって、幸せにできるのではないか。この真摯さに応えることもまた、愛情なのではないか。
「来て・・・」
 少年をそっと離した後(のち)に、涼は彼の手を取った。


 先にシャワーを浴びたのは涼だった。優理が譲ったからだ。
 腰にタオルを巻いただけの姿で、ベッドのへりに座っていた。布団は水色でふかふかとして、柔らかい。膝の上で、両手を組み合わせる。その指先を見る。この手で今から、彼に触れようとしている。まだ誰とも愛し合ったことがないという彼に・・・。
 ドアを開ける音がして、そのほうに顔を上げると優理が立っていた。髪は濡れ、前髪は掻き揚げたのか全て後ろへと撫で付けられていた。少年は涼と同じ姿をしていた。目が合う。涼は、身動(じろ)ぎした。
「やっぱり・・・髪ちゃんと乾かしてくる」
 と、目を逸らした優理はドアノブを握り締めて、再び奥へと姿を消した。やがてドライヤーから風が吹き出す音が、ドア越しに聞こえてくる。
 涼は髪を掻き揚げ、布団をめくってその中へと身を滑らせた。彼の髪は生乾きのままだった。布団の中で腰に巻いたタオルを外し、隙間から手だけ出してベッドの下へと落とした。

「兄さんは・・・髪乾いてる?」
 一旦ドライヤーの音が消え、代わりに少年の声が聞こえてきた。その声には、どこか恥じらいが伺えた。涼はベッドの中から応える。
「いや・・・まだ濡れてるよ」
「じゃあ、兄さんも使ったら? 俺の後に・・・」
 数秒置いた後、涼は起き上がった。床に落ちたタオルを、再び腰に巻く。
 ドアが開けられて青年が姿を現したのを見て、少年は驚いていた。鏡の前に立ち、短いのですでに乾いている髪に、まだドライヤーを当て続けている。持っている彼の右手に上から手を添え、涼は優しく奪った。少年の髪に触れる。
「髪、傷んじゃうよ」
 そう言われ、優理は赤くなった。彼から誘ってきたのに、その時を迎えることの時間稼ぎをしているのが、分かりすぎるほど分かった。少年から奪ったドライヤーで、涼は自らの髪も乾かす。その様子を、優理は横でじっと見ていた。横顔に張り付くような視線を送る。

「兄さん・・・横顔きれいだね」
 ドライヤーの轟音の中、少年は言った。涼は鏡を見ていた顔を彼に向ける。両手は髪を乾かす仕種を続ける。
「・・・ありがとう。先に出てていいよ」
「う、うん」
 優理は戸惑いながらもそそくさとドアを開け、足早に出て行った。
 やがて涼の髪も乾いた。ドライヤーのスイッチを切る。初めはこの後も濡れるだろうから、乾かすつもりなどなかったのだが・・・。さらさらとした髪を、涼は一房つまんで離した。あの店で、泰央に同じようにされたことを思い出した。彼はこの次に逢う時、普通に友達として接してくれるだろうか。今日は、彼らには済まない形の別れになってしまった。
――ふと、武司の顔が脳裡に浮かんだ。今ごろ彼も、誰かとどこかのベッドの上にいるのだろうか。それを思うと、たまらなく悔しくなる自分がいた。これは、嫉妬・・・? それならば、なんに対する?

「兄さん・・・?」
 上半身裸のままカーテンを少し開け、窓の外を見ていた優理は、機械音が消えたのになかなか開けられてこないドアを振り向いて見ながら、不安げな声を出した。気が変わって服を着ているのでは、と思ったからだ。
 が、ドアの向こうから出てきた彼は、少年と同じ姿だった。ゆっくりと歩を進め、ベッドへと向かう。上に乗ると、またへりに腰かける。今度は先ほどとは違い、窓に近いほうだ。少し離れた窓際に立つ優理を見やった。見られたほうは、すぐには脚を動かさない。カーテンをぎゅっと掴んだ。
「どう・・・したの?」
 涼は彼が来るのを待つ。しかし、裸足の少年の脚はなかなか動こうとしない。涼は立ち上がった。それに気付き、少年はびくりとした。――意を決したのか、カーテンを離してやっと青年のいるベッドへと向かってきた。

