浜から道路際に上がると、空腹を感じてきた。タイミング良く、彼が声をかけてきた。
「そろそろ、腹減らない? ファースト・フードかなんかでいい?」
「うん」
窓辺から海が見渡せる店に入って、ハンバーガーをほおばった後、Lのポテトを二人で分け合って食べたり飲み物を飲んだりしながら、僕たちは互いのことを語り合った。彼は19歳、今年二十歳(はたち)になる大学2年生で、学生生活のことを中心に話した。大学もこの近くで、情報関連の勉強をしてるのだそうだ。僕は高卒18歳のフリーターってことにしてるから、架空のバイト先のことを話した。前の晩に、布団の中でいろいろ考えたんだ。何しろ最初にゲーセンでサボってるとこ見られたから、今さら高校1年だってこと言い辛くてさ。
「サーフィンのこと、話してくれないの?」
「うん・・・話してもいいんだけど、おたく話になって、退屈させちゃうかと思ってさ。専門用語も多いし」
「でも、聞きたいな。言葉が分かんなかったら言うから、説明してくれればいいし」
「じゃ、後で話すよ。それよかさ、この海岸に君を連れてきたのは、いいところ知ってるからなんだ」
「いいところ知ってる」――この間も同じことを言って、僕を手中に収めたんだよね、この人。でも今度はお互い合意の上だから、どんなところでもOKさ。
「偏見のないとこだから、気軽に入れる。初めは男女がほとんどだったんだけど、経営者がこっちの人らしくてさ、いつの間にか、俺らみたいな客が増えてきたんだ。俺らの間に口コミで広まって・・・。奥まったところにあるから、通行人にじろじろ見られる心配もない。・・・さ、海も十分見たし、腹ごしらえもしたし、出ようか」
彼について、裏道ばかりを歩いていくと、ある水色の壁をした建物の前に出た。4階建てで、簡素な造りだ。光樹はそのまま先に立って、入口から入り、手早くチェック・インを済ませた。カウンターの従業員も不審そうな目付きは微塵もせず、事務的な手つきで光樹に部屋の鍵を渡してから、部屋への最短ルートを告げた。4階だ。
部屋の前に来ると光樹が鍵を開け、僕を先に招き入れてから自分も入り、内側からロックをした。
この間のとこは、この道のクラブだかなんだかいまだによく分からないけれど、ホテルってのは初めてだ。テレビドラマでは内装の派手なやつとか見たことあるけど、ここはテレビと冷蔵庫(どっちも小型)があるくらいで、ソファーも置かれていない。なんか暗くて、殺風景だな。その分、安いんだろうけど。
僕はダブル・ベッドのへりに腰かけ、一息ついた。光樹も後からベッドのほうへ来て寝転がり、大きな深呼吸をしたかと思うと、すかさず僕を後ろから抱きしめ、自分のほうへ引き寄せた。
「光樹・・・」
彼は脚を開いて僕の体をその中へ入れ、胸の辺りを撫で始めた。僕のシャツのボタンを手際よく上から一つ一つ外し、さらりと肩を露わにさせた。上気して赤くなった僕の耳を舌の先で濡らし、そっと噛んだ。僕は少し休んでから・・・と思っていたのだが、これで一気に心も体も燃え上がってしまった。上体を捻らせてキスを求めた。しばしのディープ・キスに酔ったが体を無理に曲げているので疲れてしまい、再び元の体勢に戻した。彼は慣れた手つきで自分も脱ぎながら僕を脱がせ、後ろから僕のあれを触りながら項(うなじ)に口付けた。そういえば、この部屋に入ってから、彼の声をまだ聞いていない。
「ね・・・何か言って・・・」
彼に愛撫されながら、僕は吐息混じりに言った。
「このまま風呂へ行こう」
えっ・・・と戸惑う僕をよそに、光樹は僕の手を引いて素早くベッドから降り、歩き出した、バスルームへ向かって。そして二人でタイル床を踏みしめた。
「ち、ちょっと・・・待って、待ってよ」
慌てて言ったが、彼は強引に僕の両肩を冷たく乾いたタイル壁に押し付け、再びキスしてきた。今までにない勢いだった。キスしながら、そばのシャワーの栓を捻り、お湯を放出させた。でも最初のうちは冷たくて、「ひゃっ!」と僕は叫んで飛びのこうとしたのに、彼は肩をがっしり掴んでびったりと壁に僕を押し付け、熱いシャワーの降りしきる中、さらに唇を求めてきた。シャワーのお湯がお互いの口の中に入ってきているのに、彼は唇の次に首筋に場所を移して続ける。
「くっ、苦しい・・・シャワー止めて・・・」
