彼の腕の中で、気持ちは嵐になっていた。
「清太・・・」
 すると、光樹が優しく呼びかけた。右手では肩を抱かれ、左手では頬に触れられた。触れた手は動き、清太の顔は彼のほうへと向けられた。目を、そらしてはいけない。そらせば、気付かれてしまう。他の男のことを、考えていると。清太はまっすぐに彼を見た。しかし、緊張を解くことはできない。
 彼の手はあごの下に伸び、支えられた。肩を、より寄せてきた。
「光樹、だめ・・・。みんな見てる」
 人目を気にして、清太は拒んだ。周りに人がいるのにキスを迫ることなど、普段はあまりしない彼だった。
「大丈夫。みんな、同じことしてる」
 言われ、彼から目を離し、肩越しに向こうのベンチや波止場の鉄柵脇などを見ると、確かに口付け合っている男女はいた。恥ずかしくないのだろうか、と清太は驚いた。

 そう思う間に、唇は奪われた。
『光樹・・・』
 戸惑いながらも、目を閉じ、そのまま従う。舌を使おうか迷ったが、彼がそうしないので、やめておいた。
『今日は、どうするのかな・・・』
 ホテルか彼の部屋へ行くことになるのか。彼次第だが、清太のほうでは、あまりそういう気分ではなかった。今日はキスだけで、帰ってゆっくりと休みたい。
――やはり自分は、帰りたがっているのか。楽しいはずの逢瀬なのに、こんなことはかつてなかった。

 光樹の、あごに触れていた手は離され、今度は清太の右手に重ねられた。唇は一度離れるが、彼の瞳に強く射られたと思うと、再び奪われる。油断している中、彼の舌が侵入してきた。清太はこれにも従う。彼の意地悪でこんなことをするのだと、一瞬思った。
 暗闇が隠してくれる安心感も手伝ったのか、人目も忘れ、少年と青年は、長く口付け合った。清太の緊張も解け、心地よい酔いが募ってくる。

「清太、今日・・・いい?」
 唇を離し、光樹は少年の目を見つめて聞いてきた。
「え・・・」
 清太は即答できず、視線を下のベンチへと移し、泳がせた。彼は握った手を離さない。
 拒まないほうがいいのだろうか。しかし、拒めばよけいに疑われるような気もする。再び彼の目を見ると、優しい中にも艶(えん)を湛えていた。キスによる酔いで、全く嫌でもなくなってはきたが、清太は迷っていた。
「それとも今日はもう、疲れた?」
「え、ううん」
 言おうとしていた台詞を先に言われて、清太は思わずこう答えてしまった。離れられると、すがりつきたくなる。
「じゃあ、いいかな?」
「うん・・・」
 清太は頷いていた。


 横浜を離れ、彼の部屋に二人はいた。
 荷物を床に置くとすぐに、彼に勧められて、一緒にバスルームへ入り、シャワーを浴びることにした。
「今日、楽しかった?」
 光樹は頭からシャワーを浴び、髪をくしゃくしゃとしながら、こちらを見ずに聞いてきた。
「うん、楽しかったよ。動物もみんな可愛かったし」
『でも、サーフコースターはやっぱ怖かったな』と次の言葉が喉まで来たが、清太は言わなかった。ここでもし彼の真意が明らかにされたら、と思うと怖いからだ。知りたいけれど、知るのは怖い。

「中華街は?」
「うん、色々食べて、お土産も色々・・・」
 彼からシャワーヘッドを受け取り、自分の体にも浴びせながら、清太は述語を付けずに止めた。パンダを自分で買ったこと、怪しまれなかっただろうか。涼と中華街やあの店に行ったことなど光樹は知らないのだから、心配はいらないのかもしれないが、自分の行動の何から何まで怪しまれているのではないかと、罪の意識からそう思い込んでしまう。
「どうしたの? また考えごと?」
 光樹はボディーソープを体に塗りながら聞いた。清太ははっとする。今日は何度も、こんなことを繰り返している。
「ううん、やっぱり遊んでちょっと疲れたのかも」

