裸で腹に毛布をかけて、寝たふりをしていると、まぶたの外が急に真っ暗になった。風呂から上がり、裸のままベッドへ来た沢本の、濡れた髪の毛が左肩に落ちた。
僕を仰向けにさせ、まずはディープ・キスを始めた。すぐにやめたくて顔を横に向けたが、向けた先に奴は唇で追ってくる。光樹とキスする時はあんなに甘い気持ちになるのに、嫌いな奴とのキスは、嫌で嫌でしょうがないだけだった。手でどけようとしても、その手を僕の頭の上で捕まえられてしまう。奴の舌が僕の口の中で動くのと同時に、透明なものも流れ込んできた。
「や、やだ・・・」
気持ち悪さに、やっと少し唇が離れたすきに、僕は思わず泣きそうな声で言った。
「何言ってんだ。そのうち慣れるさ」
やがてキスによる全身への愛撫に移った。
「・・・どうした? 今日は声を出さないな。この間は可愛い声を思い切り出したくせに・・・。お前、泣き声は抑えていたようだが、”あの時”だけはだめだったな」
僕は必死で怒りを抑えた。
「こんな・・・アパートなんかじゃ・・・隣りに響くでしょう・・・」
奴は僕の乳首に口付けながら言う。
「ふっ・・・! ここは意外と壁が厚いんだぜ。隣りの新婚”の”だって聞こえてこないくらいだ。今日は出かけていて、まだ帰ってないようだしな。だから出せよ・・・またあの可愛い声を・・・」
徐々に、奴の動きは下へと下がっていく。
「あれから、毎日お前が俺の顔色を伺いながらビクビクしているのを見るのは、楽しかったねぇ。お前、俺から今度はいつ誘われるか、気にしてたんだろ? ずっと・・・。そんなお前を見るのが面白くて、すぐには声をかけなかったわけさ」
こう言われ、僕の中では怒りがさらに募った。が、沢本から目を背けたまま、何も言わなかった。
「・・・!」
僕のあれは、奴の口で包まれた。後ろのほうにも、しつこくキスされた。それでも僕は声を出さなかった。暗闇の中で、チッ、と奴が舌打ちするのが聞こえた。沢本は一時身を離し、再びベッドの上に乗った。脚を大きく広げさせ、僕を屈辱的な格好にした。
「強情張るな」
奴が、僕の中に入ってくる・・・。
――と、いきなり電動音が響き、体中を振動が駆け巡った。
「はうっ・・・」
驚いた僕は起き上がり、ベッドから逃げ出した。開け放たれたままの、隣りの部屋への敷居をまたぎ、テレビの前まで走り込んだ。大きな、虫の羽音みたいな音は、まだ続いている。闇を透かして沢本のいるほうをよく見ると、奴は音の正体を持っていた。何やらマイクみたいな、マッシュルームみたいな形をしている。ベッドの下にも、いくつか同じような形をしたものが落ちているではないか!
戦慄が走った。
「ふふ、初心だね、そんなに怯えて。怖がることはない。これだって、すぐに慣れるさ」
スイッチを入れたまま右手にそれを持ち、手首をクックッと左右に揺らしてみせた。
「い、嫌だ・・・」
後ろ手でテレビを掴む僕。
「いくつか試して、お前が一番気に入ったものを使ってやる。さあ、来い」
「嫌だ! 僕は変態じゃない!」
「何が変態だ。これくらい普通だよ。来い、来ないと・・・」
また僕を威す気か。でもこれだけは絶対に嫌だ。文字通りオモチャにされてたまるか!!
「それとも、二つくらいいっぺんに入れてみようか? これより小さいやつをな。いろいろ楽しみ方はある」
嫌だってのに・・・!!
「た、頼みます、普通にやって下さい。そんなもの、我慢できません・・・」
こんな時なのに、強く言えず何故か敬語になっていた。まださっきの痛みが残っている。あれ以上入れられたら、体がどうにかなっちまうよ! 奴のものと同じくらいか、一回りは大きかったんだから・・・。
「だから慣れたら最高に気持ち良くなるって。・・・それならこっちから行くぞ」
言うが早いか、沢本は暗闇の中でそれを持ったまま僕のほうへ襲いかかってきた。テレビのある辺りは狭く、僕はすぐに逃げ場を失い、捕まって仰向けに押し倒されてしまった。
助けて・・・!!
