清太は夢から覚めた心地で啓二から体を離し、わけが分からない、と無理に笑顔を作り、言った。
「何・・・言ってるの? 気でも違ったの?」
しかし啓二は、悪びれない。
「二人で暮らそう・・・この家で・・・俺は本気だぜ? ずっと言ってるだろ? 俺はお前と四六時中一緒にいたいんだ・・・」
少年に言い聞かせるように、青年は理想を語る。
「俺はお前をきっと幸せに・・・」
「やめて!」
たまらず、清太は叫んだ。
「待ってよ、落ち着いて。何を言い出すの? 暮らすって、どういうこと?」
「そのままの意味だ。同棲なんて言葉、下世話だがな。俺たちはもう、そうしてもいい時期だろう? こんなに愛し合ってる・・・」
「そんな・・・」
愛し合っている?
体を交わしている時だけは、確かに愛せるが、一度体を離し、現実に返ると、そうではないのが少年の心だった。
「啓二さん、・・・僕、あんたに愛してるなんて、言ってない。無理矢理言わされたことはあっても、僕からは・・・」
「何を言ってる。お前は愛してもいない相手と、あんなキスができるのか? あんなセックスができるのか? 器用すぎるぜ」
「それは・・・」
清太は言葉に詰まる。二人とも、裸でベッドの上に座っていたが、少年は俯いてシーツを眺めた。
確かにキスは、愛情がある相手でないとできない。意に染まぬ相手とのキスほど、嫌なものはない。清太は過去を振り返り、身が震えた。
やはり自分は愛しているのか、啓二を。
俯いたままの少年に、青年は言う。
「認めたくないだけだ、お前は。未だにそんな態度だなんて、寂しいぜ、俺は」
「啓二さん・・・」
「だからお前は俺と暮らすべきなんだ。一緒にいれば、もっと素直になれるはずだ」
「なんで、どうしてそうなるの? 時々逢うだけじゃ、嫌なの?」
啓二と二人の生活など、想像しても甘い気持ちにはならなかった。
すると啓二は、清太のあごに触れ、顔を上げさせた。
「考えたことないから、戸惑ってるんだろう? 大丈夫だ、何も怖くはない」
完全に妄想の中に入っている啓二に、清太は彼の心と自分の心との間に、乖離を覚えた。
「待ってってば。暮らすなんて言って、僕を監禁したいだけなんでしょう? どこまで束縛すれば気が済むの?」
すると、啓二からうっとりとした表情が消えた。
「束縛? 今俺と逢ってるのは、お前の意志だろう? 約束したら、ちゃんと逢いに来るじゃないか」
「それは・・・」
清太は返答に困り、言葉に詰まった。
「一緒に暮らせば、いちいち連絡なんて取り合わなくていい。お前はここで、俺の帰りを待っていればいい」
それ以前の常識的な話をしない啓二に、清太はますます混乱した。
今両親と暮らしているのに、彼らには、どう説明するのか。それに、そんなことをして、もしばれたら、社会的信用を失うのは啓二ではないのか?
