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「最近、いい子出ないよな」
 涼が、通りを見ながらつぶやいた。
 大学の授業を終えた後、同級生の武司と、新宿のこの街に足を向け、ここで知り合った二人の友人、ヒロと落ち合うのが日課になっていた。
 この街には、夜の闇が迫るにつれて、同じ目的を持った様々な年代、職業の男たちが集まってき、それと同時に、徐々に気だるい雰囲気が漂い始める。同族意識にも似た、馴れ合いのような・・・。

 3人はとある店の前にたむろって、他愛のないことを話していた。
「お前、この間の子はどうなった? ベル番号教えてもらったんだろ?」
 ズボンのポケットに両手を突っ込み、黒髪の長髪に帽子を被った武司が、涼に聞く。
 涼は、溜息をついた後、やるせないといった感じで空を見上げ、目を閉じながら答えた。彼は茶髪で、黒っぽい色の半袖シャツを着ている。
「だめ。メッセージ入れても無視されて、向こうからこっちに電話ってのは、全然ない」
 この時代、高校生くらいの子はみなポケベルを持っていて、大学生やそれ以上の大人たちは、携帯電話を持ち始めていた。
「諦めたのか?」
「ああ・・・もういいや、あの子は。そんなタイプでもなかったし」
 下を俯いて言う涼。
「しかし、お前年下好きだよな」
 武司は少し笑って、涼に向かって顔をはすかいにして言う。

「おい・・・見ろよ」
 地べたに体育座りをして、二人の話を何気なく聞いていたヒロが、急に真顔になって、武司の肩越しに言った。言われて、武司は後ろを振り向く。涼は、ヒロと同時に気付いたようだった。
 その時通りを、一つの特異な存在が縫っていた。
 栗色の髪に、透き通った瞳と肌の色を持ち、恐ろしく顔立ちの整った少年が、ふらりと3人の前に現れたのだ。白いVネックのTシャツに、濃い色のジーンズを穿いていた。
「すげー美形じゃねーか?」
 とヒロ。顔を赤らめている。
「ああ・・・そうだな」
 武司は、少年のほうを振り向きながら答える。
 少年の出現は、通りの雰囲気を一気に変えた。そこには、武司たちと同年代の若者が多かったのだが、彼を目にする者は皆一瞬息を止め、その後、仲間同士でざわつき始めた。一種の緊張感で、満たされた。
 少年のほうはというと、目的地があるわけでもないふうで、ゆっくりと歩いている。周りの反応に少し驚いているはずだが、あえてそれを隠している、といった感じが、見て取れた。
 彼は武司たちの目の前まで近づいてきた。3人は彼の顔をまともに見ようと目を凝らした。すぐに通り過ぎてしまったが、その一瞬だけでも、彼の美しさは相当なものだと分かった。

 涼は、少年の通り過ぎた後ろ姿を、放心したように見ている。
「あ、の、子・・・いいな。俺・・・行っていいか? モロ俺好み・・・」
 あまり感情を込めず、他の二人に向かってつぶやく。だが、視線は少年から離れない。
 武司は呆れて、言った。
「またお前はすぐそーやってがっつく!」
 そこにヒロが、立ち上がって入ってきた。
「何言ってんだ! 俺が先に見つけたんだぞ!」
 声を荒げる。
 涼も負けじと対抗する。
「俺だ!」
 「お前らなー」と、ポケットに手を突っ込んだまま、呆れて二人の幼い争いを見る武司。
「この中で一番成功率が高いのは?」
 二人の間に言葉を投げかけた。涼とヒロは、争いをやめた。二人とも無言のまま、武司を同時に指さす。
「そういうことだな」
 武司は目を閉じて言い、少年の後を追った。
「思えばいつもこのパターンのような気がする・・・」
 と、悲しげな涼。
「同感・・・」
 とヒロ。
 二人は、心配そうに武司と少年のほうを見やった。ヒロが続けた。
「それにしても・・・あいつ独り占めにする気じゃあ・・・」
「そんなの許さねぇぞ! 俺好みなのに・・・」

