「ねぇ・・・。どうして怒らないの、殴らないの? 僕、あの人と何度も逢ったんだよ、光樹に内緒で・・・。相手が啓二さんだったらなんだっていうの、諦めるの、これからも浮気してもいいとでもいうの・・・!?」
清太の中にはもはや、自分を希望通りに罰してくれない恋人への、苛立ちの感情が満ち溢れていた。
「それでも男なの・・・!?」
「清太・・・」
腕の中で詰め寄る清太の肩を、光樹は少し体から離した。
「君は・・・啓二さんと別れる気があるんだな?」
「光樹が、僕を殴ってくれるなら・・・」
「それは、できない・・・」
「じゃあ、嫌。別れてなんか、あげない。僕が納得できない。・・・それに、そうだ、きっと啓二さんのほうが、上手いんだ・・・」
「清太・・・。何を言って・・・」
清太の中に、ある悪魔的な感情が湧き上がってきた。
「ね・・・。啓二さんに教わった技なら、いけるかも・・・」
次には、清太は体の向きを変えて体重をかけ、光樹の頭部を枕に沈めさせていた。
「急に何を言い出すんだ? 自分が何を言ってるのか、分かってるのか?」
それでも清太は構わずに、自分の唇を光樹のそれに押し付けて、黙らせた。
「だって・・・僕今日、まだいってないんだもの・・・」
「だめだ、やめろ。今、そんなこと言ってる場合じゃないだろ」・・・光樹はそう言いたかったが、唇の自由を奪われていて、言葉にできない。
清太は、光樹の首のラインを形作っている筋肉に沿って、そのまま唇を滑らせる。
「清太・・・」
清太の背中に手をやったらいいものかどうか迷い、光樹は空中で両手を持て余していた。
「や、やめろって・・・」
「僕をめちゃくちゃにしてみてよ、”啓二さんみたいに”・・・」
血迷っているのかもしれない、と思いつつ、清太は光樹の胸の小さな突起にも口付けた。
「本気で言ってるのか、清太?」
突然、下になっていた光樹が清太の肩を掴み、体勢を逆転させた。
「いいよ・・・俺に教えてみな・・・」
「光樹・・・」
清太は光樹の頭部を抱き寄せながら、再び彼の唇に吸い付いた。
風が強くなって、窓に叩きつける雨の音が、いっそう激しくなった。
先週の土曜、啓二と交わる時教わった技を、清太は光樹をリードしながら、彼に教えた。それがあまりにも巧みなので、ほとんど光樹を驚かせた。時には清太が上になったりもしたが、最終的には、いつも通りの位置関係に戻って、続けられた。
初めのうち、高く上げられた清太の足首や膝を両手で抱えていた光樹だったが、半ばにはもう、脚から手を離し、相手の腰を抱えたりしていた。清太の両脚は乱れた。
「だめ・・・、持ってて・・・!」
清太が下から注意する。
「だって・・・これ、君だって辛くない?」
元々疲れる体勢なので、どうしても手を離してしまうのだ。
「嫌・・・支えてくれてたほうが・・・」
自分の腰に回されていた光樹の手を取り、清太は促す。
「奥まで・・・入るでしょ?」
仕方なく、光樹は再び体勢を変えた。
「あ・・・いい・・・」
清太は自分でも、肘を支えに腰を使い出した。
「光樹・・・もっと・・・もっと、激しくして・・・!!」
こんなに乱れた清太を見るのは、光樹は初めてのような気がした。こんな姿をいつも啓二には見せていたのかと思うと、急に狂おしいほどの嫉妬心に駆られた。今まではそれほど清太の前では出さなかった自分の中の”男”が、理性の衣を脱ぎ捨てる瞬間が訪れたかのようだった。
彼の動きは、かつてないほどの壮烈さを見せた。
何故今まで清太にこうしてやれなかったのか、今さらながら悔やんだ。
『清太は・・・俺の、俺だけのものだ・・・。啓二さんなんか・・・!』
肉体の動き同様、彼の心の中にも嵐が起きていた。窓を打つ雨の音から、部屋の外にもそれが存在することが分かる。
清太のほうも、啓二の前では平気で叫んでいたが光樹の前では口にしなかった言葉を、次々と解放させていった。
「ん・・・気持ち、いい・・・。もっと、もっと来て・・・、僕を、壊して・・・!」
「清太・・・君は誰にも渡さない・・・!」
さらに光樹は、清太の体の奥まで愛した。
「あっ・・・あっ・・・・」
清太の体の入口が、中にいる光樹を締めつけた。
「愛してる・・・一つになろう・・・今日こそ・・・」
『それがたとえ、こんな形であっても・・・』