僕は苦しさに耐えかね、自分で目を閉じながら手探りで止めようと腕を伸ばした。しかしすでにあの部分に達した唇の動きに合わせ、下に下がっていた彼の両手に掴まれてしまった。洪水の中、彼は僕の固くなったものをまるで小さい子がアイス・キャンデーをなめるように弄んだ。
僕はこんな状況ではまだいきたくなかったから、必死で彼をはぎ取った。光樹は予期していなかったと見えて仰向けに倒れ、その拍子に後ろの壁でたんこぶを作って、はっと目が覚めたように自分の後頭部を押さえた。
「あっ、だ、大丈夫・・・!? だって光樹があんまり強引だから・・・」
「・・・いや、ごめん、君とは久し振りだからつい・・・ほんとにごめん」
久し振りったって、一週間ちょっとしか経ってないよ、と僕は思った。
頭を押さえている彼に飛沫(しぶき)がかからないように、僕はやっとシャワーを止めた。彼が取った初めての過激な振る舞いに、僕の体はかなり火照っていた。
頭を押さえながら顔を上げ、彼は言った。
「でも、お願いだ、1回でいいから、ここでやらせてくれ」
「そんな・・・どうやるのさ。いくら好きでも、変態みたいなのは嫌だからね。それよりベッドへ戻って普通に・・・」
「どうしてもだめかい?」
またあの悲しい目だ。哀願してる・・・。そんなにその目で見つめないでよ・・・。
「変なことじゃない? それなら・・・どうしてもって言うなら・・・いいよ・・・痛くしないでね」
バスルームで彼の求めに応じた後、僕らはやっとベッドへ戻った。
「疲れた?」
僕の上に重なって、僕の頭の横でお互いの両手を絡ませながら、彼は囁いた。
「うん、ちょっと・・・。今日はどうしたの? びっくりしちゃった」
「君に逢う度、好きになってくからかな。それに君、見た目おとなしそうなのに、こっちのほうすごいからさ」
「もう、からかわないで・・・っ」
赤くなる僕を見て、彼は少年っぽい、意地悪な笑みを作った。
「可愛いよ。さっきは浜で手を繋ぐの嫌がったけど、今ならいくら握ってもいいだろ・・・?」
そう言って、僕の指の股に、自分の指を強く食い込ませた。
見つめ合って、またキスをした。僕の耳は、彼の唇による長い愛撫で少し痛くなった。僕たちは抱き合ったまま日常を忘れ、互いの存在を確かめようとした。僕は彼の前では、素直になれる気がした。
抱き合う前は意識していなかったし、言葉にも出さなかったけれど、本当は僕も彼に逢いたくて仕方がなかったのかもしれない。
脚を開いた彼の首に腕を回してまたがって、彼が入ってくると、誰にも教えられていないのに、また自分の腰を押し付けてしまっていた。彼もそれに応えた。
いつの間にかうとうとしてしまって気付くと、そばに彼がいない。不安になって振り向くと、窓際に光樹はいた。クリーム色のカーテンを少し開けて、外を見ている。上半身だけ、裸だった。
「何、見てるの?」
安心して、僕は聞いた。彼は弱い曇り空の光を受けて、振り返る。
「海だよ。こっち、来てごらん」
と言われたけど、まだ僕は裸でいたから、どうしようかと思った。
「それ、くるんじゃえば?」
彼は僕が体にかけている薄手の毛布を、目で指し示した。すぐに彼のもとに行きたかったから、言われた通りに肩からかけて、体に巻きつけた。そばに行くと、光樹は僕を抱き寄せながら、カーテンをもう少し広めに開いた。灰色の海が見えた。他の建物の屋根があったりして、見渡すまではいかなかったけど、水平線が見えて、波や浜辺で遊んでいる人たちも、小さく見えた。
「わあ・・・素敵だね。道が入り組んでただけで、浜からそんなに離れてないんだ」
「うん。他に、もっとよく見える部屋もあるんだけど、今日は埋まってたみたいでさ。でも、いいだろ? だから俺、ここ好きなんだ」
僕は、サーフィンしている人たちをじっと見た。豆粒サイズにしか見えないけど、波間に浮きつ沈みつしている人たちを見るのは楽しかった。でも、ちょっと心が曇りもした。
「ね、ほんとに今日海に入らなくて、良かったの・・・?」
「いいんだ。今日は、朝昼はあんまりいい波立たない日だから・・・。俺、大きい波が好きなんだ」
「そう・・・ありがとう」
光樹は毛布の上から、片手で僕の肩を強く抱いた。僕は彼の肩に、頭をもたせかけた。
「ね、波の話して・・・」
眠れる太陽、静かの海
3-2
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