抵抗したが、腕力では奴にかなわない。とうとう奥まで入れられてしまった。その異物感といったら・・・。加えて先のほうがブルブル振動しやがるから、とても耐えられるもんじゃない。痛さのあまり、僕は恥も外聞もかなぐり捨てて、泣きながら叫んだ。
「痛い、痛いよ、やめて・・・!!」
「痛くはねえだろ、さっきあんなに潤してやったんだから・・・」
さらにそれを動かした。パニックになっているので、これが痛みなのかどうか、分からなくなった。
「う・・・!」
僕は呻(うめ)いた。
「へへ・・・」
沢本はすでにただの変態になっていた。頭がおかしいんじゃないかと思った。
「ほら、起きろ」
沢本に促され、僕は立てないので奴に掴まりながらベッドへと戻った。沢本はベッドの下から何種類も取り出しては僕の中で試した。もう僕は気を失いかけていた。
「いかせてやる・・・」
そう言う奴の掠れ声が、耳に微かに届く。
助かりたいばっかりに、こう言うしかなかった。
「ねぇ、お願い、監督・・・な、生でやって・・・あんたの生が好きなんだ・・・」
オモチャ遊びに夢中になっていた沢本は、この一言でやっとやめてくれた。道具を放り投げ、
「そうか。これも気に入ると思ったんだがな」
と残念そうに言った。僕が泣いているのを見て、すぐに続けるのはやめ、泣きやむのを待った。
「じゃあ・・・壁に手をつけ」
しばらく休んでまた前戯に耽った後、沢本は言った。僕の腰を抱え、後ろから奴は入ってきた。
「前からより、こっちのほうがよく入るからな・・・」
んん、と僕は声にならない声を漏らした。
「そうだ、感じてるんだろ? 声出したほうが楽だぜ」
そう言って、僕を縦(ほしいまま)にした。
理性で抑える思考力も残っていない僕は、次の瞬間、大きな声を上げてしまった。それも、女みたいな高い声を。もう泣くのは嫌だったのに、自然に涙が流れてきた。
「ふふ・・・そうそう、その声だ」
それから朝まで、いろんな体位を試されはしたが、ずっと生で続けられた。明け方には奴もようやく疲れたらしく、最後の1回が終わると先に寝てしまった。僕はもう体がぼろぼろで、しばらく動けそうもないので少し眠ってから帰ることにした。幸い今日は日曜、学校も部活もないんだ・・・。
午前10時前、先に起きた沢本が朝食を作っている気配で目が覚めた。上体をゆっくりと起こすと、激痛が襲ってきた。たまらず、再び横になった。昨夜はあの恐ろしいオモチャ遊びに加えて、何回やられたんだろう。今日はまともに用が足せるのだろうか。
「昨日はお前が酔って寝込んじまった時にどうして手を付けなかったか分かるか? ・・・俺は酔い覚め状態の夢うつつになった相手を、セックスでそのまま夢の中へ引き戻してやるのが好きなんだ」
軽い二日酔いとあの部分の痛みとでひどく気分の悪い僕に、奴は喜ばしげに言った。奴の声が頭にガンガン響く・・・。
何が夢の中だ。僕はずっと、何をされても嫌な気分だった。奴の攻めに感じてしまう自分自身も許せなかった。寝ている沢本に気付かれないよう、明け方に手洗いに向かう自分も、悲しかった。僕は一晩中、奴の人形にすぎなかったのだ。
朝食の目玉焼きと野菜炒めの皿を二人分テーブルに運び終えた沢本は、テレビの下のビデオ・ラックから1本を選んでデッキにセットし、入力切り換えしてからリモコンの”再生”を押した。
バラ族ビデオだった。なんでこんなものを朝からつけやがるんだ。
「いやあ、やった後に見るとまた違うねえ」
言って、しばらく見てから今度は別の1本をセットした。さっきのはVHSで、今度のは8ミリらしい。沢本の肩越しに見ると、デッキは2種類あった。
画面を見て僕は驚いた。とっさに枕にうつ伏せになり、毛布を頭から被った。
それは昨夜の僕たちだった。
なんてことだ!! 一体いつの間に・・・!? そうか、僕が酔って30分ばかり寝ている間に、音を立てないようにそっとビデオカメラをセッティングしたんだな、僕から見えないところに。それで、シャワーから上がって部屋の明かりを消してから、僕に気付かれないように回したな!! あの道具をやたらと使いたがったのも、カメラの回る音を消すためだったんだ!!
「ほら、お前も見ろよ。見ながらメシ食おうぜ」
言いながら、早送りや巻戻しを繰り返しているようだ。ビデオの中の僕が叫び声を上げた。
「へへっ、『嫌っ・・・』だってよ。女みたいな声出して、可愛いなぁ」
毛布の中で僕は、呼吸を荒くしていた。もう、許せない!! 二日酔いも体の痛みも忘れて、ばっと毛布を跳ねのけ、沢本目がけて拳を振った。奴はその場に倒れた。持っていた箸がテレビの画面に当って飛んだ。その時僕は画面に目を向けてしまい、道具を入れられる前にあそこにキスされてのけぞっている、僕自身の恍惚とした顔をまともに見てしまった。一瞬躊躇した僕のすきをついて、起き上がった沢本が、裸のままだった僕を羽交い絞めにした。身動きが取れない。
「そら、見ろよ。俺の勝ちだぜ。愛原にお前のこの顔を見せたら、なんて思うかねぇ」
奴は僕の脇の下に通した両腕を動かして僕の顔を挟み、画面のほうへ上向けた。必死で目を閉じる僕。しかし、耳にはオモチャ遊びを始められて呻いている僕の声が聞こえてくる。僕は泣き出した。それに気付いた奴は腕の力を緩め、
「ふん。分かったよ、やめてやる。・・・面白いのにな」
と言った。僕の体を放した。
僕はしばらくその場にくずおれてすすり泣いた。「畜生・・・! 畜生・・・!!」と声に出しながら。止(とど)まるところを知らない沢本の卑怯さに、恐怖をさえ覚え始めていた。
眠れる太陽、静かの海
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