ゲームセンターではレースマシンなどを少しだけやって、その後二人はお土産屋がたくさんある建物に入った。
どこのフロアも、イルカ、シロイルカ、ペンギン、シロクマ、その他のマリングッズが所狭しと並べられていた。ペンギンやラッコの大きなぬいぐるみや、イルカのガラス製置物などが目に飛び込んできた時、清太は思わず心がときめいた。
「あはは、可愛いな、これ」
光樹はくたくたタイプのペンギンのぬいぐるみを手に取って、翼の両脇の下を抱えて掲げてみた。大きさは25センチくらいか。
「触り心地いいよこれ、ほら」
青味がかった黒の背中と、対照的な白いお腹を持ち、円らな瞳をしたそれを、彼は清太に寄越した。抱いてみると、確かに胸にちょうどよく収まって、毛触りも気持ちがよい。
「欲しい?」
ぬいぐるみを抱いたままの清太に、光樹は聞いた。しかし清太は首を横に振る。
「ううん、高いからいいよ」
言って、光樹に返した。それを彼は、元の場所に戻す。その時清太は、否が応にも涼との中華街での、パンダの人形のことを思い出した。本当は欲しかったが、買ってくれるという彼を拒んでしまった、あのパンダ・・・。今なら、買ってもらえばよかったとも思う。そうすれば二人の思い出の品がもう一つ増え、自分の部屋でいつも微笑んでくれていたのに。
館内にはイルカ専門店、シロクマ専門店、オリジナルグッズの店など、多様な店があった。色々見て回り、結局清太は、イルカやクジラが泳ぐ姿を青や水色で描いたマグカップ、ペンギンがノック部分に付いたボールペン、シロクマのペットボトルホルダーなど、手頃な値段の実用的なものを買った。光樹はラッコの形をしたクッキー、エンゼルフィッシュなど魚のイラストが入ったバスタオル、数枚の絵葉書を買った。
「ぬいぐるみ、ほんとにいいの? せっかく来たんだから、どれか選んでみたら?」
ある店のそのコーナーの前を通り過ぎた清太の背中に、光樹は優しく言った。
「だって、僕男だもん、いいよ」
清太は振り返り、立ち止まった。本当はこちらを見つめる愛らしいそれらと目が合う度、心の中では『可愛い』を連発していたが、口にはあえて出さないでいた。
「またそんなこと言って、クレーンゲームのとか君好きじゃない。いつもはこういうの欲しがるのに、どうしたの?」
そう言われ、清太は言葉に詰まった。彼は光樹と逢い、海辺のマリングッズショップや、デパートの雑貨コーナーに寄る時、いつも動物のぬいぐるみを手に取り、はしゃいでいた。部屋には彼に買ってもらったものや、クレーンゲームで一緒に取ったものがいくつか並んでいる。それが今日に限って、と光樹は不思議がっているのだ。
何故ぬいぐるみを避けているか? それは、涼と光樹とに、差をつけたくないからだ、おそらくは。しかし、このまま強く拒み続ければ、光樹に怪しまれてしまうかもしれない。
「じゃあ・・・、これ・・・」
清太は少し目の前を見回し、20センチくらいのシロクマのぬいぐるみを手に取った。それは普通に綿が中に入ったタイプで、毛足は先ほどのペンギンよりは長かった。デフォルメされて、顔や体はひしゃげた感じがして、可愛らしく清太の目に映った。
「これ? 可愛いね。あと・・・、キーホルダーとか、アクセサリーは?」
光樹は清太からシロクマを受け取ると聞いた。
「キーホルダー? うん、見る・・・」
コーナーに行くと、海の生き物たちがガラス、プラスチック、シルバーなど、色んな素材でキーホルダーやネックレス、指輪などのアクセサリーにされていた。
「僕、これにする」
悩んだ挙句、清太は青いクリスタルのイルカ型キーホルダーを持ち、光樹に見せた。中に空気の泡が入っている。
「うん、きれいだね。俺も買おうかな」
「え?」
「お揃いの、あんまり持ってなかったからさ。いいかな?」
「う、うん・・・」
拒む言葉も見つからず、清太は頷いてしまった。シロクマと二つのキーホルダーは、光樹がお金を払った。彼はレジで値札を取ってもらい、買ったばかりのキーホルダーを自分の黒いポケベルにつけた。
夕方、二人は再び電車に揺られていた。八景島から金沢シーサイドラインに乗り、新杉田で根岸線に乗り換える。そこから中華街にほど近い石川町で降りることにしていた。今は根岸線の車内だった。
清太も光樹も座席前の吊り革に掴まり、景色を見たり八景島でのことを話したりしていた。
「マグカップ、割れないように気を付けないとね」
光樹は右隣に立つ清太に言った。
「うん」
清太は背中にしょったリュックに目をやって応えたが、ふとマナー上よくないと思い、降ろして膝の前で持った。リュックの中には、八景島で買ったお土産が詰まっていた。
光樹はバスタオルなどが入った紙袋を片手に持っていた。ポケベルについたイルカのキーホルダーは、彼が動いたり電車が揺れたりする度に腰のところで弾んだ。
涼と差をつけたくはなかったのに、クリスタルのイルカはペアで買われてしまった。清太のそれは今リュックの中にあり、小さな袋に入れられて、シロクマの袋の上に載せられている。光樹にならってその場でつける気には、ならなかった。
