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 彼が目を落とすと、床には脱ぎ捨てられた二人分の服とスニーカーが、散乱していた。テーブルの上には、もみ消された煙草が1本だけ載った灰皿と、武司の白い帽子がある。ふと窓のほうを見ると、開け放たれたままだ。そばには椅子。いつもは冷静な武司を、ここまで駆り立てたものは何なのか・・・? 
 窓を閉めようと、涼は歩いていった。清太は彼のその動きを見て、初めて窓が開いていたことに気付き、自分の声が外の通りまで漏れていたのではないかと、どきりとした。まだ体を知られていない涼とヒロの二人に、前をさらしていたことも急に恥ずかしくなり、慌てて起き上がって、布団を胸まで引き寄せた。
  
「だってこいつよー、ムカつくんだぜ。初心いフリなんかしやがってよ・・・。ちょっとキスしたらちゃんとベラ使ってくるし、服に手ーかけたら自分でも脱ごうとするし。始めてみたら、慣れてるのなんの・・・。初心いどころか、すげーやり手だぜこいつ・・・」 
 歩いていく涼に向かい、武司は言う。涼は窓を閉め、鍵をかけると、武司と清太のほうを振り向いた。少年は体を隠していた。目が合うと、とっさに逸らされてしまった。
  
「次、お前やってみりゃ分かるよ」 
 武司は横を向いて髪を掻き揚げながら、ベッドの上に片膝を立てた。 
 ヒロは裸で立ったまま「え? 俺は? 先に出てきたのに・・・」とつぶやいたが、二人の耳には入っていないようだった。 
「でも・・・俺、人が見てると、できねーよ・・・」 
 涼は言う。
  
 沈黙ができた。武司は、涼、布団を頭まで被って向こうを向いている清太、ヒロと一瞥ずつすると、口を開いた。 
「しゃーねー、やるか、そっちで」 
 彼は、ベッドを降り、一度バスルームへのドアを開け、中へ入った。程なくして出てきた彼の腕には、クリーム色のバスローブがかけてあった。次に、窓のところにあった椅子のほうへと向かい、窓際から離し、壁際まで引っぱった。その上へ、持ってきたバスローブを広げる。 
「来な、ヒロ」 
 言いつつ、ヒロを手招きした。 
 呼ばれたほうは一瞬何を意味するのか量りかねたが、やがて理解した。 
「え・・・えっ、お前と!? 俺が!?」 
 慌てて、自分を指さしながら言う。 
「いいから、来いって」 
 さらに武司は呼ぶ。恐る恐るやってきたヒロを椅子に座らせると、おもむろにしゃがんで、彼の胸に口付け始めた。 
「大丈夫、お前らのほう見ないから」 
 武司は清太と涼のほうを振り向いて、言った。 
「ちょ・・・武司・・・」 
 初めは戸惑っていたヒロだったが、武司に胸をさらに遊ばれると、大人しくなった。 
『なんでこうなるわけ・・・?』 
 そう思いながら、徐々に下のほうに下がっていく武司の唇の動きに、感じ始めていた。
  
 涼は迷いながらしばらく立っていたが、思いを決め、清太のいるベッドの上に乗った。 
 清太はベッドのスプリングがきしみ、自分の横がへこむ気配にぴくりとしたが、すぐには起き上がれなかった。先ほどから、武司らの会話は聞こえていたが、何をしているのか、目にするのが怖かった。 
 武司に対しては、 
『さっきまでは僕を抱いていたのに・・・。この人、友達とも平気でやれるんだ・・・』 
 と少し裏切られたような気分でいた。 
 そのまま、眠っているふりをしようかと思ったが、それでは今ベッドに乗ってきた彼に、悪いような気がした。
   