「啓二さん、落ち着いて。待っていればって、学校は?」
「ここから通えばいい」
「親にはなんて言ったらいいのさ?」
「とりあえず、一人暮らしがしたくなったとでも言えばいいさ」
何も問題はない、とでも言いたげな啓二に、清太は呆れた。
「何それ・・・意味分かんない・・・」
彼に背を向け、ベッドを降りようとした。
「自分の考えばっかり押し付けないでよ。誰があんたの"女房"になんかなるもんか! やっぱりどうかしてる! あんたって!!」
啓二は真面目な表情で受け止め、俯いて言った。
「どうもしてないさ・・・。俺はお前を心底から愛してるし・・・何もかも本気だ」
そして、顔を上げる。
「清太分かってくれ・・・。俺はお前なしには生きられないんだ。・・・本当だ!!」
「・・・」
その訴えるような、切なげな啓二の顔に、清太はどきりとした。
啓二は、戸惑ってベッドから降りられずにいる少年を、後ろから抱きしめた。
「愛してる・・・愛してる愛してる・・・! いくらでも言ってやる・・・!」
閉じていた目を、開く。
「頼む・・・一緒になってくれ!!」
清太はベッドのへりに腰かける形でいたが、彼を振り払い、立ち上がった。
「もう! 嫌だってば!!」
興奮し、肩で息をし始めた。振り返る。
「あんたの『愛してる』は信じられない! 今まで、僕にどれだけひどいことしたか分かってるの!? さっきだって、僕を犯すって言ったくせに! 車で近づいてきた日だって、散々人形みたいに扱ったくせに!」
「それは、それこそ、お前を本気で愛してるからだ。乱暴に映ったのなら、謝る」
まるで悪びれず、言い訳がましく話す啓二に、清太は苛立ちを覚えた。
あれを、愛だと言うのか。暴力以外の、何物でもないのに。もし仮に、このまま啓二との生活が始まったら、自分が拒んだ時には、あの暴力が繰り返されるだけだ。清太はますます怖くなった。
そして、一番重要なことを聞いた。
「だいたい、光樹は? 僕は光樹と付き合ってるんだよ?」
啓二はすかさず言う。
「別れるしかないな」
「・・・」
少年は言葉を失った。
「これだけ俺と逢っていたら、もう、無理だろう? 隠し通せない」
啓二はどこまでも折れない。あくまでも、自分と暮らすつもりだ。どう言えば、分かってもらえるのだろう?
少年は下に落ちていたローブを手に取る。
「何も分かってないんだね・・・。第一、11も年の離れた高校生の僕と・・・」
強く、振り返る。
「生活できるなんて、本気で考えてるの!? ついていけないよ! あんたには!!」
啓二は先程まで抱き合っていた時とは打って変わり、しおらしい表情をした。
「お前が嫌だって言うなら・・・、無理に今すぐとは言わない・・・。高校か・・・大学を卒業してからでもいい・・・」
しかし、清太はバスルームに向かって歩き出していた。その背中に、啓二は続ける。
「だから考えてくれ」
「嫌!」
大きな音を立て、清太はドアを閉めた。
一人シャワーを浴びながら、清太は眉を歪め、勝手な彼への気持ちを、心の中で叫んでいた。
「誰が・・・誰があんなストーカー男と・・・! あれでプロポーズのつもり・・・!? 絶対嫌だ! 恋人じゃないんだから・・・!」
しかし、『恋人』という言葉に、自分で引っ掛かり、シャワーの栓を締めた。
――恋人じゃないなら、何故彼と寝る・・・?
何故愛してもいないのにズルズルと逢い、彼の体に溺れてしまうのか・・・?
光樹というものがありながら、彼を拒絶できず、未だに逢い続けている自分こそ、勝手ではないのか?
逢っているくせに、いざ彼に暮らそうなどと言われ、嫌だと言うのも、啓二にしてみれば、理解できないだろう。
彼に曖昧な態度を取り続けたツケが、今こうして回ってきたのか。
やはりどこかで、彼と別れる決意をするべきだった。それができないから、こんなことになるのだ。
清太は啓二をどう説得すればいいのか、考えあぐねていた。自分にも問題があるだけに、啓二だけを責めることもできない。
では、どうすればいいのか?・・・
清太は服を着た姿で、また啓二のいる寝室のドアを開けた。啓二はローブを着て、ぼんやりとベッドに腰かけていたが、顔を上げた。
「清太・・・」
彼の横に、少年は座る。
「啓二さん・・・」
清太は恐る恐る、口を開く。
「僕は、やっぱり啓二さんとは、暮らせない・・・。まだ両親と暮らしてるから、っていうのもあるけど、それより・・・」
右横にいる彼の目を、しっかりと見た。
「僕は、僕には、光樹がいるの。彼を・・・愛してるの」
彼の怒りを買うかと恐れながら、勇気を出して言った。言わなければ、終わらないから。
Taboo Words
3
|