何故、あんなところにいたのか・・・?  本当は清太と再び出逢い、震えるほど嬉しいのだが、それよりも今は驚きというか、衝撃のほうが涼には大きかった。
 喜ぶべきなのに、出逢った場所が場所なだけに、近くの喫茶店へ入った後も、言葉を出せずにいた。清太も黙っていた。が、沈黙に耐えられなくなった涼が思い切って口を開いた。

「この間・・・ごめん。3人で、あんなこと・・・」
 このことだけはどうしても謝っておきたかったので、こう言った。
 テーブル席の一つに、二人は向かい合って腰かけていた。清太はテーブルの上に腕を組んで、目の前の温かいレモンティーのカップを、見るともなく見ていた。
「何が? なんで謝るの? 謝ることなんて、ないじゃない」
 清太は視線を上げた。
「でも・・・本当は嫌だったんだろ? 無理してるんだ、君は・・・」
「なんで? 別に嫌じゃなかったよ。気持ち良かったし。特に武司がね・・・」
 組んでいた腕を頬杖に変え、清太はすました顔で、最後のほうは口元に笑みを浮かべて、言ってのけた。
 天使のような顔をして、なんてことを言うのだろう、と涼は思った。本当に後悔はしていないというのか・・・?

 それにしてもとうとう清太は、自分でも意識して売りに出ていた。こんな、目立つ格好をして・・・。
 彼氏がいるのに、何故・・・。清太の彼がこのことを知らないのなら、このことも問いただしておきたかった。
 自分も公園を歩いていた、という後ろめたさはあるが・・・。自分が言わなければ、また清太は公園に立つだろう。

「清太・・・今日、本気で売るつもりなんて、なかったんだろ?」
 これだけは否定してくれ、と涼は思ったが、これも裏切られてしまった。
「いや、売るつもりだったよ」
「誰に」
「誰でもいいから・・・」
 それを聞いて、涼の中に少し怒りが湧いた。
「なんで、彼氏がいるのに・・・。彼が知ったら、悲しむとは思わなかったのか?」
 すると清太はすましていた表情を変え、頬杖をやめ、テーブルの下に両手を隠した。下を向いた。
「・・・だから、言うつもりなんてないよ。彼は関係ない。僕が勝手に、やりたくてやってるんだから・・・。黙ってれば、悲しませなくて済むでしょう?」
 この時だけは、涼には清太が苦しそうに見えた。そのことで、少し安心はした。

「・・・もう、何回かあそこに来てるのか? もう、誰かと・・・」
「違う。売るつもりだったけど、あんたに会っちゃったから・・・。今日が初めてだよ」
 涼はまた安心したが、もし自分に会っていなかったら、どうするつもりだったのだろう、とも思った。変な男にでもつかまって、病気でもうつされたら・・・。反発されるかもしれなかったが、それでも涼は少し語を強め、言った。
「どうして君は、いつもそうやって後先考えないんだ? 売りってどういうことか、分かってるのか?」
 清太は眉を歪め、予想通り不機嫌になった。
「なんだよ、真面目ぶって・・・。だから嫌い、あんたって・・・。好きでやってんだから、ほっといてよ。だいたいあんただって、歩いてたくせに。・・・おおかた、男の子でも買うつもりだったんでしょう?」

 今度は涼が、訳を話さなければいけない時が来ていた。
 気持ちを落ち着けるために涼はコーヒーを一口すすり、再び口を開いた。
 店内には、静かなジャズが流れていた。
「・・・言い訳に聞こえるかもしれないけど・・・。俺は君と別れてから、君のことしか考えられなくなった。君以外の誰も、抱けなかった。・・・清太、俺は君に逢いたくて、いや、逢えないならせめて、君に似てる子を探して、気が付いたらあそこを歩いてたんだ」
 すると清太は鼻で笑った。
「気が付いたら・・・? よく言うよ。僕に似てる・・・? それで、いたの?」
 再び頬杖を突き、清太は涼を見やった。
「いや・・・」
 涼は首を横にゆっくりと振った。