 武司は、少年に追いついた。少年は後ろから呼び止められ、立ち止まり、片手をあごのあたりに当てて、困惑気味に対応している。二人何か、話している。やがて、武司が少年の肩に腕を回して
「行こうか」
 と言い放った。
「何ぃ〜!?」
 その様子を見て、驚く涼とヒロ。怒りを伴って、すぐに武司たちに追いすがった。
「おいっ、ふざけんなよっ。どこ行く気だ!?」
 何故か、涼とヒロの口からは、同時に同じ言葉が飛び出た。
 武司は平然として、少年の肩に腕を回したまま言う。
「どこって・・・いつもの店に」
「二人でか? その後は!?」
 すると武司は、少年のあごをすかさず掴んで、軽くキスした。されたほうは、とっさのことにびっくりしている。
「天国かな」
 武司の早業に、涼とヒロはあっけに取られ、怒りも爆発した。何か言いそうになった。
「お前らな〜」
 だが少年の唇を奪った後、武司はそんな二人の様子を遮った。少年は戸惑ったように、赤くなっている。武司は彼の背中を軽くさすりながら、言った。
「この子が4Pなんかするよーなタイプに見えるか?」
 過激な言葉に、少年はさらに赤くなっている。
「そりゃ・・・まあ・・・」
 涼とヒロは少し納得したように、トーンを下げて言う。
 この時、初めて少年は二人の前で口を開いた。
「あっあの・・・でも・・・、4人でバーに行くぐらいなら・・・」
「ほんと!?」
 二人の喜びようは、武司をまた呆れさせた。


 バーの店内。そこは、武司たちの行きつけの店である。若者が多い。中には、ユーロビート調の曲が流れている。カウンター席と、椅子のない、高いテーブルだけの席が入ってすぐのところにあり、奥にはボックス席があった。
 武司たちは、カウンター席に並んで座った。左から、ヒロ、少年、涼、武司の順である。
 涼とヒロは、うっとりとしたような目つきで少年――清太を見つめている。
 涼が、テーブルに頬杖を突きながら言った。
「君さぁ〜、ほんっと〜にかぁ〜わいいよねぇ〜」
 清太は相変わらず恥ずかしげにしながら両手を膝の上で組み、、二人に挟まれて座っていた。
「ど・・・どうも・・・」
「ここらじゃ見かけないよね〜、こういう店も初めて?」
 とヒロ。
「はい・・・」
 本当は初めてではなかったが、二人の雰囲気に押され、思わずこう答えてしまっていた清太だった。

「売ろうとしてたのか?」
 そこへ、武司のこんな言葉が飛び込んできた。椅子から少しのけぞり、涼越しに清太に向かって言っている。3人とも驚いた。
「お前っ、そんなわけないだろっ、こんな初心そーな子が・・・」
 涼が少し怒って言う。
 武司は続ける。
「だってそうじゃねーか。(清太に向かって)少しは自分のランク分かってんだろ? なのにこんなとこ一人でフラフラ歩いて・・・。俺が声かけたら、ヒョイヒョイついてきたし・・・」
 聞きながら、さらに恥ずかしそうにする清太。
「子供ん時ガッコで習わなかったか? 知らない人についてっちゃいけませーんて・・・」
 清太は真っ赤になり、膝の上で組んだ両手に力を込めた。
「ぼっ僕やっぱり帰ります!」
 たまらず、立ち上がった。
「えっあっおい!」
 涼も立ち上がり、出入り口へ向かおうとする清太のTシャツを掴んだ。
「わっ悪かったっ、こいつが言い過ぎたよっ、俺が謝るからさ・・・、もっといろいろ話そうよっ」
 それで仕方なく、清太は座りなおした。武司は呆れ顔で、頬杖を突く。
「じゃあよー、なんでさっき俺に簡単についてきたわけ?」
「バっバーに寄るだけって言ったから・・・」
「そのままハイサヨナラって帰れると思ってたわけじゃねーんだろ?」
 ここで、しばしの沈黙ができた。清太は、ここへ来たわけを話さなければならない時が来ている、と感じた。そこで、ゆっくりと話し始めた。

「この間・・・初めてオヤジと10万でやったんです・・・」
 それを聞いて、涼とヒロは我が耳を疑った。
 そんな二人の様子を予想していた清太だったが、戸惑いながらも話を続ける。
「そのオヤジ、電車の中でやってきそうだったから・・・。それで・・・初め2万だったんだけど・・・、キスさせろとか言うから、どんどん値が上がっていって・・・。で・・・今日は・・・、2丁目だったら・・・、僕っていくらぐらいなんだろうとか・・・、どのくらい男に声かけられるのかなって思って・・・。その・・・、ほんのちょっとした好奇心で・・・」
「バカかお前」
 思い切って告白した自分に、武司の突き放すような思いやりのない反応が返ってきたので、清太は驚いた。
「そーゆーのを売りってゆーんじゃねーか」
 武司はたしなめるように言う。彼のもっともな意見に、自分の子供っぽさを指摘されたようで、ますます赤くなる清太だった。
 と、武司がおもむろに立ち上がり、清太の腕を引っ張った。
「来いよ。自分がいくらか知りたいんだろ?」
 怖い顔で、下目使いに言われ、清太は困惑顔になった。
「で・・・でも・・・」
「10万でオヤジとやった奴が、ぶってんじゃねぇ!」


a Boisterous Night