家へ帰っても、清太の面影を拭い去ることはできなかった。
築年数の新しい、小ぎれいなアパートの一室に透吾は一人暮らしをしていた。扉を開けると、自動的に玄関の灯りが灯される。夕食は作る気にならないので、一人で適当に外で済ませてきた。
靴を脱いで上がり框(がまち)を上がると、ひどく疲れを感じたので、風呂に入ることにした。
風呂から上がり、パジャマ姿になると、買い溜めておいた缶ビールの1本を冷蔵庫から出して開け、胃に流し込んだ。一口飲むと、クリーム色をしたソファーに座る。缶はその前にある木造りのテーブルへと置いた。
何故、あんな少年が存在するのか。
時間が経つほどに、彼の顔つきだけでなく、記憶の中の視線が首へと流れ、さらに彼の体のラインを辿り始める。
濃い色の長袖シャツを着ていたのではっきりとは分からないが、胸の高さはある程度あるようだった。その下は・・・細いのだろうか。少なくとも、腰は細かった。シャツの裾の半分と、ジーンズに隠されたお尻は小さく――形が良かった。前は、どうなっているのか・・・。ジーンズのその位置に、それは難なく収まっていたようだ。・・・
ここで透吾は頭を振った。
いくら想像したところで、自分のものにはならないのだ。
あくまでも彼は、啓二のものなのだから・・・。
機会が遅すぎたのだ。
それに、年下すぎる。彼はまだ子供なのだ、年齢的には・・・。
彼に騒がされた自分の心は、まだ収まったわけではないが、どうなるものでもない。
『もう、あの子のことは忘れよう』
そう、透吾は自らに言い聞かせた。
最初から、逢わなかったことにすればいいのだ。
だが、潜在意識は正直な本心を、透吾にありありと見せつけた。
彼の強烈な印象は意識に深く刻まれ、その夜の夢にまで現れた。夢の中で――彼を抱いてしまった。
知らない部屋の真ん中に置かれた、大きなベッドの白いシーツの上に、裸の彼が横たわっていた。
体の左側を下向きにして、眠っている。やがて瞳はゆっくりと開かれ、彼は腕で体重を支えながら、斜め向きに起き上がった。夢の中の透吾は、息を飲んだ。どうやら、自分も服を着ていない。ベッドのそばに、一人立っている。ベッドの上の清太は、何も言わない。ただ自分を見つめるだけだ。
どうしたらいいのか、透吾は迷った。と、しばらく斜めを向いたままだった彼が、正面を向いた。正座を崩したような形で、座っている。無意識のうちに、透吾の目はすぐに彼の中心にいってしまった。それは、大きくはないが、体に相応な大きさは持っていた。しかも、持ち上がりかけている。
脚が機械仕掛けのように動き出し、気が付くと、ベッドに上がり彼のすぐそばに自分はいた。
部屋の灯りは点いていないが、どこかからか月明かりかネオンが彼を照らすらしく、白い体を浮き上がらせていた。『華奢なほうがいい』と、心のどこかで願っていたのだが、希望に反して彼の体は筋肉を持っていた。胸板は厚く、その下の腹はいくつかに割れている。腰だけは、自分の想像通り細かった。
清太は俯いていて、自分には艶のある栗色の前髪を見せていた。
『顔を見たい』
その思いにつられるように、透吾は彼の頬からあごにかけてを、右手でそっと掴んだ。
あの美しい顔が、そこにあった。
長い前髪の間から、半ばだけ開かれた瞳が伺える。その両目が瞬きをすると、上下のまつ毛がダンスをした。
「清太・・・」
囁くように呼びかけてみる。しかし、彼からの反応はない。
顔をさらに上向けてみる。髪を、掻き揚げる。外からの明りは月明かりらしく、柔らかい光の中にうっすらと黄色が混じっている。陰の部分は、青い。その自然な光と影が、彼の白い肌を立体的に見せる。手を離すと、再びがくりと彼の顔はうなだれてしまう。
目の前にいるのは、本当に生きた少年なのか・・・?
