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 清太に名刺を渡したその晩から、透吾は彼からの連絡を待ち焦がれた。啓二への遠慮があるのなら、彼から連絡を受けた愁からでもいい。自分の取った行動が思い起こされ、それは大胆なものに思え、透吾は興奮してその夜寝付けなかった。
 翌日は仕事を終えるまでの時間ももどかしく過ごし、携帯電話の着信を待った。鳴ることはあったが、どれも仕事の内容だった。その度に、透吾は内心落胆した。昨日の今日で、すぐに啓二と清太が逢うこともないとは思うが、二人が別れる時に次の約束をしたかもしれない。また、あの店で逢うと・・・。

 帰宅し、夕食や入浴も終え、あとは眠りに就くのみ、という深夜12時前、机の上のホルダーに置いた携帯電話が、やっと鳴った。透吾はベッドの上で壁に寄りかかり、下半身だけ布団に入れて本を読んでいたのだが、すぐさま動いて立ち、電話を取った。
「もしもし?」
 こんな時間に仕事関係の電話など来るわけがない、と踏み、彼はよそいきの声は出さなかった。しかし、リラックスした声は出ず、僅かに上ずってしまった。
「透吾、遅くにごめん。愁だけど」
 聞き覚えのある少年の声が、受話口から聞こえた。清太ではない、しかし、愁は彼から連絡を受けたかもしれない、と期待し、透吾は緊張を完全に解くことはできなかった。

「ああ、お前か。なんだ?」
「『お前か』って(と愁は受話口の向こうで笑った)。今平気? 寝てた?」
「いや、大丈夫だ。何かあったのか?」
 透吾は再びベッドに戻り、両脚を布団に入れながら言った。
「『あったのか』って、何かしたのは透吾でしょ?(また少年は呆れて苦笑してみせた) 昨日聞いたよ、みんなから。清太くんに声かけたんだって? 勇気あるね」
 なんだ、まだ連絡を取っていないのか、と透吾は何度目かの落胆をした。
「みんなって、あの取り巻き連中か」
「うん、”護衛隊”ね。僕昨日、お店に行ったんだけど、そしたらみんな教えてくれたの。なんか凄い騒いでた。今まで、声かけてくる年上の人がいてもみんな退けてたけど、透吾には押されちゃったって。今までそんな勇気ある人いなかったって。アイドルを一時(いっとき)でも取られて、みんな悔しがってたよ」

「勇気ってなんだ?」
「だって、相手は啓二さんだよ。他の人たちは最初から勝ち目がないって、諦めてる。だから遠巻きにして見てるだけ。清太くんに近付くことが許されてるのは、僕たちみたいな高校生くらいの子だけなんだよね、今。なのに透吾ったら積極的だなって思って、気になって電話したの」
 透吾はため息をついた。
「俺は惚れたから声をかけたんだ。啓二なんて、関係ない」
 本当は二人でいるところを啓二に見つかることを恐れていた自分だったが、年下に弱さを見せたくはなかった。
「へえ、本気なんだ、透吾」
 少年は感心した声を出した。
「ああ、本気だ」

 透吾は大事なことを思い出し、携帯を持ち直して切り出した。
「愁、清太から何か連絡もらわなかったか?」
 すると少年は少し間を置いた。
「そうだ、あの子に名刺渡したんだってね。アキちゃんとかみんな見てたって。ほんと、積極的」
『アキちゃん』・・・あの特に『だめ』だと体を張っていた子か。
「それで、お前は清太から何か聞いたか?」
「なーに、焦っちゃって。メッセージはポケベルに来たけど、僕から言うのもなあ・・・」
「何でもいい。教えてくれ」
 もったいつけるな、と透吾は内心言った。

「う〜ん、『透吾さんから名刺もらっちゃった。どうしよう』って。みんなから話聞いた後に来たの。困ってるんじゃない? あの子」
「その後は? それから?」
「僕からは、・・・あのさ透吾、電話じゃなんだから、直接話さない? 明日とか、空いてる?」
 話の途中で腰を折られ、もどかしさは募った。
「ああ、一応空いてるが・・・今じゃだめなのか?」
「そ。”R”でいい?」
「Rか・・・。分かった。じゃあ、会おう」


