その様子を見て、ヒロが興味津々といった顔つきで聞いた。
「友達って言ったけどさ、ひょっとして二人もうできちゃってるとか?」
武司は涼の肩を抱いたまま、彼の表情を伺った。煙草は灰皿に置いた。
涼は心の中で『言うな』と願った。
「ね、どうなのさ?」
ヒロは涼の気持ちなど察せず、答えを催促する。
「・・・寝たよ」
武司の口からは、涼が望まない言葉が漏れた。その途端、自分の肩にある男の手の存在が、彼は許せなくなった。
「・・・離せよ」
相手の腕を持ち、外した。
「やっぱ、そうなんだ。なんだ、もうお手つきか。残念。遊んでもらおうと思ったのに」
ヒロは頭の後ろに両腕を回して組み、つまらなそうな顔をする。
「武司、手が早いからな」
クッ、クッ、と口元に手を当てて、フリーターは笑った。
「で、どうだった? もしかして、武司が初めて?」
先ほど髪に触れた泰央(やすお)という学生が、テーブルに頬杖を突きながら涼の目をまっすぐに見た。
「そんなこと・・・言えるわけないじゃないか」
武司の陰で、涼は小さな声で言う。泰央の目は見ない。
「照れ屋だね。じゃ、武司は?」
「とりあえず、こいつはネコらしいな」
武司は一旦灰皿に置いた煙草を手に取って、再び吸い始めた。もう片方の手で、グラスを一口あおる。言った時の口の端が微かに緩んでいたことを、涼は見逃さなかった。
「へえ。確かにそれっぽいね。逆はまだ?」
泰央は続ける。
「それがな・・・」
「もう、やめろよ」
武司が答えようとすると、涼が横から制した。その声には、怒りが込められていた。
「なんだよ、こんな話ここなら誰だってするぜ。そんなかっかするなよ、涼」
「だって・・・」
自分の気持ちを察してはくれないのかと、涼は歯がゆさを感じていた。気持ちを落ち着けようと、グラスのジンジャーエールを飲む。
煙を吐いてから、武司は続ける。
「こいつな、逆はまだ慣れてねぇんだ。だから、今日誰か相手がいねぇかな、と思って」
涼は真っ赤になりながら黙って聞いていた。
「慣れてないって、その相手も武司?」
泰央は笑んでいる。
「そういうことだ」
それを聞き、泰央は益々笑みを深くする。
その時、フリーターが仲間たちに声をかけた。
「話が盛り上がってるところだけどさ、俺たち今日ほんとはデートなんだよね」
隣にいた高校生の肩を抱いた。
「あ、そうだっけ。分かった。じゃあね、また今度」
ヒロは二人に軽く手を振った。高校生は手を挙げてそれに返す。
「じゃあね、みんな。それに涼さんも」
「俺もちょっと狙ってたんだけどな」
高校生の横で、フリーターは首を傾けて言う。
「ちょっとっ!」
高校生は怒って相手を肘で小突いた。
「冗談だって。真に受けんなよ。・・・じゃな」
そうして、二人は肩を寄せ合いがなら、仲間たちのもとを去っていった。レジで金を払い、ドアを開けて出ていく。歩きながら彼らは、軽くキスをした。それを見た涼は、すぐに目を逸らす。
「でもさ、一度寝たんなら、付き合っちゃえば? 涼くんさ、好きなんだろ? 武司のこと」
泰央はフリーターたちが去るのを見届けると、相変わらず意味ありげな笑みを崩さずに言った。
「え・・・」
「分かるよ。なんかさ、武司に頼ってるって感じがするからさ」
「ち、違う。別に好きじゃないし、・・・付き合うつもりもない」
「裏切られた」との気持ちを深くしている涼は、その相手を横目で睨んだ。
「武司は?」
「さあな。俺、こいつに嫌われちまってるからな。いくら言っても許してくれねぇ」
武司は溜息ともただ煙草の煙を吐いたともつかない息を、ゆっくりと吐く。
「喧嘩してんの? 二人」
昼間、哲学科の学生がしたのと同じ質問を、横からヒロはした。
これ以上二人だけの秘密にしたいことを話されては敵わないと、涼は声を強くした。
「とにかく、俺たちは今なんでもないんだ。聞かないでくれないか」
ヒロと泰央の両方に言った。
「あ、そう・・・」
ヒロは怒られた子供のように、しゅんとする。
「悪いな。こいつ子供で・・・」
「ならさ・・・。付き合ってるんじゃないんなら・・・俺はどう?」
武司越しにいた泰央は、彼を目でどかして割り込んだ。武司は素直に場所を譲る。