清太の形に似せた人形ではないかと、一瞬透吾は疑った。
思っていると、赤い唇が動いて、何ごとかを呟いた。しかし、聞き取れない。
「なんと、言った・・・?」
耳を澄ませていると、部屋の外――下のほうから、秋の虫の音が聞こえてくるのが分かった。徐々にそれは、騒がしくなる。最初から、鳴いていただろうか・・・? 彼の声が聞こえないのは、そのせいか・・・? 自分に耳鳴りがしているような気分になった。
透吾は一度下げた右腕を上げ、今度は左腕も上げ、彼の体をそっと抱き寄せた。肩から胸にかけて、彼の吐息がかかる。彼に接した部分からは、体温を感じる。――確かに生きている。
右掌を彼の背中から引き、胸へと移動させた。左胸の上に置く。脈打つものがある。ここにも生きている証を感じることができる。
右手は、さらに下へと伸びた。腹部は固い。背中も、下へいくにつれて引き締まってゆく。この愛くるしい顔には、鍛えられていない華奢な体が備わっているべきなのに、何故なのか。やはり彼は人形なのか。誰かが間違えて、顔と体をくっつけたのだ。こんなアンバランスさには、人工的なものを感じる。彼は息をする人形なのだ。胸に脈打つように感じるものは、モーターが回る振動だ。
「行く、の・・・?」
やっと、自分の肩口から彼の声が聞こえてきた。あの、声変わりしたばかりの幼げな、可愛らしい声が・・・。しかし囁きだったので、声は細く掠れていた。
「え・・・?」
すると清太は腕を動かし、透吾から少し離れた。顔を上げ、相手の顔を見た。彼の瞳は、潤んでいた。
「もう、行くの・・・?」
濡れた唇から、言葉が再び漏れた。
すがるような目で見つめられ、透吾はすぐには答えられなかった。
『もう』・・・?
自分は今までも、彼を抱いていたのか。しかし、その記憶はない。夢の中で気付くと、目の前に彼がいたのだ。
相手の答えを待っていた清太だが、透吾がずっと黙っているので、微かに眉を歪めた。
『泣いてしまうのでは』
透吾の中に、そんな焦燥感が生まれた。
今まで抱いていたかどうか、そんなことはどうでもよくなった。
透吾は再び彼を抱きしめた。片手を、髪に埋めた。
「行かない。どこへも行かない」
清太も、腕を相手の背中に伸ばしてきた。
やはり彼は、生きている。生きて、自分を求めている。
抱きしめたまま、彼をシーツへと沈めた。
首筋に、噛み付くようにキスした。胸を左腕が滑り、唇もそこへ達し、突起している頂点を舌が探り、潰し、弄んだ。左右、同じようにした。
「あ、や・・・」
息を引くように、彼は甘い声を出した。先ほどよりも、高い声を・・・。
固い腹部に行く前に唇を離し、先に右手が、彼の中心へと伸びた。左手は、乱暴に彼の脚を開かせる。彼の膝は拒まず、相手の力に任せて割られた。
透吾の唇が、右手に代わって彼の熱くなりかけたものを含んだ。口の奥深くまで、彼のもので満たされるようにした。その中で、透吾は舌を動かし始めた。欲望の、赴くままに・・・。
「ああっ」
視線を移動させると、腹部と胸を隔てた先に、枕にもたせかけた彼の頭部が見えた。目を閉じ、白かった頬を紅潮させている。その表情は、なまめしかった。
ある程度彼のものを味わうと、後ろにも舌は伸びた。膝の下に手を差し入れ、そこがよく見えるようにした。その精巧さは、もはや現実のものだった。透吾は自分が入りやすいよう、十分に濡らした。
「は、やく・・・」
両手でシーツに複雑な皺を作りながら、少年は請うた。
彼の細い腰に腕を回し、持ち上げ、透吾は自分の最大まで大きくなったものを、濡れた彼の入口へと、突き入れた。
あとは、夢とも現実ともつかない快楽に溺れた。透吾は我を忘れたように、清太の体を激しく攻めた。
「あっ、ああっ・・・、ああっ・・・」
彼は右腕を額に載せ、左腕は宙を舞ったりシーツや枕を掴んだりした。栗色の髪は、相手の動きに合わせて乱れた。腰は、彼のほうからも振られていた。
男が攻めるままに、彼の顔の妖艶さは時間を経るごとに増していった。紅潮した肌を、幾筋も汗の雫が流れた。
『名前を、呼んでほしい・・・』
少年を貪りながら、透吾は強く願った。が、どんなにシーツが濡れていっても、彼は喘ぐ声を上げるばかりだ。自分の名前を、知らないのだろうか。
「清太・・・」
透吾は、自分から彼の名を呼んでみた。その間も、動きは緩むことがない。
やがて青年には光が見え、彼の中に熱情を勢いよく放った。そのすぐ後彼も、息を引いたかと思うと、自分の下腹部に向かって放つ。青年は果てると、一つになれたことに満足し、彼の上にくず折れた。