 清太は仕方なく布団をはぎ、起き上がった。 
 二人の耳には、否応なく武司たちの声が聞こえてくる。 
 見まいと思っていたのに、ちょっと目を上げた隙に、壁際の彼らを見てしまった清太。 
「よっ、よく人前であんな・・・!」 
 たまらず、顔を背けた。背けた顔が、ちょうど涼の顔の間近に来た。 
「ごめん・・・所詮俺もあいつらの・・・」 
 涼は、清太の右頬を左手で覆った。 
「仲間なんだ・・・」 
 言いながら、清太の唇に自分のそれを重ねた。
  
 やっと、少年と初めてのキスを交わすことができた。涼は嬉しさから、清太の歯の隙間から舌を差し入れた。・・・だが、彼からの反応はなく、自分の想いだけが、少年の口中をさまよっていた。涼は空しさを感じ、程なくして唇を離してしまった。 
 少年は、「どうしたの?」というあどけない表情を見せている。これが涼に対して皮肉な表情をしていたのなら、怒りが湧くところなのだが、そうではなかった。 
 武司の言うことは本当なのだろうか・・・? 裸の少年を目の前にしても、まだ信じられない面持ちの涼だった。彼が欲しくてたまらなかったが、乱暴なことをしては、嫌われてしまう。 
 まだ名前も知らない少年・・・涼は思いついて、彼の瞳を見つめながら言った。 
「名前・・・教えてくれるかな?」 
 彼は俯いて少し考えてから、 
「ん・・・後じゃ、だめ?」 
 とはにかんで言った。 
 「後」ということは、これから自分を受け入れてもよい、という合図にも聞こえて、涼は少年の意を飲んだ。
  
 清太の気持ちを慮って、涼は自分の背中から、布団を被った。すると少年は、涼に背中を向けた。互いの顔を見せながら繋がることを、拒まれてしまったのだろうか。 
 その背中は、意外にも均整の取れた筋肉で形作られていた。女の子のような容貌にはいささか不似合いな、その肉付き・・・。自分よりもできている体に、涼は今から抱こうとしている少年に、男としての劣等感を感じ、嫉妬さえも覚えた。
  
「あ、あっ・・・」 
 少年の中に入る時、彼は苦痛に歪んだ横顔を、涼に見せた。 
「や・・・嫌・・・っ」 
 さらに体を進めると、清太の眉の歪みも増した。肩を浮かせ、ちらとこちらに見せている左目の瞳を、涼に向けた。その瞳には、怒りと悲しみとが入り混じっていた。 
「あっ、ごっ、ごめん・・・そんなつもりじゃ・・・」 
 涼は、少年の中に入る準備を、彼に十分に施さなかったことに気付いた。 
『嫌われたかもしれない・・・』 
 自分の浅はかさに、涼は自己嫌悪に陥った。
  
 改めて入った時、ようやく少年は涼を受け入れてくれた。 
 彼を愛しながら涼は、武司と同じ罪を犯している自分に、胸を痛めていた。その痛みを、少年をより強く愛することで、消そうとした。彼は、短く声を上げた。 
「でも俺、ほんとに君のこと好きなんだ・・・。一目惚れしたんだよ!」 
 繋がり、清太のうなじに口付けながら、涼は言った。 
 清太は痛みとは違う理由で、再び眉を歪めた。 
「何それ・・・買ってるくせに、何言ってるの・・・?」 
「金なんて払わない! 売るとか買うとか、そんなんじゃないんだ・・・とにかく好きだ!」 
「やっ・・・やめてよ!」 
 彼の態度に耐えかねて、行為の途中で清太は、涼を押しのけた。 
「あんたの恋人にでもなれっての!?」 
 起き上がって、涼に背中を向けたまま、言葉を吐いた。
  
「そうだよ、何トチ狂ってんだよ涼」 
 どこからか、声が聞こえてきた。壁際を見ると、一息ついた武司とヒロがいた。 
『相変わらずすげーテク・・・』 
 椅子の上でぐったりとし、息を整えながら、ヒロは思っていた。 
 武司は涼たちのほうを向き、立ち上がって、続ける。 
「こーんなカワイコちゃん、タダでやらせてもらおうってのか? ムシが良すぎるぜ」
 
  
a Boisterous Night 
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