 そして時間を決め、翌日に二人は店で会った。
 カウンターのストゥールに並んで腰かけ、愁はジンジャーエールを、透吾はカシスオレンジを頼んだ。
「清太から、連絡は?」
 落ち着いてからの第一声がそれだったので、愁はまた呆れ、ため息をついた。
「あのね、なんで僕に聞くのかな? 直接名刺を、清太くんに渡したんでしょ? なら、透吾に連絡行くはずじゃない」
 店に来る時は愁に連絡を、という約束は、どうやら彼には届いていないらしい。自分から話すしか、ないようだ。
「ああ、そうなんだが・・・。俺にじゃ難しいなら、お前に連絡してくれって、俺があの子に頼んだんだ。店に来る時に教えてくれれば逢えるって・・・。お前が清太から連絡受けたら、俺に間接的に教えてくれるだろうって」
 愁はジンジャーエールを口に運んでから、会話を続けた。
「そうだったの。ベルだけだったから、そこまで話さなかったんだ、清太くん。ただ、名刺もらって困ってるんだな、って僕思って」
 愁はカウンターの上でグラスに右手を添えながら、俯いた。

「それで、お前はどう返した?」
 少年はすぐには答えなかった。
「・・・別にいいじゃない。二人のやりとりなんだからさ」
「俺が関わってることじゃないか。教えてくれ」
 言われ、愁は投げやりな感じで思い切って言った。
「『別に好きじゃないんなら、気にしなくていいんじゃない』って。『啓二さんが好きなら、無理して連絡しなくても・・・』って」
 透吾は愁のほうに向けていた体のまま、固まった。驚きに、口を半開きにしてしまった。
「なんでお前がそんなこと・・・! あの子はな、啓二のことが好きなわけじゃない。ちゃんと別に彼氏がいるんだぞ」
 愁は気色ばんで横を振り向いた。

「それは・・・知らなかったな。啓二さんが彼氏なのかと思ってた。でもね透吾、それなら余計に脈はないんじゃない? 浮気の浮気なんて、すると思う?」
 透吾は右手をストゥールの際にかけ、左手をカウンターの上に載せていたのだが、左拳を握り締めた。
「そんなこと、分からないじゃないか。お前は清太じゃない」
 愁は眉を歪めた。
「あの子が、振り向くと思ってるの?」
「それもまだ分からない。知り合ったばかりなんだからな」
「これからも、清太くんに声かけてくつもりなの?」
「そうだ。少しずつでも、気を許してくれればいい」
「啓二さんから・・・奪うつもり、とか?」
 下から覗き込むように、少年は聞いた。
「ああ。もう、決めたんだ。本気だって、言ったろう?」
 透吾はグラスを初めて傾けた。

「・・・でも、あの子はやっぱりだめだと思うよ。無理だよ」
「なんでお前にそんなことが言える?」
「他に彼氏がいても、少しでも好きだから、啓二さんと付き合ってるんでしょ、清太くんは」
 青年はいらついたようにカウンターの上に肘を突き、顔の前で両手を組み合わせた。
「どうかな。啓二に無理矢理付き合わされてるんじゃないか」
「無理矢理って、どうやって?」
「脅されてるとかな。しつこくて別れられないとか」
 透吾は組み合わせていた両手の指を、引いたり押したりした。

 愁は透吾に体を向けたまま、膝の上に両手を突いた。
「透吾、啓二さんと何かあったの? そんなに認めたくないんだ、二人のこと」
「昔、ちょっとな。お前に話すようなことじゃない」
「あ、そう。どうせ啓二さんに好きな子取られたとか、そういうことでしょ」
 透吾は見透かされて、むっとした。
「それで、お前はもし清太から連絡あったら、俺に教えてくれるのか?」
「・・・どうしても、諦めないんだね」
「ああ、諦めない」
 愁は相手の目色を確かめた後、肩の力を抜いた。
「分かったよ。教える。僕からも、ここに来る時は僕に教えてって、あの子に言い直すよ」
「そうか。頼む。お前が頼りなんだ」
 望んでいた結果になり、青年は安堵して優しく言った。


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