「ほう、やっぱり人目から遠いここのほうがいいか。ベッド代わりのテーブルも広いしな」
言うが早いか、僕より腕力のある沢本はがっちりと僕の肩を掴み、離さないようにしながら後ろの打ち合わせ用のテーブルに、僕を押し倒してしまった。
「いっ、嫌だ!!」
そんな僕の言葉には耳を傾けず、沢本は体重をかけて動けないようにさらに押さえつけた。両腕を掴み、テーブルの上に伸ばさせた。もうだめだ。でも、足掻かなければ! 僕は腕に力を込めてなんとか振りほどき、その拍子に体を少し浮かせた奴に向かって、拳と脚を振り回して、無茶苦茶に抵抗した。腕や脚を捕まれないように、自分が出せるだけの力を出した。何回かは顔や体に当った。が、それでも沢本は怯まない。再び、のしかかってきて、僕の腕を取って押さえつける。
「やめて! 嫌だ! 嫌だ・・・!」
握られたままの腕と、残った脚で抵抗を続けようと、僕は負けずに体を動かそうとした。
ところが彼はこの時、
「お前愛原が好きなんだろ? 今拒んだら、お前の代わりにあいつを犯してやってもいいんだぜ」
などと、衝撃的なことを言い放った。僕は思わず、抵抗の手を緩めてしまった。――しばらく、僕の荒い呼吸の音だけが部屋に響いた。それは、非連続的に自分の耳に聞こえた。窓から差し込む夕方の明かりの中に、奴のにやけた顔が浮かんでいた。
「誰だって分かるさ。お前の奴を見る、キラキラ輝いた目を見ればな。さっきだって、あれは愛原のロッカーだったんじゃないのか? ユニフォームなんか、握り締めて・・・」
僕はこの、奴の言葉を聞きながら、真っ赤になった。
「奴の匂いでもしたか?」
「ち、違う、あれは・・・っ」
自分のだ、とごまかそうとしたが、言えなかった。体が、震えていた。さらに、赤くなった。
「ふ、図星か。ほんとに女みたいだな。だから、男になる必要があるんだ、お前は・・・俺のこの手で・・・。さぁ、観念しろ。奴とバージンに交わすことができなくて、残念だったな」
沢本はずっとにやけながら、台詞を吐いていた。とても、教師の言葉とは思えなかった。
怒りと恐怖と羞恥心とで、僕の心は収拾が着かなくなっていた。そうして体はいつの間にか、無気力になっていた。それを確かめながら、沢本は僕の着ているものを、脱がしにかかっていた。僕はまだ制服に着替えていなくて、練習着だけの薄着だったのだ。まずシャツ、パンツ、スパイクにストッキング・・・とうとう、最後の下着まではがされた。
どうして僕が抵抗をやめたのかというと、もちろん愛原さんを愛してるからだ。僕の代わりに彼が、こんな奴の餌食になるなんて、とんでもない・・・! 死んだほうがましだ。
奴の下で、一糸まとわぬ姿にされた僕は、感情を込めずにこう聞いた。
「本当に・・・、今あんたと寝れば、先輩を襲わないでくれるの?」
「ああ約束する。・・・さぁ、男にしてやるぞ」
言いながら、沢本は自分のジャージの紐に手をかけた。
でもやっぱり、こんなところで初めてを迎えるなんて、悲しすぎる。しかも相手が、好きでもない教師なんて・・・。僕は下だけを脱ぎ出している沢本から目を背けて、横を向いた。
「ここが嫌なら場所を変えようか? もっとも俺は、こういう特殊な場所のほうが燃えられるんだが」
「・・・ここでいいです」
かといってちゃんとベッドの上で、なんていうのも嫌だ。こんな好きでもない最低な奴に、もったいない。仕方なく僕は、この固く冷たい仮のベッドの上で、奴に身を委(まか)せた。
愛原さんのことはできるだけ考えないようにしよう、なんて思えば思うほど悲しくなって、思わず涙が溢れてきた。しかしその純粋な涙も、男を知り尽くしたであろう卑しい者の舌で拭われた。二度目どころか、数え切れないくらいのキスを全身にされた。唇を合わせる時は舌を入れられた。条件反射で、僕の舌も自然に奴のものと絡み合っていた。不覚だ。
耳にもされた。まぶたにも。徐々にその濡れた赤い帯は下に下がってきて、僕の男として一番大切な部分にも・・・。どうして好きでもないのに、こんなに感じてしまうんだろう。好きじゃなくても、ずっと誰かにこうされたかったかのように、僕の体は反応してしまった。
僕はさらに泣いた。でも、声を上げて泣くのは恥ずかしいし悔しいから、押し殺した。その無理が、呼吸を苦しくした。