自分の未熟さは分かっていた。それでも光樹は、清太への想いだけは、啓二には負けていないつもりだった。
「あっあああっ・・・啓二さんっ!!」
だが彼らが同時に達した瞬間、清太は目の前にいない男の名を呼んだ。
『けい、じ、さん、だと・・・?』
果てた恋人の上で、光樹は我が耳を疑いながらも、怒りに震えていた。
「ん・・・? あ、寝ちゃってたんだ。ごめんね」
横になったまま清太が振り向くと、光樹がベッドの上で、自分を見下ろしていた。光樹は何も言わない。
「ど・・・どうしたの・・・?」
言葉の代わりに、すかさず光樹は清太に覆い被さって、唇を押し付けてきた。
「んっ・・・」
急なので驚いたが、清太は次にはいつも通りに、舌を恋人の口中に入れていた。
『! 痛っ・・・』
唇を離して起き上がると、赤いものが一筋、清太の口の端から流れた。
「・・・? こ、光樹・・・。なんで・・・?」
手の甲で血を押さえながら、清太は恋人を見た。
「もう・・・分かった・・・」
光樹は伏目がちな目で言った。
「え?」
「君は・・・スリルのある相手じゃないと、いかないんだ」
「何・・・それ・・・どういうこと?」
「覚えてないのか?」
光樹は眉をしかめて言った。
「君は絶頂の時に啓二さんって叫んだんだ!!」
「!」
シーツを汚さないよう、清太はそばにあったティッシュ・ペーパーの箱から1枚取って、口元に当てた。
「ご・・・ごめん・・・。それじゃ怒るの、無理ないよね・・・」
「よかったか?」
光樹は清太の両肩を掴み、揺さぶった。
「そんなに啓二さんとのセックスがよかったのか!?」
清太は少し視線をずらした。
「そっ・・・そんなこと聞いて、どうするの?」
肩にある光樹の両手をゆっくりとはがし、再び相手を見た。
「いくとかいかないとか、どうでもいいじゃない! 僕は光樹が好きなんだから!」
すると光樹は、清太を強く抱きしめた。
「だったら別れてくれ・・・啓二さんと・・・。もう二度と逢わないと、ここで誓ってくれよ・・・」
光樹の体温を感じながら、清太は答えた。
「ちっ・・・誓うも何も・・・、あの人のほうが僕を追っかけてくるんだもの・・・。ストーカーみたいに、学校終わってから後をつけてきたり・・・、一日中ベル鳴らしたり・・・」
驚きを隠せない光樹。
「後つけるって・・・仕事も放っぽりだして、そんなことしてるのか?」
「あの人、フリーの設計士だもの、知ってるでしょ?」
「に、しても・・・」
「それに、断ったら、家に電話かけて親にあることないこと話すとか言って、脅すんだ・・・」
「脅すって・・・。それじゃ沢本の時と同じじゃないか・・・」
清太は、光樹の肩に頭を載せた。
「僕・・・どうすればいいのさ・・・?」
二人、しばらく抱き合ったまま、無言になった。
雨音だけが、部屋に響いている。先ほどよりは少し雨脚が弱まったようだが、まだ止む気配はなかった。風も出ている。
やがて、光樹が体を離して、言った。
「清太、君・・・別れられるなら、すぐにでも啓二さんと別れたいかい?」
清太は頷いた。
「僕、あの人が怖い・・・。しつこい人だから、怒らせたら何するか分からないよ。だから電話でも、なかなか切り出せなくて・・・」
「俺に、考えがある。君が断った時、啓二さんはどうするんだ?」
「学校まで、来たりするよ・・・」
清太はあの、夕方の映像が浮かんできて、寒気がした。
「・・・どうかしてるな」
光樹は呆れたように、ちょっと横を向いて言った。再び向き直った。
「俺、今度の水曜、授業が午前中だけで終わるんだ。だから、啓二さんをなんとか誘い出してほしい・・・」
「光樹・・・?」
そして、光樹は自分の考えを恋人に話した。
話がつくと、光樹は清太のあごを両手で覆って、少し口を開かせた。
「・・・もう、血、止まったみたいだな。・・・ごめん、噛んだりして・・・」
そのままで、清太は言った。
「あ、謝ることなんてないよ・・・」
舌の痛みを感じながら、続ける。
「悪いのは、僕なんだから・・・。ずっと、裏切ってたんだから・・・。ごめん・・・なさい」
光樹は、そんな清太を今日一日の中で一番、強く抱きしめた。左手が、清太の髪に隠れた。
「君だけのせいじゃない・・・!」
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