武司の思わぬ行動に、涼は面食らった。武司は彼の胸をなでさする。
「よっよせっ・・・! 誰がお前になんか・・・!!」
「でも・・・知りたいだろ?」
 密着したまま涼の胸にある腕を動かし、武司は上目遣いに彼を見た。
「・・・」
 首筋に口付けながら、
「あいつが欲しいんだろ?」
 と、さらに誘う。
 涼は目を固く閉じて、武司の挑発に乗らないよう、ぐっとこらえていた。
「下のほうだってもう・・・反応してるぜ」
 ジーンズの中に入れた手で、涼の下着の上からそれを感じながら、武司は言う。
「どうする?」
 さらに顔を近づける。
 戸惑う涼。
 ライバルである武司に体を許すなど、あり得ない。だが、この男はいつでも自分より上手(うわて)だった。清太が欲しいのは事実だ。それに何より、すでに反応している体を、涼はどうしようもなくなっていた。

「なっなんだよ・・・。このくらい昔やった時と同じじゃんか・・・」
 武司の部屋に敷かれた布団の上で、不本意ながらも仰向けになって彼を受け入れながら、涼は少し怒ったように言った。
「本番はこれからに決まってるだろ」
 そう言うと、武司は繋がったまま涼の腰を高く持ち上げた。
「!」
 驚き、思わず涼は赤くなる。
「あっ・・・」

*


 武司に背中を向けながらシーツに頬杖を突き、清太は呆れて聞いていた。
「それで涼は・・・」
 武司は続けようとする。
「もう・・・いいって!! 分かったから!」
 顔だけ少し武司のほうに向け、清太は強く言った。
『呆れた・・・! 涼ったら・・・!』
 声には出さず、横になったまま片手をあごの辺りにやって、一人自分の中で叫んだ。
『何が愛だよ・・・! 道理で前より上手いはずだよ・・・! 一瞬でもあいつの表情や言葉にときめいた自分が・・・ばかみたい!』
 清太の怒りは徐々に募る。
『なんて男らしくない・・・! 武司に誘われたって断ればいいのに・・・!』
 起き上がって、この間の涼の行動を思い出し始めた。
 全て、全て嘘だったのか。自分を、だましていたのか・・・?
 本気で愛している、などと言うのなら、それこそ自分らしさを出すべきではないのか。結局彼も、自分の体が目当てなだけの、ただのつまらない男なのではないか、と清太は思っていた。

 清太が怒った顔で考え事をしているのを見て、武司は彼のあごに左手をやって、自分のほうを向かせた。
「あいつは自分に自信がないんだ・・・許してやれよ・・・」
 そっと、囁く。
 清太の頬にその手を滑らせ、口付けた。
「どうしても許せないなら・・・もうあいつに逢わなきゃいい・・・」
 耳を舌で探る。
 清太は感じて、戸惑いがちな表情のまま赤くなった。
「ちなみに・・・さっきのは”裏技”だ」
 耳に舌を這わせる。
 そのまま、清太の肩を優しく掴んで寝かせた。胸を触る。相変わらず盛り上がりを持ったその二つの地平を見ると、彼の小さな突起は、ほのかに色づいて凝縮していた。それを、武司は人差し指と中指でなぞった。

「お前は感じやすいから・・・裏技使わなくたって、俺が普通にやればお前は”いく”」
 耳と胸を刺激され、うっとりとした表情で清太は口を開いた。これからまた武司が自分を抱いてくれるのだ、という期待を込めながら・・・。
「だってあんた・・・”基本”からして上手いもの・・・。アレだって立派だし・・・。それに比べて涼なんか・・・」
 再会した時のことは度外視して、最初に逢った時のことを頭に置いて、上になった武司に向かって清太は続ける。
「武司のより小さいし、ペースだって遅いし・・・僕の感じるところが分からない。ありゃやっぱり受けタイプだね」
「・・・」
 すると武司は、一瞬何か考えた後、清太を見つめながらにやりとした。
「実はな・・・、あいつの最初の相手は俺なんだ」

 その言葉に驚き、清太はうっとりとした気分から少し覚めた。
「二人・・・付き合ってたの?」
 信じられない、との面持ちで清太は聞く。
「そういうわけじゃない」
 否定して起き上がり、下半身に毛布を被って、武司は伸ばした膝の上で手を組んだ。
「大学の新歓コンパの帰り、酔った勢いでちょっとふざけてあいつにキスしたら・・・」
 と、また昔を思い出しながら話し始めた。
 上にいた男が離れてしまったので、清太は仰向けになったまま「あれ? 続きやんないの?」という拍子抜けした顔になった。
 それには気付かず、武司は過去の自分の世界に入っている。
「あいつ拒まずに俺に抱きついてきた。あいつが同類だってことは・・・、入学式の日から、一目見て分かった・・・」
 ここで、深い瞳の色をさらに深くした。
「だから確かめてみようとキスしてみたんだ」

*


 武司におもむろに唇を奪われた後、涼は興奮して言った。
「や・・・やめるなっ! 誘ってると思っていいんだろ!? もっと・・・」
 向かい合ったまま武司の肩に、自分から飛びついた。
「きつく抱いてくれ!!」
「お前・・・」
 涼に抱きつかれたまま、武司はゆっくりと言った。顔を見ると、すっかりその気である。
「俺・・・まだやったことないんだ! 早坂っ・・・俺お前が相手なら・・・」
 まだ腕をそのままに、涼は逸(はや)る心を吐露した。