しかし沢本はそんなことお構いなしに、メインのことを始めようと、脚を開かせた。この時僕は何故か、狂おしいほど愛原さんの美しい姿を思い出してしまった。笑顔で、白い歯が頭の中で輝いていた。――そうして、生まれて初めて、僕の中に他人が侵入してきた。――これが彼だったならば、どんなに幸福だろう。だが僕は今一番不幸なのだ、この日まで生きてきて。いっそこのまま消えてなくなりたい。沢本を彼だと思うのも汚らわしい。・・・
目的を果たすと、沢本は僕の目を見つめながら、ぶっきらぼうにこう言った。
「実はな、俺はもうすでに愛原をものにしてるんだが・・・簡単だった。あいつが1年の時だ。レギュラーにしてやるからって言ったら、あっさりとな。だが、あいつは女がいいみたいで、1回きりだ。・・・そうだ、あいつに言ってやろう。『柊がお前を狙ってるから、気を付けろ』とな。お前がロッカーを覗いてたことも・・・。まぁ、奴のためにな」
僕は驚きで、呆然とした。言葉など、出てこない。だが、僕の目を見て取ったのか彼は次には打ち消した。
「・・・ふん、嘘だよ。どっちも嘘だ。奴とは寝てもいないし、何も言わん。奴がどっち側の人間かは、俺にも分からん。・・・お前、そんなにあいつのことが好きなのか。でも俺はお前が好きなんだ。俺の息子が、ことのほかお前を気に入っちまったみたいでな。お前も男を知ればもっと・・・。とにかくこれからも頼むぜ」
こう言う沢本の口調は、すでに自分が教師であることを忘れている証拠だった。まるでごろつきのように、品がなくなっていた。
これからも弄ばれる・・・!? ふざけるな、僕の愛原先輩への純愛を、これ以上に踏みにじる気か・・・!?
叫びたい気持ちを抑え、こう言った。
「・・・嫌です。もう、これで十分でしょう。生徒をこれ以上傷つけて、何が楽しいんですか? ・・・が、学校に、言いますよ・・・」
でも声が、震えていた。
「ほう、そうか。そしたら、晒し者だぜ、お前。学校でも近所中でも・・・。それより、俺は言ったはずだ。これからお前が俺を避けたら、即刻愛原を襲ってやる。方法はいくらでもあるんだぜ。・・・あいつは、お前とは違った魅力があるからな・・・。悪くない」
沢本はまだ僕の上からどこうとせずに、ぬけぬけと言う。
「お前はしばらく俺からは逃れられん。今度は一晩中コーチしてやるから、楽しみに待ってな」
そんな俗っぽい言葉を吐き残して、沢本は僕の体から起き上がり、下着とジャージを穿くと、さっさと部室のドアを開け、閉め、ロッカールームを通って外へ出て行った。
愛原さん・・・。
僕は裸のまま心の中で、愛する人の名を呼んだ。やはり、胸に思い浮かべる時のあの人は、いつでも笑っていた。――僕は、なんて最低な奴に捕まっちまったんだろう。僕一人が目をつけられたというだけなら、まだいい・・・。だがあの人も、あいつに狙われているのだ。ああ、あんな奴とこの先ずっと部活で顔を合わせなくちゃならないなんて。部をやめるのは簡単だ。でもそれじゃ、愛原先輩とも会えなくなる。間近に彼の美しい姿を見ることができなくなる。サッカー部にいれば、直接彼にプレーを教えてもらうことだってできるのに。彼の呼吸を感じていられるのに。そんな、やめるなんて嫌だ・・・。でも沢本は嫌いだ。一体どうすればいいんだ!?
いっそのこと、先輩に今日のことも洗いざらい打ち明けて、僕の気持ちも伝えて、助けてもらおうか・・・? でも彼が、さっき沢本が言ったように、あっち側の人間だったらどうする? 僕はまるで救いがないじゃないか。でもこのままじゃ、沢本にオモチャにされるだけだ。ああ、一体どうしたら・・・!?
考えていたら、汗が乾いて肌寒くなり、くしゃみが一つ出た。畜生、と僕は思いながらのろのろと、沢本にはがされてそこらに散らばっている服を取って、下着だけ身に着けてロッカールームへ入った。頭が空っぽなまま制服を着て、ドアを開け、夕焼けに染まるグラウンドを横切って、校門へ向かった。夏のせいで、まだ日が落ちていない。闇の中に、身を隠したかったのに。
沢本に滅茶苦茶にされた僕の下半身の、初めて故の痛みで歩くのが辛かったが、我慢していくしかなかった。頭ががんがんする。くらくらする。そのまま、倒れてしまってもおかしくなかった。
とにかく今日は家へ帰ろう。
柊清太、15歳の悲しい初体験だ。
眠れる太陽、静かの海
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