啓二は清太に言われた通り、ベルの回数を減らしてくれたが、そのメッセージの内容が段階的に、命令的になってきた。そのどれもが、従えないようなものばかりだった。
『こんどのかよう Rで待つ』
Rとは、2丁目のあの店の頭文字である。
『こんどのどよう れんしゅうやすみ 1にちつきあえ』
『すいよう ホテルSにこい ずっとまってる』
初めのうちは電話で抗議して、なんとか折れてもらっていたが、そのうち断った日の翌日に、ぞっとするようなことを啓二がするようになってきた。
学校や家、その最寄駅の周辺で啓二が清太を待っていて、後をつけ、人気のないところで清太を呼び止めるのである。尾行されていることに気付かず、背後から呼び止められて、心臓が止まりそうになることもあった。
途中で気付いた時は、清太は人目に止まるのを恐れて、啓二が呼び止めるのを脂汗を流しながら、待つしかなかった。
帰りの電車まで、後から乗り込んでくることもあった。家の最寄駅で降りると、やはりヒタヒタと清太の後をついてくるのである。
家の前まで来られてはたまらないので、この時ばかりは清太のほうから振り返り、啓二に詰め寄った。
「ちょっと! やめろよ! どういうつもり!? こんなことしないでって、言ったじゃないか! 変態じゃないの、あんたって!?」
「いや何、俺はただお前の顔が見たかっただけさ」
啓二は外人のような大げさなポーズを取った。
その時は6時頃で、すでに日は落ちていた。薄ら寒い風が一陣、駆け抜けた。清太から見て右側は公園で、いつも遊んでいる子供たちももう家路に着いたと思われ、ひっそりとしている。
「もう、いいから帰ってよ! 帰らないと、人を呼ぶから!!」
「呼べるもんなら呼んでみろよ」
清太にそんな勇気のないことは、啓二には分かっていた。
清太は「うっ・・・」と小さく呻(うめ)いた。
「まあそう怒るなよ。何もそこの公園の茂みに、お前を連れ込もうと思ってるわけでもない」
「当たり前だ!!」
「じゃ、俺帰るわ。また夜電話くれよ。・・・愛してるぜ」
そう捨て台詞を残し、啓二は背を向けた。
実は、啓二に「愛してる」と言われたのはこれが初めてだったので、清太は少し面食らった。「好きだ」とは散々言われているが・・・。しかし、嬉しいとはひとかけらも思わなかった。むしろ、ますます啓二という存在が怖くなってきた。
啓二はこうして、清太の後をつけても、いつかのようにそのままホテルに連れ込むようなことはしなかった。ほとんどは二言三言清太と言葉を交わすだけで、最悪でも軽くキスをしていくだけだった。だがこれだけでも、十分清太に不快感や恐怖を与えた。
ある晩啓二から、またこんなメッセージが送られてきた。
『あした ホテルSにてまつ ケイジ』
翌日は土曜で、二人が逢うのが一番多い日だった。
だが、先日光樹からもベルがあり、日曜に逢えるかもしれないとのことだった。光樹に電話をかけると、詳しくは土曜に決めたいから、またベルすると言っていた。
このままいくと、土曜に啓二と逢い、日曜に光樹と逢うことになる。清太は気持ち的に、二日続けて別々の男と寝る、というのは、嫌な感じがした。一瞬自分を娼婦のように感じた。
啓二は別の日にしてもらおうと、清太は彼の家に電話をかけた。・・・が、いっこうに出ない。呼び出し音が10回を過ぎても20回を過ぎても、啓二が出ないのである。
あ、と思い直して、今度は携帯のほうにかけた。今度はすぐに呼び出し音が切れた。
「はい、もしもし?」
携帯は仕事関係でもよくかかるので、啓二はよそ行きの声を出してきた。
「啓二さん、僕」
「あ、清太か。明日、平気か?」
いつもの調子に戻った。
清太は即答できず、別のことを言った。
「あ、あのさ、今どこにいるの? 家の電話、出なかったから・・・」
「ああ、仕事終わって事務所の奴と食事して、今マンションに向かってるとこだ。・・・お前の声が聞きたくて、ベルした。お前、すぐ返してくれるから」
「そ、う・・・。あの実は、明日はだめなんだ」
「なんで?」
啓二は軽い調子で聞いてきた。
「あ・・・。ちょっと、明日だけ練習が終わってから、部活のみんなで遊びに行こうってことになってて・・・」
清太はとっさに思いついた嘘を言ってみた。
「そんなの、断ればいいじゃないか。お前、それとそっちと、どっちが大事なんだ? それとも本当は、彼氏と逢うんじゃないのか?」
「ちっ、違うよ、ほんとに・・・」
慌てて否定しようとしたが、この態度がいっそう啓二の嫉妬心を駆り立てたようだった。
「いいか、必ず『S』に来いよ。5時から待ってるから、できるだけ早目に来い。フロントに言えば、部屋教えてくれるからな。・・・たっぷり、愛してやる。一週間ぶりだからな。分かったか。もし来なかったら・・・」
「もうっ、行けばいいんだろ行けば! 相変わらず強引なんだから・・・」
「よし。・・・清太、俺は、お前だけを愛してるんだ。・・・じゃ、明日な」
そう言って、啓二のほうから切るかと思われたが、清太のほうから切るのを待っているようなので、こちらから電話を切った。
――また「愛してる」と言われてしまった。
行かなければ、またストーカー行為を働かれてしまうかもしれないし、以前言われたように、家に電話をかけられて、親に何か言ってくるかもしれない。あの啓二のことだ。
清太は諦めて、気を紛らわすために、机の上に置いてあった漫画雑誌に手を伸ばした。
DISH U
4
|