 彼に逢えない辛さからたまらなくなって、この日涼は武司と行動を共にせず、一人であそこへ訪れたのだった。  2丁目へは向かわず、ふらふらとあの公園に辿り着き、向こうから、彼に似た少年が歩いてくる、と思ったのが、清太自身だったのだ。
 涼はここで、一番言いたかったひと言を、やっと口に上(のぼ)らせた。
「・・・君に、逢いたかった、ずっと・・・」

 店のドアを開けると、カラン・・・と鈴の音がした。その音は、少し湿って、鈍く聞こえた。清太が前に立ち、涼はドアを支えていた。

「雨・・・やんだな」
 清太の肩越しに空を見ると、まだ雲で覆われてはいたが、雨粒は落ちていなかった。路上が濡れ、周りの街灯やビルの明かりに照らされて、光っている。
「うん・・・」
 清太の横に立った時、彼はつぶやいた。その横顔の美しさに、涼はどきりとした。
『やっぱりきれいだこの子・・・。長い睫毛、赤い唇・・・髪だってちょっと濡れてて・・・』
 思わず抱きしめたい衝動に駆られたが、喫茶店の前なので、なんとか思いとどまった。それに、先ほどまで彼を諭していた自分がそんなことをするのは、矛盾している。

「・・・もう、あそこへは戻らないよな?」
 まだ歩き出していない清太の横顔に向かって、涼は聞いた。
 清太は振り向いた。先ほどまでは間にテーブルを挟んでいたが、今はそれより間近にその美貌がある。涼のほうが少し背が高いので、清太は上目遣いに彼をじっと見た。
「・・・戻る、って言ったら?」
「清太・・・」
「じゃあ、ね」
 涼に構わず、清太は歩き出した。それは、駅の方角ではなかった。
 涼は慌てて、清太の右腕を掴んだ。清太は、きっ、という顔をした。
「離してよ!」
 涼は腕を離さず、清太に言った。
「もう少し歩こう、一緒に・・・」
 また公園に戻られてはたまらない。涼は清太の手首のあたりを、強く掴んだままだった。
「・・・分かったよっ。帰ればいいんでしょう、帰れば!」
 涼の手は手首に食い込みそうなほどで、どこまで行ってもこの男は自分についてくるだろう、と思い、再び公園へ向かうことは許されそうになかったので、清太は仕方なく言った。
 涼はやっと、腕を離した。
『せっかく、デビューしようとしてたのに・・・』
 出鼻をくじかれて、清太はむしゃくしゃした気分になっていた。よりにもよって、何故この男に会ってしまったのだろう。

 二人は、駅へと向かって歩き出した。涼が腕時計を見ると、時刻は8時を大きく回っていた。会社帰りのOLやサラリーマンが、道を急いでいる。周りには、ビジネスビルもいくつか建っていた。

 清太を止めたはいいものの、涼の中で、ある葛藤が起こっていた。
――やっと清太と出逢えたのに、このまま別れるなんてこと、自分にできるのか・・・?
 まだ、彼にベル番号も聞いていない。再び逢えるのは、いつになるのか・・・。涼は思いついて言った。
「あの、ベル番号・・・教えてくれるかな?」
 清太は横を歩きながら、意味が分からない、という顔をした。
「なんで? 教えるわけないじゃない。この間も断ったでしょ」
 すたすたと、先に行こうとした。涼は置いていかれないよう、歩を早めた。
 やはり、とは思ったが、涼は諦めきれない。
「そんなに、俺のことが嫌いなのか?」
「嫌いだよ」
「なんで・・・。なんでそんなに嫌うんだ? なぁ頼む、ベル番号、教えてくれ!」
 こんな自分は滑稽に映るかもしれない、と思いながらも、涼は静かに叫んでいた。
「しつこいな! やだって言ってんだろ!」
 たまらず、清太は駆け出した。
「清太!」
 涼は必死で清太に追いすがり、腕を再び掴み、話を通行人に聞かれるのは嫌だったので、彼の腕を引っ張って、そのままある路地裏へと連れて行った。
「痛っ・・・! 離してよ! ばか!」