 彼よりも先にベッドへと来て座り、清太はため息をついた。
――なんて自分は、意志が弱いのだろう。こうなることを、拒めなかった。このまま彼に抱かれて、そしてまた、涼に逢うのか。何をやっているのだろう。こんな自分に涼がいらつくのも、無理のないことなのかもしれない。こんなことをずっと続ければ、涼に嫌われてしまう。きっと、嫌われる。
『また考えごとをしている』と光樹に言われないよう、清太は薄い掛け布団をめくり、中へ入った。少しして、髪をドライヤーで乾かし終えた光樹が部屋へ入ってきた。灯りを消す。闇に目が慣れる前に、彼は自分の横へ体を滑らせる。前髪をなでられたと思うと、彼の唇が自分のそれに重なった。今度はすぐに、彼は舌を絡ませてきた。清太も目を閉じる。

 今日は帰りたかった。しかし、拒めば彼にもう一人の男の存在を、気付かれてしまうかもしれない。その男に、心を奪われていると。知られたくない、涼のことは。関係を、壊されたくない。だから、拒めなかった。泣きそうな気持ちさえ募ってくる中、少年は青年との口付けにも酔い始めていた。愛する相手と口付けているのに、何故悲しくなるのだろう。
 青年の手は少年の両頬を挟んでいたが、その片手はやがて下に伸び、すでに固くなったものを包んだ。
「や、光樹・・・」
 彼が右手で自分の中心を包んだまま、左手で片膝を持ち、大きく外へ広げようとするので、清太は恥じた。いつもはなんでも許すのに、今日は何故か素直になれない。脚を開かせたまま、彼は手の替わりに口で中心を包み始めた。
「嫌・・・」
 舌の動きは徐々に激しくなる。少年が戸惑うほどに・・・。いってしまう、という寸前で、青年は唇を離した。

「光樹・・・」
 荒い息をしながら、少年は首を動かして恋人を見つめた。
「まだ、だよ・・・」
 入口にも、彼は唇を付けた。中も、十分に潤されてゆく。初めてではないが、今まではあまりしない行為だった。自分と違い、彼はそんなに気分が高まっていたのか。それとも、疑惑からなのか。
 指も加えられ、彼を受け入れられる状態になってくると、清太はたまらなくなった。指ではないものが、欲しかった。
「こう、き・・・。早く・・・」
 掠れた声で請うと、少年の膝は胸まで深く曲げられた。青年は体勢を変え、相手の膝裏を体で支えながら、少年の中へと入っていった。ゆっくりとではなく、勢いがあった。
「ああ・・・っ」
 清太は、優しさを見せない彼に当惑する。

「清太、いい・・・?」
 しかし動き出す時だけは、こう聞いてきてくれた。
「うん・・・」
 清太が切ない目で相手を見つめ、頷くと、彼はすぐに強く動き出した。
「あ、や・・・っ」
 彼の首にしがみつき、彼のリズムに追いつくまでに、時間がかかった。最初は優しく動いてくれるのが常なのに、今日の彼はやはりいつもと違う。しかしそんな考えも、やがて昇ってくる快感に、小さくなっていった。彼に名前を、呼んでほしい。
「清太・・・」
 少年と共に激しくリズムを刻みながら、青年はやっと呼んでくれた。
「光樹・・・」
 少年も、体の動きと共に応えた。ベッドのきしみ音が、耳に届く。

 彼は自分を愛してくれているのだろうか。この激しさは、愛からなのだろうか。自信のない清太は、自分からこう聞いてしまった。
「光樹・・・、僕のこと、愛してる・・・?」
 後半は、半ば涙声だった。
「愛してるさ」
 彼は顔を寄せ、口付けてきた。繋がりながら・・・。その口付けは、優しかった。


The Flow Of The Waters