それから数日して、透吾、愁、清太の3人が店に揃うことになった。
 愁は清太に自分の電話番号をベルで教え、待ち合わせの時話し相手になれるから、やっぱり連絡を欲しいと告げた。清太は迷った挙句に、啓二と逢う日の前日、明日店に行くからと愁にメッセージを送った。
 一番先に愁が店に着き、だいたいいつも清太が座る席は今日は空いていなかったので、隣のテーブルに着いた。一人で冷たいサイダーをちびちびとやっていると、見知らぬ客に混じって顔見知りの少年がぽつぽつと現れたので、彼らと談笑した。そうするうち、清太がドアを開けて入ってきた。
「清太くん、こっち」
 愁は手を挙げた。少年は素直に近付いてくる。取り巻きの少年たちは、すでに愁の周りにいて待ち構えていた。

「ごめんね、結局こういうことになって。僕も、教えてくれたほうが嬉しいからさ」
 愁は清太に謝った。
 清太は聞きながら、昨日の夜の彼との電話を思い出していた。
『透吾のことは気にしないで。彼の携帯には、直接かけないほうがいいよ。君は啓二さんと付き合ってるんだから』
「ううん。あの、透吾さんも、これから来るの?」
 愁の前の席に着くと、清太は不安げに聞いた。
「うん、来るけど、二人きりにはならないようにするから。ね、みんな」
 ”護衛隊”の彼らはみな元気よく頷いた。

「絶対下心があるよ、あの人」
 と”アキちゃん”と呼ばれる少年が言った。
「名刺まで渡しちゃってさー、強引なの」
 別の少年が言う。
「啓二さんと付き合ってるって、分かってるくせにさ、大人げないよね」
「どういうつもりなんだろうね」
「諦めればいいのにねー」
 少年たちは、てんでに好き勝手を言った。

「清太くん、啓二さんのこと好きなんだよね?」
 愁が唐突に聞いてきたので、清太も護衛隊も驚いた。清太は目をぱちくりとさせた。
「え、う、うん・・・」
 愛してはいない。だが彼の体に、存在に、惹かれてはいる。これは好きといえるのだろうか、と思い惑いながらも、清太は頷いた。
「だったら、透吾にあんまり期待させないほうがいいよ。ただ、話すだけ。僕も本当はそれも反対だけど、どうしても逢いたいらしいから、承諾しちゃったんだ。でも、どうしても嫌なら、ちゃんと断ったほうがいいよ」
 それを聞いていたアキちゃん――本名は章裕(あきひろ)といった――が助け舟を出した。
「そうだよ、彼氏がいる子は、他の年上の人と関わるの、よくないよ。絶対ごたごたになっちゃうんだから」
「啓二さん自身、ごたごた起こしてたけどね、ちょっと前までは。今は清太くん一筋らしいからさ、今度はすんなりいってほしいんだよね」
 と別の一人。
 啓二は正式な彼氏ではないのだが、と清太は内心戸惑っていた。一番愛しているのは光樹なのだ。彼が、自分の彼氏だ。その彼を、今は裏切ってしまっているのだが・・・。

 そして清太を悩ませている青年の一人、透吾が来た。愁たちの中に”光”を見つけると、透吾は逸る気持ちを抑えられず、彼のもとに駆け寄った。
「清太くん、もう来てたのか。すまない、色々悩ませてしまったみたいで。愁も、悪かったな、わざわざ」
 愁は許す笑顔で応じ、清太は「いえ」と短く言い、首を横に振った後会釈をした。
 今日は私服で、黒い長袖のカットソーを着ている。下はカーキ色のチノパンだ。
「黒も似合うんだな」
 そのひと言に、周りの少年たちは顔色を変え、睨みをきかせた。
「透吾」
 愁は青年の先走りを抑えようと、声をかけた。透吾は場の空気を読んだ。
「ああ、そうだった、サッカーの話をしようって言ってたんだな。あ、なんだ、まだ飲み物頼んでないじゃないか」

 青年に言われ、少年たちも清太も初めて気付いた。
「俺が一緒に頼んでくる。何がいい?」
「だめ。僕が行くよ。清太くん、何飲む?」
 章裕が言った。彼は元々立っていた。
「え、じゃあ、愁さんと、同じので・・・」
「ジンジャーね。透吾さんは?」
「じゃあ、俺も同じで」
 諦め、透吾は頼んだ。
 注文を受けた少年はカウンターに飛んでいき、すぐに二つのグラスを持って戻ってきた。