すると下から、汗に濡れた少年の腕が、同じように濡れた自分の体を抱いた。
「透吾・・・」
か細く、しかし確かに彼はそう囁いた。
驚きと喜びに彼の顔を見ると、一筋、頬を濡らすものがあった。
その時、透吾はまだ彼に口付けていなかったことに気付いた。瞳を見つめると、彼も見つめ返してくれた。数秒それが続くと、まぶたが潤んだ瞳の上に被さった。青年は少年の唇に、優しく自分のそれを重ねた。想像通り柔らかい、その唇に・・・。彼のほうから舌を差し入れてきたので、自分もそれに従い、絡ませた。そうするうち、熱情は新たに首をもたげてきた。
彼と繋がったまま、透吾はもっと彼を知りたいと思った。まだ自分の知らない彼が、いるのではと・・・。いつの間にか聞こえなくなっていた虫の音が、耳に入ってきた。――体が再び動き出すまでに、そう時間はかからなかった。・・・
朝目覚めた時、ひどい頭痛がした。ビールは、1本しか飲んでいないのに。その前に店で飲んだ酒が、いけなかったのか・・・? 酒に強く、二日酔いはめったにしない自分が・・・。
透吾はしばらくベッドにうつ伏せになったまま、片手で頭を抱えてじっとしていた。
そうする間にも、昨夜の夢が蘇ってくる。
あれは本当に、夢だったのか。
まるで意識だけが彼のところに飛んで、彼との交合に酔ったかのようだ。
彼の中で動き、彼のよく締まる入口に自分のものが擦られた生々しい感覚まで、はっきりと覚えている。思い出すだけで、体が熱くなる。
彼が自分の名を囁いてくれたその声にも、愛しさを感じる。
透吾は布団を剥ぎ、ゆっくりと身を起こした。頭のそばで鐘を打たれたような、衝撃が走る。今度は両手で頭を抱えた。
幸い、今日は日曜だった。急な日曜出勤要請の電話も、昨日からかかってこない。
もう一度布団に身を沈めると、永遠に起き上がれなくなるような不安を覚え、透吾は体に鞭打ってベッドから降りた。寝室を出、リビングを通って洗面所へと歩いていった。
鏡のそばに置いた時計は、9時半過ぎを指していた。いつもの日曜より、少し遅い。時計から視線を移し、鏡を見た。顔色が悪い。蒼ざめているのではない。赤いのだ。酒のせいなのか、それとも、昨夜見た熱い夢のせいなのか・・・。また思い出し、透吾は身震いした。
深呼吸をし、蛇口を捻って水を出し、顔を乱暴に洗った。
タオルかけから水色のタオルを取ったが、昨日から変えていないと気付き、新しく出した白いそれで顔を拭いた。そしてまた、少しだけ離したタオルに向かって、深呼吸をする。タオルかけにかけ、鏡を見る。
忘れようとしていた。
彼を、清太を、忘れようとしていた。
しかし、彼の体が忘れられない。夢の中で抱いた、あの肢体が・・・。脳裡に焼き付いて、離れない。
あの時の自分はまるで、盛りのついた犬のようだった。欲望のままに、彼を求め、攻めた。
彼が年端のいかない子供であることなど、抱いている間は考えもしなかった。
醜い・・・。
なんて醜いことを、したのだろう。
『俺は、最低だ・・・』
自分の無意識は、本能に勝てなかった。理性で抑えることが、できなかった。
あんな夢を見て、現実にどうなるというのだろう。
彼は、啓二の・・・。
しかし・・・。
昨日の、啓二を迎え入れた時の、清太の顔を思い出す。
あまり嬉しそうではなかった、あの顔・・・。
まさか彼は・・・。
いや、そんなことは・・・。でも・・・。
透吾はしばらく自分の中で、肯定と否定を繰り返した。それは、こんな事柄だった。
――清太は、啓二と不本意に付き合っているのではないか。愛してはいないのではないか。
一度生まれた疑惑は、徐々に肯定の色を濃くしていった。
あんな悪い男を、あんな素直そうな子が自分から好きになるわけがない。
年だって、自分以上に離れている。
だから、啓二が無理に付き合わせている・・・。
もしそうなら・・・。
自分にもチャンスはあるはずだ。
彼を抱く資格はあるはずだ。
年が離れている・・・しかし、考えれば愁と一つしか違わないのだ、彼は。誕生日が来ていないだけで、もし女の子なら、結婚もできる年齢だ。だから、必ずしも子供とはいえない。
彼が、欲しい・・・。
透吾は両手を洗面台の上にかけ、鏡に顔を近付けた。
彼を間近で見た時のあの激しい感情を、このまま押し込めることはない。
自分は彼に惚れたのだ。
人は自分を偽らず、生きれば良いのだ。
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