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顔を上げると、いつも見ている景色とは違うものが、車窓の外に流れていた。
家に向かうつもりで電車に乗り込んだはずだが・・・いや、行き先すらも分からないまま、乗り込んだのか・・・。どこへ向かっているのだろう・・・? そう思っているうち、見覚えのあるものが目に飛び込んできた。海だ。雨に煙って、輝きは失われている。
車掌がある駅名を告げ、僕は感じるところがあって座席から立ち上がっていた。・・・
駅の改札を出ると、電車に乗り込む前よりも雨は幾分強くなっていた。僕は折り畳み傘を差し、見覚えのある商店の看板を頼りに、道を進んでいった。徐々に、潮の香りと風を強く感じてくる。雑貨屋、本屋、スポーツ・ショップなどと並んで、この土地特有ともいえるサーフ・ショップや、若い女の子向けのおしゃれな感じのブティックが店を構えていた。
そのまま歩いていると、ケースに入れていない剥き出しのサーフボードを持った人や、半袖のウェットスーツを着た人と、すれ違った。彼らは傘を差していなかった。
やがて、大きな通りが見えてきた。向こう側へ渡るために僕は地下道を下り、再び地上へ出ると、さらに風は強い。出たところは小さな広場になっていて、浜から風で運ばれた砂が、雨に濡れて湿っていた。そこから階段を上ると、噴水と、海水浴の客が来た時に利用するらしい建物がある公園に出た。通り抜けると、灰色の海が見えてきた。松林に囲まれた、海へ抜ける道へ。その途中でも、自転車やバイクにサーフボードを積んで、走る人たちと出会った。そして、海岸へ出るため、防波堤の上へと辿り着いた。
僕は海が見たかったんだ。
光樹と一緒に訪れた、あの海。
この時初めて、自分が無意識のうちに来たがっていた場所を、はっきりと認識した。
防波堤の階段には、この間とは違って、雨が降っているので、遊びに来て座っている人はほとんどいなかった。そういえば、昨日はこの海岸の海開きだったはずだが、天気のせいか、水着姿で泳いでいる人もいなかった。傘を差して浜辺を歩いているカップルや家族連れが、少数いるくらいだ。
だが、ある一帯だけは賑わっていた。そこは「サーフ・ビレッジ」と名付けられ、遊泳のための場所とは白い柵で分けられていた。人々は、あるいは脇にボードを抱えて浅い波をかき分けながら、ボードの浮かべられる深さの場所へと向かって歩き、あるいはボードに寝そべって水をかき、あるいはボードにまたがって波を待ち、あるいは波を捕らえて滑ったりしていた。皆、雨が降っていることなどお構いなしで、楽しそうに笑っている。
堤防を下り、ずっと砂浜を海辺に向かって歩いてきたので、革靴の中に砂が入って、心なしか重い。風が強いので髪が乱れる。僕は傘を差しながら、彼らを眺めていた。10代後半から20代前半の男の子が多いけど、中には少し大人の男女もいた。ウェットスーツに身を包み、セミロングの髪を濡らした女性サーファーは、かっこよく目に映った。僕は女は嫌いだけど、スポーツのできる女の人は尊敬できるので、見るだけならそれほど嫌でもない。
今日の波は、この間光樹と来た時よりは比較的高いようだった。ボードに乗って滑っている人の、腰くらいまである。こちらへ向かって、波と一緒に楽しそうに滑ってくる人々。僕は彼らに、光樹の姿を重ね合わせていた。
光樹に・・・逢いたい。
僕の心の中で、そんな感情が自然に生まれていた。
でも彼は、今日はサーフィン仲間たちと千葉まで行ってしまっている。ここより、千葉のほうが波が高いって情報があったそうだから・・・。千葉でも雨が降っているのかな。光樹は今彼らのように、波乗りを楽しんでいるのだろうか。笑顔で・・・。
僕は彼の笑顔が好きだ。温かくて、包み込んでくれて、嫌なことも忘れてしまえそうな、あの輝きが・・・。
彼は僕とサーフィンと、どっちが好きなんだろう。僕の体と心と、どっちを愛してくれてるんだろう。僕は、彼には申し訳ないけど、今はまだ彼の心より体が好きだ。彼の笑顔は好きだけど、心は、やっぱり愛原さんのほうを向いている。光樹も僕も、お互いの体だけを愛している・・・そんな関係なんだろうか、僕たちは。
――彼には? いや・・・と思い、軽く首を振った。彼に全てを話すなんて・・・出逢ったばかりの彼に。光樹は真剣に聞いてくれるだろうか。まだ、彼の愛も確かめていないのに。
眠れる太陽、静かの海
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