 涼がやっと離したのは、路地裏へ辿り着いてからだった。
 清太は右腕をさすって、涼を睨んでいる。
 互いに、興奮していた。
 涼には、清太に逢えない辛い日々を再び送るのは耐えがたかった。
 清太は向かい合っていた涼の横を通り過ぎ、無言で去ろうとした。
 そこへ、後ろから清太の左腕に手をかけた涼。
 その感触が先ほどとは違うので、清太は気味悪くなった。
「なっ、なんだよ・・・っ。飲み物飲んだし、少し話もしたし・・・雨宿りも必要ないし・・・、もう僕に用はないでしょう!?」

 すると今度は、涼は清太の両肩を後ろからそっと掴んだ。
「頼む・・・俺と・・・もう一度・・・」
 清太は振り返った。
「そんなもの・・・ダメに決まってるじゃない!」
 左手で、自分の右の二の腕のあたりを掴みながら言った。
「言ったでしょう・・・あんたはタイプじゃないって・・・! 下手だし・・・!」
「売り専が相手選ぶもんなのか?」
 自分を見据える涼に、清太はびくっとした。

 涼は清太の左手首を掴み、上に持ち上げ、瞳を見つめた。
「どうして分かってくれない?」
「!」
 清太の顔に片手を添え、唇を奪った。
「好きなんだ・・・君が・・・」
 清太はぎゅっと目をつむり、すぐに離れ、涼の左頬を平手打ちした。その音が、暗い路地裏に響いた。
「そっそんなに僕とやりたきゃ・・・金でも払えば?」
 打った手を上げたまま、清太は困ったように言う。
「どうせ僕は”売り専”なんだから! でしょう!?」

 涼は少し考え、俯きながら言った。
「じゃ・・・いくらなら・・・俺と寝てくれるんだ?」
 興奮が若干やみ、清太は横を向いた。
「そうだな・・・」
 再び、涼のほうに向き直った。
「とりあえず5万」
 少し乱されたが、やっと自分のペースに戻せた、と清太は思っていた。
「どう? 出せる? 出せないなら、ダメだね」
 だが涼は、黙ったまま何も言わない。じっと、コンクリートの地面を見つめている。
「何さ怖い顔して。怒ってんの? 何か言ったら?」
 涼の気持ちが分からないので、機嫌を伺うように笑いを含めて、清太は呼びかけた。

 と、突然涼が、清太の両肩を激しく掴んだ。
 その時涼の中で、清太への愛しさが怒りに変わっていた。
 そのまま、涼は清太に覆い被さった。
「なっ・・・!?」
 どさっ、と音がして、清太は地面に押し倒されてしまった。冷たいコンクリートの感触を、赤いTシャツを通して感じた。
「君に金を払って買うぐらいなら・・・ここで君を犯す」
 路地裏に漏れる、表通りの明かりを逆光にして、涼は清太にまたがりながら言った。
 清太は涼の目を見て、怖くなった。
「じょっ・・・冗談だろ?」
 押し倒されたまま、頭を少し上げた。
「冗談じゃない」
 涼は清太のTシャツを捲り上げ、ジーンズのベルトを外し、脱がせようとした。下着が半分覗いた。
「やっ・・・やめろ!! こんなところで!!」
 涼の手を掴み、やめさせようとした。二人の力が拮抗した。――が、清太はやがて、諦めた。
「わ・・・分かった・・・。あんたと寝るよ・・・。だから、ここはやめて・・・」
 すると、涼の手の力が弱くなった。だが、すぐには清太の上からどこうとしなかった。
「ほんとだからどいてっ!」
 清太は起き上がり、涼を押しのけた。涼は立ち上がる。何も言わない涼に清太は背を向け、左手を上げ、怯えながらゆっくりと言った。
「ホテルでも・・・どこでも・・・連れて行けば?」


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