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「いいぜ、清太・・・」
 啓二が背後で、吐息混じりに言った。
 清太は背中を彼に向け、後ろを愛させていた。
「あっ・・・、啓二、さん・・・」
 彼の大きなものを受け入れながら、清太はシーツを両手で握り締めた。
 彼に支えられた腰は汗に濡れ、彼の掌は滑りそうになる。
「清太、好きだ・・・。好きだ・・・」
 啓二は彼の体の奥を、直接感じていた。今日は清太が珍しく何も着けなくていいと言ったので、その部分も裸のまま交わっている。やがて、男は少年の中で果てた。

 しばらく啓二は清太の背中に体を預けていたが、少し息が整ってくると、ごろりと反転して仰向けになり、枕に頭部を沈めた。清太はまだ、息が正常に戻っていない。二人用の大きな白い枕の半分に、横向きにした顔を埋めている。
「清太」
 こちらに後頭部を向けている彼の肩に、啓二は触れた。自分のほうを向かせようとした。
「やだっ、まだ・・・」
 少年は体勢を変えず、恥ずかしそうな声を上げた。彼も果て、シーツを汚してしまったのだと啓二は気付き、手を離した後で微笑んだ。
 しばらくして、やっと清太は一度起き、足元に押しのけられていた毛布を引っ張り上げてかけ、再び横になると啓二のほうに体を向けた。それを啓二も自分の腰から下にかけた。
 二人がよく使うホテル、Sの一室に、二人はいた。灯りは点けず、カーテンも閉め切っていた。二人は、ドレープのある紫色の布を通して漏れる、僅かな外からの街灯やネオンに照らされていた。

「嬉しかったぜ。お前から許してくれるなんてな。お前も、よかったろう?」
 清太の濡れた前髪をなでながら、啓二は言った。清太は頷く。
「やっとお前も、俺を・・・」
 頬に触れてくる手を、清太は避けた。再び背中を向ける。
「今日は・・・なんとなくそうしたかったの。それだけ」
 毛布を肩までかけ、目を閉じた。彼に今まで愛されていた部分が、まだ疼く。脚を曲げ、体を丸めた。
 気持ちをはっきり言わない自分を、啓二はどう思っただろうか。表情を知りたいが、こちらから顔を背けてしまったので分からない。

 あの透吾と店で別れてから、今日は啓二に強く抱きしめられたくなった。彼に甘え、守られたくなった。彼の好きなようにされたくなった。あんな、体しか眼中にない男とは、もう二度と会いたくない。啓二も同じような男だと、今まで思ってきた。だが・・・。
「清太・・・。二人の時くらい、もっと顔を見せてくれ」
 思考の途中で、啓二に呼びかけられた。清太は数秒考えた後で、言われた通りにした。すると体は、男に抱き寄せられた。彼の顔が、間近くなる。

「きれいだ・・・」
 少年の艶めいた栗色の髪は、今度は男の手によって掻き揚げられた。少年の頬には、朱が差した。
「俺の目を見ろ」
 彼は囁く。いつもは逸らしてしまう視線を、清太は啓二の瞳に注いだ。整った青年の顔立ちを、しばらく眺めた。と、形のよい唇が動いた。
「清太。なんでもいい、お前の気持ちを言ってみろ」
「啓二さん・・・」
「彼氏がいても俺と逢ってくれればそれでいいが、たまには聞きたい」
 清太はすぐに答えられなかった。しかし考えて、こう言った。
「抱き合ってる時じゃ、答えにならない?」
 上目遣いで、相手を見つめた。
「口では、言えないか?」
「だって・・・」
 清太は続きが思い浮かばず詰まったが、やがて言葉が見つかった。
「抱き合うのは・・・嫌いじゃないよ。その時は、幸せだよ・・・」

「そうか。・・・まあ、それでもいい」
 それを聞き、啓二は微笑む。それがいつになく優しい笑顔だったので、清太の胸は一瞬高鳴った。いつもは強引な彼が、優しく見えた。髪をなでてくる彼の手も、温かい。清太はされるがままにした。その手は、頬へと移った。
「清太・・・」
 彼の唇が近付いてきた。
「や、だめ・・・」
 このまま口付けられてはどうなってしまうか分からない。『本気で好きになってはいけない』、そう、清太はいつも自分に言い聞かせていた。自分には光樹がいるのだから・・・。しかしキスを拒んだ代わりに、彼の胸に顔を埋めた。啓二は何も言わず、体を抱きしめてきた。髪に彼の指が絡まっている。