「どうって・・・どういうことだよ?」
涼は間近に来た彼を、今度はまともに見ながら聞いた。
「言ったじゃん、武司が。誰か相手がいないかって」
武司はこれは好都合だ、と思い顔を明るくした。
「そうだな。泰央ならちょうどいいかもな。どっちもできるし、慣れてるし」
「え、じゃあ俺も立候補しよ。俺は? 涼くん、俺」
ヒロも話の間に入った。
「お前はよしとけ。お前、どっちかってーと抱きたいほうだろ、涼を?」
武司が止めた。
「えー・・・。そりゃ、確かにそうだけどさ・・・。俺リバだっていつも言ってるじゃん。下もできるよ」
ヒロはむきになる。
「だめだ。今回はお前向きな話じゃない。テクだってないだろ?」
「なんだよ、なんでお前が決めるんだよ。涼くんに聞くべきだよ」
ヒロは涼のほうを向いた。わくわくとして、聞く。
「ね、この二人ならどっちがいい?」
涼は話の流れについていけず、開いた口が塞がらない気分だった。
「あの・・・さっきから何を・・・。なんでそんな、今日逢ったばかりなのに、そんな飛躍するんだよ、みんな?」
困った素振りを見せながら、愛想笑いを漏らした。
「俺別に、誰か相手が欲しくて来たんじゃないよ。ただ、友達が欲しくて・・・。こっちの友達、いないから・・・」
「それはそうだけどさ、挨拶代わりみたいなもんだよ、このくらい」
泰央は臆せずに言う。
「そうだ。こいつ、男としての自信なくしちまってるんだ。だから、泰央と寝てみな、涼」
涼は武司のその言葉を、信じられない気持ちで聞いた。一度は寝た相手を他の男に売り渡すようなことが、何故平気で言えるのか・・・? 好きだとこちらから告白までしたのに、何故・・・。この男と付き合うことはもうできないと、涼は断じた。未練さえも、捨てた。
「・・・悪いけど、君たちの申し出は受けられない。友達でいたいんだ、君たちとは・・・」
気持ちを落ち着けて、涼はゆっくりと言った。
「そうか。やっぱ、武司が好きなんだね。君なら抱かれるほうでもいいって、思ったんだけどな」
泰央が残念そうな顔をしてみせた。
「・・・しょうがねぇから、俺と寝るか? もう一度・・・」
武司は煙草を灰皿でもみ消しながら、優しく声をかけた。
「冗談言うな」
涼は低い声を出した。
「・・・お前とは、今日はここで別れる」
「何?」
武司は眉を歪め、表情を変えた。
「分からないなら、分からなくていい。とにかく、俺は別行動をとる」
機嫌を直すつもりがまた状況が険悪になってしまったことに、ようやく武司は気付いた。泰央と寝てみろと言ったのも、元気付けるためだった。本当の意味で、男になるために・・・。それが、逆効果になってしまった。
「別行動って・・・。一人でどうする気だ?」
「自分で見つける。相手くらい・・・」
涼はテーブルの上に置いた右手を握り締めた。
「帰る」とでも言うのかと思っていた武司は、驚いてみせた。
「ヤケになってんのか、お前?」
「別になってない。俺だって男だ。いつまでもお前と一緒にいたんじゃ、俺はだめになる」
「は、言ってくれるじゃねぇか。じゃ、誰か年下の可愛い子でも探してみな。上手く口説いて、成功したら面目躍如ってもんだ」
二人の雰囲気が悪くなっているのを感じて、ヒロが恐る恐る言った。
「あの、じゃ、俺たちは・・・」
「ああ、せっかくだがここでお開きだ。あとは好きにしてくれ。・・・じゃあ涼、俺も他の相手探すぜ? いいか?」
一瞬息を詰めたが、涼は歯を食いしばった。
「勝手にしろ。俺は俺で、お前より先に見つけてやる!」
その様子を、泰央は呆れて見ていた。
「あーあ。まるで子供の喧嘩だね、これじゃ。二人共落ち着きなよ」
「だってよ、言い出したのは涼のほうだぜ」
「俺が話しとくからさ、武司はトイレでも行っててよ」
「話すって、何をだ?」
「色々。まあ、ちょっと席外しててよ」
「泰央・・・。分かったよ。お前に任すよ」
そう言って、武司は言われた通りトイレへと向かった。ちょうど、今まで飲んだものが生理現象を起こしていたところだった。
Bittersweet Carnival
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