 コンパの帰り、武司が涼を誘って、二人だけで歩くことにした。時間はすっかり遅い。街には色鮮やかなネオンが点っている。二人共未成年であるのに、そんなことは関係ない、とばかりに先輩に勧められ、アルコールを体に取り込んでしまっていた。
 二人共、この日はジャケット姿だった。涼は紺色の、武司は白っぽい色のものを身に着けていた。武司は長い髪を後ろでくくっている。酔いが回って頬は赤い。分けても涼は特に・・・。
   今二人は裏通りを歩いていて、周りに人はいない。街灯も少ない。同じ学部の新入生も先輩たちも、それぞれ気の合う仲間を見つけて、帰る者は帰り、二次会、三次会へなだれ込む者は新しい店を探し、思い思いの方向へと散った後だった。
 涼のほうは、こんな身近に同類がいたことに驚きながらも、嬉しさも感じていた。薄明かりの中、武司に抱き寄せられた時、自分からも彼の腕に手をかけた。この機を逃してはならない、と決めていた。

 武司は呆れ、涼から離れて右手の人差し指をこめかみに、左掌(てのひら)を前に出して言った。
「・・・落ち着け」
 両掌を前に出して”待てよ”のポーズを取った。
「俺たちまだ知り合ったばかりだし・・・。ちょっとふざけただけだって」
 笑いさえ含めた。
 ところが涼は、引き下がらない。
「俺は違う!」
 下を向き、赤い顔をさらに赤くして小さな声でしどろもどろに言う。
「だって・・・お前にキスされただけで・・・アレが・・・その・・・、お・・・お前を『欲しい』って・・・」
 勇気を振り絞って、やっとこれだけ言った。
 どうやら武司は自分より恋愛に手馴れているようである。だから、恥ずかしくて目を見ながらはっきりと言うことはできなかった。言った後で、涼は吐き出した言葉の収拾に困ったような顔をした。

「・・・」
 武司はそんな涼を見ながら、一人こんなことを考えていた。
『こいつ意外と可愛いとこあるな・・・』
 再び、涼の腰に腕を回した。笑顔を作った。涼の顔を覗き込むようにして聞いた。
「お前・・・さっきのでキスも初めてか?」
 だったら相当可愛いぞ、と武司は思った。
 すると、涼はむきになって答える。
「あっあるよっ、キスくらいっ!!」
「・・・誰と?」
 意外と睫毛も長いんだな、と思いながら武司はまた聞く。
「こっ・・・高校の・・・先輩と・・・」
 戸惑いがちになる涼。
「それ以上は?」
 武司は涼の腰に回した腕に、力を込めた。けど、眉は太くて男らしいんだな、と心につぶやきつつ・・・。服の上からなのではっきりとは分からないが、細い腰だと感じた。
「な・・・何も・・・だから今日お前と初めて・・・」
 武司との会話を進めるうち、段々と目を閉じてゆく涼だった。武司はそれに合わせ、顔を近づける。
「本当に俺でいいのか?」
 後悔されてはたまらない、と思ったので、武司は念を押す。
「・・・いい・・・」
 涼は完全に目を閉じた。
 二人は再び唇を重ねた。


 初めて入った、ホテルのベッドの上で、涼はバスローブを着てあぐらをかいていた。両手をくるぶしの上に置き、抑えられない高鳴る鼓動を自分で感じていた。
「上と下どっちがいい?」
 いきなり、武司が後ろから抱き付いてきた。ローブの合わせ目から、右手を滑り込ませてきた。どきりとする涼。振り向くと、ぎょっとした。武司は何も着ていないのである。髪も、タオルで拭いただけの半乾きだった。長く艶のある髪が、海草のように彼の肩にまとわりついている。
「なっ・・・なんだよお前っ、バスローブぐらい着て来いよっ!」
 だが、武司は涼の前に回ってそのままベッドに乗ってきた。
「別にいいだろ・・・どうせ脱ぐんだから・・・」
 言いつつ、ばっと涼のバスローブを前から剥いだ。
「!」
 まだ心の準備ができていなくて、涼はびくりとした。
「こうやって裸見られんのも初めてか?」
 ローブを脱がしながら、武司は相手の顔を見つめて聞く。
「あ・・・ああ・・・」
 その胸は、自分よりは薄いようだった。腰も、予想通り細い。腹筋だけは、若干あるようだが・・・。
 顔を下げ、武司はその薄い胸に口付ける。乳首の部分はまだ避けてやった。
「で・・・さっきの答えは?」
「・・・下・・・」
 ゆっくりとベッドに寝かされ、覚悟を決めながら涼は上になった男に言う。
「だって俺初めてだし・・・やり方分かんねーもんな・・・」
 複雑な表情をしてみせた。ホテルの天井は、手元の明かりだけをつけているので、武司の影がそこに大きく映っていた。その大きな影に、これから包まれるかのような錯覚を涼は覚えた。
 先ほどわざと避けた胸の突起に、武司はそっと口付ける。左手を、もう片方の胸の上で滑らせる。それもまた、意外と敏感だった。


Cold Water