 涼は座り、タオルを腰から外し、最初の時同様床に落とした。まだベッドの横に立っている少年の目は、意識しないでも彼の脚の付け根にいってしまった。まず、頭の中で自分のものと大きさを比べた。青年のほうが、若干勝(まさ)っているようだ。それはある程度持ち上がってはいるが、少年が想像したほどではなかった。優理は自らもタオルを取る。それを見て、涼は布団をめくった。少年も現れたシーツの上に乗る。が、次の行動に迷った。二人、シーツの上に座った状態でしばし見詰め合った。涼の左手が少年の肩に載せられた。右手は、頬にそっと触れられた。恥じらいを隠さない少年がそこにいた。肩に載せた掌からも、彼の鼓動の速さが熱と共に伝わってくる。胸のほうに滑らせ、心臓の上に落ち着くと、まるで飛び出そうなほどそれは肌の奥で躍っていた。筋肉のあまりついていない、細い体だった。早鐘を収めた胸も、薄い。自分とさほど変わらない体つきだろうか・・・涼はそう思った。

「兄さん・・・」
 少年は静かに呟いた。その瞳は、潤んでいた。カーテンの隙間から漏れてくるネオンの光が、彼の瞳の上で様々に色を変えて映った。これから自分に完全に身を委ねようとしている、そんな目だった。
 この少年が全身全霊で愛してくれるというのなら、自分もそうすべきではないのか。
 涼は彼の頬に添えた手を少しあごのほうへと動かし、親指でふっくらとした赤い唇を撫でた。彼は目を閉じた。撫でたばかりのそれに、青年の唇がそっと重ねられた。初めは探るように触れていたが、少年の唇が開いたのに気付くと、舌はその中へと侵入した。互いの濡れたものに触れた途端、その二枚は絡み合い始めた。両腕も互いの背中へと伸びる。二人は5分ほどもそうしていた。透明なものが、少年の唇の端から零れた。青年の左手は背中から戻り、相手の小さな桃色の突起に触れる。その中心は二つとも立ち上がっていた。

 座ったまま、涼は彼の耳を舌で探り、それは首筋へと落ち、胸の突起へと達した。その瞬間、少年は身を振るわせた。彼の両手は相手の肩に載せられていた。
 優理の頭部を枕へと沈めさせ、涼の舌はさらに彼の下腹部へと向かった。少年は吐息を漏らす。
「嫌・・・待って・・・」
 中心へ辿り着こうとした時、少年は身を翻して逆に青年の体をシーツに横たわらせた。涼は驚き、両手首を少年に掴まれたまま身動きできなかった。
「兄さんの・・・先に知りたいんだ」
 覆い被さって息を荒くしながら、優理は言葉を吐いた。
 言ったそばから相手の手首を解放し、彼の下半身の中心に向かって体を滑らせた。目の前に、それは広がった。右手でそっと触れてみると、熱を持っている。力を込めてみると、曲げた掌全体にそれは伝わった。

「優理・・・」
 涼は戸惑って首を枕から持ち上げ、声をかける。
「好き・・・」
 愛情を込めてそう言うと、少年は愛する青年のそれを口に含んだ。先端の窄(すぼ)まり、くびれ、微妙に刻まれた皺・・・それら彼の持つものを、少年は舌の先で感じた。赤いものは、複雑に蠢(うごめ)いた。彼のものを口中奥深くまで収めているので、言葉は発せられなくなった。その動きの巧みさに、涼はまた驚く。快感を導き出す、その動きに・・・。
「あ・・・っ」
 思わず声を漏らし気が付くと、両手指は少年の髪の間に絡み、乱していた。
 優理の舌による攻めは続き、相手の頂点が到来することを求めているのか、容赦しなかった。軽く歯さえ立てられた。その感触は、涼にとって初めてのものだった。――やがて青年は、少年の口中に熱情を放ってしまった。優理は、喉仏を動かしてそれを飲み込む。一滴も逃さないようにしたいと、望みながら・・・。

 唇を離し、ようやく彼のものを解放してやると、一度果てた青年の胸の上に優理は体を重ねた。左手を、頬をつけた目の前にある右胸の上で滑らせる。
「ね・・・名前教えて、兄さんの・・・」
 吐息を漏らして呟く。
 涼は半分だけ開けた目で探り、右手で少年の髪に触れた。
「涼・・・」


Bittersweet Carnival
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