今日は光樹への愛を再確認したかったのに、涼とのそれについてばかり考えている。それほどまでに、彼を本気で愛し始めているということか。
どうしても、どちらかを選ばなければならないのか。二人を愛してはいけないのか。どちらも愛していることは、事実なのに。何ものかがそれを許さない。
清太は電車に揺られ横浜の景色を見ながら、そのままふらりと倒れ込みそうな錯覚に陥った。が、気を張ってこらえ、吊り革を強く握った。夏の日の傾きは遅い。車外はまだ十分に明るかった。強い西日に照らされたビルが、次々と過ぎ去る。いくつ目かの駅で、目の前に座っていた40代くらいの女性が降りた。
「空いたよ。座ったら? 疲れたろう?」
光樹の優しい声が耳に届き、清太はそのまま従った。
石川町駅に着いた。改札を出ると左手に中華街風の門がすでに立ち、二人を出迎えた。そこを出ると、三毛猫が現れてすぐに路地に消えた。やがて橋に出る。吉浜橋というそれを渡り、道路を渡ると「延平門」と書かれた門に出合った。それが中華街の西に設けられた門だ。右に中学校を見ながらまっすぐ歩いてゆく。その先に、あの大きな善隣門が見えてきた。清太は心なしか緊張した。彼と飲茶を食べ、緑の帽子を買ってもらったあの街に、再び来てしまった。
「光樹、今日予約とか、してるの?」
あの時と同じ肉まんの香りや煙が立ち込めている中、清太は聞いた。左手にある、黄色と赤の看板が目立つ「横浜大飯店」でも、店頭で大きなせいろを使って肉まんを蒸しているようで、そこからもおいしそうな匂いがしている。
「うん、してるよ。今からそこに行こうと思って」
「ふうん」
光樹と中華街に来るのは初めてだった。二人はいつもは、地元や近場で遊ぶことが多かった。
彼について歩きながら、清太はこの間涼と、入れる店を探して街をうろうろしたのを思い出し、ほほえましく思った。計画性のない彼と、それがある光樹。涼は本能のままに行動する。その点では、光樹のほうが大人かもしれない。
「そうだ、肉まん食べる?」
「でも、これから夜ご飯でしょ? お腹いっぱいになっちゃう」
「それもそうだね。じゃあ、後で買い物する時にしようか」
「うん・・・」
大通りには数階建ての大規模な高級店が並んでいたが、光樹はそれらには入らず、角をいくつか曲がって、赤い看板のついた店の前で立ち止まった。2階建てで、大通りのものよりは規模が小さい。店構えを見た感じでは、若者が気軽に入れる感じだった。
「ここ?」
「うん。安くておいしいんだ。学校の奴らと来たことあって」
光樹は手前に引くタイプのドアを開けた。中では、何組かが順番待ちの列を作っていて、自分たちの前には、若い女性3人組がいた。光樹は彼女らを過ぎ、寄ってきた女性店員に予約済みであることを告げた。二人は彼女に案内され、予約プレートのある席に着いた。クーラーがほどよく効いて、気持ちが良い。店内には老若男女いたが、皆軽装で、気取らない雰囲気で食事している。テーブルも四角く、アットホームな感じだと清太は思った。いつか涼と行った、イタリア料理の店を思い出す。
二人はコースは量が多そうなので頼まず、単品料理を取ることにした。清太は蟹玉チャーハンを、光樹は牛バラ飯を頼み、二人で食べようと海鮮と野菜の炒めものを一皿、デザートにマンゴープリンを一つずつ頼んだ。チャーハンと牛バラ飯には、スープがついている。
「ほんと安いね。二人で5000円いかないし」
「俺前来た時は、拝骨飯(パイコーハン)っての食べてみたんだ。骨付きの豚肉を、オイスターソースで炒めたやつ。ボリュームもあって、すごく美味(うま)かった」
「へえ。僕もそれにすればよかったかな」
「でも、蟹玉も美味そうだよ。ほら、あそこの人も食べてる」
二人は壁際の席に座っており、光樹は数席横の若者を見やった。見るとあんのかかった蟹玉を、箸で崩しているところだった。崩したところからあんが零れ、中のご飯から湯気が立ち、本当においしそうだ。
料理が来るのを待つ間、二人はまた八景島のことを話し始めた。今日乗ったウォーターシュートやサーフコースター、買い物のこと、ゲームのことなど・・・。
「今日のサーフコースターって、ほんと怖かった。なんで光樹平気なの?」
「そりゃ俺も怖かったさ。でも、怖いのって、一定線を越えると楽しくならない?」
「えー、そうかな」
「今まで君と一緒にジェットコースター、色々乗ってきたじゃん? だから、慣れちゃったのかも」
「光樹ってば・・・。心臓強いんだね」
清太は呆れて、冗談混じりに言った。光樹は笑う。そんな会話の中にも、光樹の真意は伺えなかった。それとも、何も深い考えなど持ってはいないのだろうか。彼の自然な会話や笑顔は、裏のないものなのだろうか。彼は本当に、自分が他の男と逢っていることに、気付いてはいないのだろうか。
料理はどれも申し分のないものだった。蟹玉や炒めものに使われたあんも、素材の味を引き出していた。舌が美味なもので潤ってくるうち、清太も勘繰るのは一時やめにして、彼との自然な会話に興じることにした。
The Flow Of The Waters
5
|