 啓二という存在は、自分にとってなんなのだろう。
 光樹といる時とは違い、一緒にいて安心できる存在ではない。恋人ならば、心が安らぐはずだ。楽しいはずだ。それが彼といると、緊張感しか感じられない。唯一気が緩むのは、彼に抱かれている時だけだ。自分は啓二を欲望のはけ口にしているのだろうか。彼が自分をそうしているように・・・。
 いや。
 そうではない。
 少なくとも、この男は自分を愛してくれている。彼の胸で呼吸する、こんなひと時には彼の愛情を感じる。透吾よりは、ずっとましだ。体だけを目的にしているわけではない。
 彼に、透吾のことを話すべきだろうか。だがもうきっぱりと断ったのだから、自分とは関係ない。彼に弱さは見せたくない。
 気を許さない相手は、恋人ではない。それでもやはり、自分は少しは彼のことが好きなのだろうと思う。嫌いな相手なら、体を許したりはしない。

「啓二さん・・・」
 少し顔を上げ、彼の名前を呼んでみた。
「なんだ? ああ、もう、帰りたいのか」
「え・・・」
 存外な彼の言葉に、清太は戸惑った。迷ううち、啓二は体を離し、起き上がって毛布から出た。床に脚を下ろし、立ち上がる。
「ま、待って。もうちょっと・・・一緒にいちゃだめ?」
 思わず出てきた言葉は、啓二だけでなく清太自身をも驚かせた。半ば起き上がった体勢になったのだが、体を支えていた右手に、今彼がいた場所の温もりを感じた。

 振り返った啓二は、笑顔混じりに聞き返した。
「どうした? 今日はまた、気まぐれだな。・・・本当に、いいのか?」
 清太はゆっくりと頷く。啓二は少し間を置いてから、裸のまま毛布の中に戻った。清太は体をずらした。
「遅くなるぞ」
 清太の右手を握り、啓二は言った。
「いいの。一緒にいたいの」
 彼の手を握り返し、はっきりと彼の目を見て清太は言った。『好き』だとはどうしても言えない自分の、精一杯の感情表現だった。

「清太」
 男の手が、両肩に触れた。二人はしばし見つめ合い、唇は自然に触れ合った。啓二より、清太の手が相手の背中に伸びるのが先だった。啓二はそのまま清太の頭部を枕へと沈めさせた。
 清太は少しも拒むことなく、彼の舌を味わった。酩酊への誘(いざな)いは、いつもキスだった。
 あの男の手が届かないところまで、今日は連れていってほしい。今日だけは・・・。

 彼に前や後ろを舌と手で愛撫される時も、清太は自分を解放して素直に感じた。二度目に受け入れる彼の道具も、裸だった。そのことに、二人とも躊躇しなかった。
「ふ・・・、あ、あっ・・・」
 脚を開き、彼が入ってくる時、まるで初めて男を迎え入れる少年のような声を上げ、息を引いてしまった。両手を、彼の肩に添える。自分の中に入ってくる彼のそれは、先程よりも熱く、大きく感じられた。

「あ、ん・・・」
 より啓二が体を進め、彼の全てが入ってきた。清太は、彼と最初に交わった時のことを思い出した。今の気持ちは、その時に似ていた。これから自分を愛そうとしている男への、未知への期待と愛されることへの陶酔感。
「清太・・・」
 名前を呟くと、男は清太の中で動き出した。それは初めから激しいものだった。
「やっ、嫌っ・・・」
 言葉とは裏腹に、清太の入口はすぐに相手を締め付けた。それが相手を熱くさせ、より体の奥へと誘った。
「清太、可愛いぜ・・・」
「啓二さん・・・」
 共に揺れながら、清太は彼の愛に酔った。自分は今、愛されているのだ。
『好き・・・。啓二さん、好き・・・』
 口にはせず、清太は心の中で叫んだ。


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