「今日はお酒、いいの?」
 立ったままの透吾に、愁は聞く。
「ん、今日はまだ時間が早いからな。今日も7時だったな、待ち合わせは」
「ええ・・・」
 清太は答える。どうも落ち着かないようだ。
「なら、この間よりゆっくり話せる」
 透吾はグラスを持ち、最初の一口を飲んだ。周りの護衛隊がやきもきしているのが、雰囲気で分かる。嫉妬とも”大人げない悪い大人”への責めとも感じ取れる、少年特有の感情。

「今日は部活は?」
「あったけど、今日は軽かったんだ。ランニングとか」
「そうか。中盤だったな。好きな選手とか、いるのか?」
「うん」と清太は有名なJリーガーや、海外選手の名前を言った。二人で、好きなチームの話もした。サッカーのことになると、愁を含めた他の少年たちも話に入ってきた。
 続いて、好きなテレビや映画の話になり、盛り上がった。透吾は知識も豊富で話が上手いので、下心のある青年がそばにいるとは、その時はその場にいる誰も、清太さえもが、忘れた。

 が、話が少し途切れた時に、透吾が腕時計を見た。
「ちょっと、清太くんを貸してもらえないか」
 護衛隊は『は? 何言ってんの?』という顔をした。和んでいた空気は一気に崩れた。
「透吾、清太くん困ってるよ」
 愁が目の前の清太の表情を読んで言った。
「分かってる。だが、どうしても話したいことがあるんだ」
「ちょっと、だめだってば。この間からあんた、しつこいよ」
 少年の一人が言った。
「清太くんは、啓二さんの恋人なんだよ。ほんとに分かってんの?」
「だから、話をするだけだ、今日も。何もしない」
「そんなこと言って、いつかはどうにかなりたいんでしょ? そんなんなら、もうこの輪に入れてやんないから」
 章裕も参戦する。

「ま、待って、みんな。透吾さん、じゃあ、あっちへ・・・」
 清太が言ったので、少年たちは口をつぐんだ。仕方なく、二人を輪の外へ歩かせた。しかし章裕は二人の背中を見送りながら、愁に言う。
「いいの? 二人きりにして」
「あとは清太くんに任せよう。決めるのはあの子だから」
 愁の視線の先にも、グラスを手に持ち、奥のボックス席へと歩いていく二人がいた。

「やっと、落ち着けたな。あの子たちがいると、君の顔もゆっくり見られない」
 清太の向かいの席で、透吾は言った。しかし、清太は俯いて何も言わない。
「どうした? ・・・やっぱり、俺は迷惑か?」
 少年は顔を上げた。
「いえ、や、あの・・・。話は、面白いです」
 透吾は微笑んだ。
「君に言いたかったことっていうのは、もし君さえよければ、ベルナンバーを教えてほしいんだ」
「え・・・」
 案の定、清太は困った表情をしてみせた。

「あの子たち抜きで逢いたい。啓二と待ち合わせのない日にも、君と逢いたいんだ」
 少年は何かを言いたそうにしたが、言葉を飲み込んだようだ。
「君からは、携帯にかけ辛いんだろう? だから、俺からも連絡できるようにしたい。だめか?」
「でも、こういうことは・・・あんまり・・・」
 また、少年は俯いた。膝の上に載せた両手を、またいじった。
「君は別に彼氏がいるんだろう? 啓二なんて、別に好きじゃないんだろう? 浮気相手に、遠慮なんていらないじゃないか。もう、隠さない。分かってるんだろう? 俺が君を好きだって」
「だから?」
 少年は顔を振り上げた。美しい顔を歪ませていた。

「僕にどうしてほしいんですか? 付き合うなんて、無理です」
 わだかまっていた思いを放出させるように、少年は言った。
「君は啓二が好きだっていうのか?」
「とにかく僕は今、彼と付き合ってるんです」
 質問には答えず、清太は強い調子で言った。
 高ぶろうとしている感情を、透吾は抑えた。
「・・・だったら、一度だけでもいい、抱かせてくれ」
 そう、静かに言った。
 直接的な表現に、清太は返答の言葉がすぐに出てこなかった。が、勇気を振り絞って言った。
「嫌だ! そんなの、無理です! もう、僕に関わらないで!」

 立ち上がり、清太はグラスも持たずに愁たちのいる場所まで戻っていった。
 透吾は、立つこともできず、しばらく呆然としていた。
 それから啓二が来るまで、清太は愁たちのところにずっといて、守られていた。透吾はボックス席で一人ジンジャーエールを飲み続けた。
 今日は啓二は、時間より10分早く来た。章裕が啓二に今日のことを話そうとしたが、愁が制した。店の奥から、透吾はそのやりとりを見ていた。啓二を迎える清太の表情は、晴れやかだった。
 しばらくして店を出る時も、清太は啓二に肩を抱かせ、寄り添いさえした。その後ろ姿を、透吾はうらめしく眺めていた。


You by my Side