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期末テストが始まった。
期間中はサッカー部の練習がない。僕は朝練のある普段より遅く起き、他の生徒と同じ時間に学校へと行っていた。期間は3日間、1限から4限まで各教科のテストを受ける。
あいつに――沢本に会わなくて済むというのが、何よりも幸せだった。僕は心からの安らぎを覚え、テストに集中することができた。
二日目のテストが終わった放課後、教室で秋川が声をかけてきた。
「はあ、あと一日かー。疲れたな。できた? 今日のは」
肩からカバンを提げ、両手を挙げて伸びをした。
「うん、まあまあ。漢文がちょっと難しかったね」
「お前もそう思った? 現国とか古文だけでいっぱいいっぱいで、漢文まで手が回らないよな」
「そうだね」
そんな会話をしながら、僕たちは教室を出て廊下を歩き、校門へと向かった。
「やっぱきついよなー、部活やってると。ほんとなんでもかんでもいっぱいいっぱいだよな、俺たち」
「うん」
前にもいったように、秋川と僕とはサッカー部内での実力が同じくらいだ。彼も僕と同じ悩みを抱えている、ということに、改めて親しみを感じた。
「あ、愛原さんだ」
各学年の下駄箱が見える1階の廊下に来た時のことだった。彼の声に、え、と僕は思わず顔を上げた。
「うっそー」
彼は僕から逃げるようにして数歩先を行き、悪戯っぽく笑った。
「もうっ、なんだよっ・・・」
僕は恥ずかしがりながら焦った。
「挨拶しようと思ったのに・・・」
僕の愛原さんへの気持ちを隠そうと、僕はこう言った。部活の後輩らしくしようとしてたって・・・。
だが1年の下駄箱に来た時、箱から靴を出しながらすのこの上で彼は言った。
「またそんなこと言って」
僕の横で、呆れたように微笑む。
各クラブも練習がないので、グラウンドはほとんど人影がなかった。その中を僕と秋川とは横切り、校門を出た。駅に向かって並んで歩いていると、彼はおもむろに切り出した。
「やっぱりお前って、愛原さんのこと好きだよ、絶対。だろ?」
心臓が波打つのが分かった。
彼にはずっと、隠していたのに・・・。
秋川も同類――同性をしか愛さない部類の男で、僕たちはそのことを同じ中学に通っている時にお互いに知った。彼とは小学校までは別々で、中学からの付き合いだ。同じクラスになったこともあったし、何より3年間サッカー部の仲間だったので、その時からずっと友達だ。今の学校に入ってから新しい友達ができないわけではなかったけど、同類という安心感も手伝ってか、一番よく話すのは彼だった。
「そっ、そんな・・・。思い過ごしだよ。あの人はキャプテンとして魅力的だからさ、思わずプレーに目がいっちゃうだけだ」
「またしらばっくれて。同類の先輩だって噂してんだから。いつもお前は愛原さんを見てるって」
彼は普段、サッカー部の中の、数少ない同類の先輩と話をすることもある。僕は彼らに対してもオープンにはなれないから、その中には加わらない。だから、その中で僕がどう見られているかなんて、知らなかった。みんな、気付いてた・・・? 秘めていた、僕の愛原さんへの想いを。
「実を言うと、お前のこと狙ってる・・・っていうか好きだって先輩とか同じ学年の奴、俺何人か知ってるんだ。お前は鈍感で愛原さんのことしか見てないから、分かんねーだろうけど・・・。名前は言えないけど、直接言うのが恥ずかしいからって、俺に言ってくるんだ。俺、いつもお前と一緒にいるから・・・」
僕は言葉を失った。耳に入る言葉を咀嚼しながら、歩道を歩き続ける。
「それに、お前が愛原さんに片想いしてるなら、その気持ちを尊重してやろうって、みんなお前に告白せずに見守ってる。嫉妬しながらもな。今、そういう状態なんだぜ」
「見守るって・・・。みんな、そんな気配全然見せてないじゃないか。先輩も同級生も、みんな普通に接してる。僕が愛原さんを好きだって、僕の口からはっきり周りに言ったわけでもない。僕が好きだなんて・・・。そんなこと急に言われたって信じられないし、僕どうしたらいいのか分かんないよ」
心なしか、少し早歩きになった。半袖シャツから伸びた腕を勢いよく振ると、風を受けた。
「言ったんだ、ほんとに。みんな俺に。その・・・分かんねーかな、自覚してないんだな。俺の口から言うのも変だけど・・・清太はさ、学校一可愛いって豪語して憚らない先輩がいるくらい、その・・・、お前は特別なんだよ」
秋川はもどかしそうに言い、僕の後を追う。
「なんだよそれ。嘘だ。僕みたいな平凡なの、どこにだっているよ」
「平凡じゃねえよ。少しくらい、自覚しろよ。きれいだって、お前」
秋川は苛立っているように言葉を吐き、僕の横顔を覗き込む。
親友にまでこう言われ、僕は動転した。さらに歩が早まる。
「よせよお前らしくもないこと言うの。不気味だぜ。きれいなんかじゃないよ、だって・・・」
だって愛原さんは興味を示してくれないもの。――
駅舎が見えてきた。デパート周辺を行き交う人たちの話し声が耳に入ってきた。僕たちはトーンを抑えた。
「だって・・・何?」
「ううん、なんでもない」
いつも通る、Iデパート前の横断歩道は青だった。渡る。まだお昼なので、帰宅ラッシュには程遠く、人はそんなに多くはない。ランチを求める、サラリーマンや財布を片手にしたOL、主婦などが目立つ。このストライプを渡る時、『早く渡ろう』という心理が働くから、会話をする人は少ない。僕たちも、渡り終えるまでは黙っていた。反対側の歩道に着くと、待っていたとばかりに秋川が口を開いた。
「・・・もう一度聞くけどさ、やっぱり好きなんだろ、キャプテンのこと」
もう隠すのは無理だ。こいつには言ってしまおうと、僕は決意した。少し間を置いてから、答えた。
「・・・うん。愛してる」
『好きだよ』というソフトな言い方を想像していたらしい彼は、内心ちょっと驚いていたようで、その後は何も突っ込んではこなかった。
眠れる太陽、静かの海
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