「はあ、着いた着いた。すぐ暖房入れるね。ダウン貸して。ストーブで乾かすから」
「うん。それより光樹、頭濡れちゃってる。すぐ拭かないと」
「ああ。ダウンは・・・これでいいか」
 エアコンのリモコンスイッチを入れ、電気ストーブの前に白黒二つの上着を椅子にかけて並べ、光樹は洗面所へタオルを取りに行った。
「まず、濡れたとこ拭かないと・・・。傷んじゃうからね」
 自分の頭はまだ拭かず、彼はダウンを丁寧にタオルで拭いた。
「あ、それも」
 清太が持っていたポリ袋に気付き、表面を拭く。中のぬいぐるみも少し濡れていたようで、それも拭いた。
「二人も、ここね」
 シロクマとトイ・プードルも、仲良くストーブの前へ並べられた。清太は微笑んだ。光樹はまた洗面所へ行き、やっと自分の頭を拭いているようだ。

「後はこたつこたつ・・・と。何か飲む? コーヒー紅茶、どっちか」
 緑系のチェック模様の布団がかけられたこたつのスイッチを入れた後、光樹は聞いた。
「うん。ありがとう。じゃあ紅茶をお願い」
 こたつの上には、どこかのデパートのロゴが入った紙袋が載っていた。
「光樹、これは?」
「ああ、それ、昨日実家から渡されたんだ。餅と、みかん。母さんが持ってけって」
 彼は紙袋をどけた。
「一人暮らしだから、助かった」
「実家では、どうしてたの?」
 こたつに入らせてもらいながら、清太は聞いた。

「大晦日は年越しそば食べて、元旦はおせちとお雑煮食べて、テレビ観て・・・。まあ、普通の正月」
 彼は紅茶を作りながら台所で答える。
「ゆっくりできた?」
「うん。母さんはもう1泊してけって言ったけど、約束があるからって、昨日帰ってきたんだ。君に早く逢いたいし」
 まだ家族にカミングアウトしていない彼は、『友達と』と言ったのだろうことは、推測できた。
「そう。ありがとう。実家、近いんだよね」
「うん。だから、帰るのは便利だよ。帰ると、あれこれ持たされるけど。仕送りまでしてもらってるから、いいって言うんだけど」
「いいお母さんだね」
「うん。バイトもするけど、それだけじゃ足りない時もあるから、やっぱりありがたいよ」
 そんな彼の話に心を温める清太だった。やがて運ばれてきた紅茶にも、温められる。

「あ、年賀状も片付けてなかった。ごめんね」
 こたつの上に重ねて置かれていた年賀状の束を、光樹は取り上げた。それでお互い今年は何枚来たかとか、誰から来たかとか、そんな話になった。清太は学校の先生からももらったと話した。
「そうだ、数学のプリントがあるって言ってたね。勉強しようか?」
 光樹はいたずらっぽく言った。
「やだ、そんなの。プリントなんか持ってきてないもん」
 清太はすねてみせた。数学が得意な彼に教えてもらえれば実際助かるのだが、今日はそれどころではない。

 光樹はなんとなしに、テレビを点けた。まだ夕方も早い時間だった。正月のお笑い番組をやっていた。
「これでも観る?」
「うん」
 二人はしばらくテレビを観て、笑った。
「今日さ、夜どうしようか? 夕食のこと、家に言ってきた?」
 特に深い意味は込めていない軽い口調で、光樹は聞いてきた。正方形をしたこたつの、清太の左側に彼は座っていた。
「うん、外で食べてきてもいいけど、その時は夕方までに連絡してって、母さんが・・・」

 夜といっても食事のことだったので、清太はどきどきしながら答えた。その後は、後は・・・? と、心の中で彼に尋ねた。
「でも、夜までまだ間があるね。ね、風呂入ってもいい? やっぱ外寒かったから、体冷えてるし」
「え、うん、いいよ。行ってきて。僕テレビ観てるから」
「そうじゃなくて、君も。体冷えてるだろ?」
 光樹はテレビを切り、清太のほうをまともに見た。
「え、いいよ。だって、暖房入ってるし・・・」
 自分が望んだ形になろうとしているのに、清太は戸惑い、そんなことを言ってしまった。
「意味、分からないわけじゃないよな?」
「光樹・・・」
 光樹は体を寄せ、こたつ布団の上に置かれていた清太の左手に触れた。その手はまだ冷たかった。

「それとも、今日は嫌?」
 瞳は覗き込まれる。その手を上げ、清太の頬に触れた。手に触れた時より、冷たさを感じる。
 清太は声は出さず、震えるように首を強く横に振った。
「嫌じゃない。光樹・・・っ」
 彼の首に飛びつき、腕を巻きつけた。キスを求めた。が、彼の手が唇の前に出て、遮る。
「待って。あったまったほうがいいから、お湯溜めてくる」
「あん、やだ・・・」
 せっかく昇り詰めた気持ちを止められ、清太は残念そうな声を出した。
「すぐ戻る」
 光樹は立ち上がり、バスルームへ向かった。彼の家の風呂は水をガスで沸かす方式ではなく、お湯をバスタブに溜める方式だ。お湯を入れる前に掃除をしているのか、スポンジで擦る音がする。なかなか戻ってこず、清太は食べかけの料理を途中で取り上げられたような気持ちで待った。

 4、5分して、彼はやっと戻ってきた。
「しばらく家空けてたからさ。ごめん」
「もうっ・・・」
 再び清太は彼の首に腕を回し、目を閉じた。二人の唇が、今日初めて重なり合った。舌を最初に入れたのは、清太だった。彼も体を抱きしめてくれる。しばらく、二人は濃厚な口付けに酔った。
「寂しかったんだから・・・」
 唇を離し、清太は責めるように上目遣いで恋人を見た。
「今の5分が?」
「違う、クリスマスの後から、ずっと」
「そりゃあ、9日間は長いかもしれないけど。俺も、ずっと逢いたかった」
 そう言って、光樹は清太の首筋に口付けようとしたが、相手がハイネックのセーターを着ていることを、忘れていた。その裾を掴んだ。
「いい?」
「うん」
 清太が頷くと、彼は裾を上に上げた。清太も彼を手伝い、セーターを脱いだ。下には、黒いタンクトップを着ていた。露わになった首筋に、光樹はやっと愛情を持って口付ける。頚動脈のリズムから、すでに相手が興奮しているのが分かる。タンクトップの下方から手を差し入れ、少年の胸に触れる。その鼓動はやはり速い。

「あ・・・ん・・・」
 耳の下を舌で愛撫され、同時に指で乳首も刺激されたので、清太は感じて声を出した。
 二人とも脚はこたつから出して、清太の背中は背もたれ代わりのベッドの側面に、寄りかかっていた。 そろそろ押し倒されるかもしれない、と清太が思っていると、光樹が「あ」と言った。体を離す。
「いけない、お湯溜めてるんだった。溢れちゃうから、見てくるね」
「もうっ、光樹ってば」
 二度もお預けを食らわされ、清太は少し怒ったような声を出した。
 彼は今度はすぐ戻った。
「よし、ちょうどよかった。入ろう」
 彼とはもう離れたくないので、彼の誘いで清太もバスルームへ向かい、二人脱衣所で服を脱ぎ、手を繋いで中へ入った。

「ほら、量も熱さもちょうどいいよ」
 光樹はお湯の張られたバスタブに手を入れ、確かめてみせた。
「でも、その前に体洗わなくちゃ」
「そうだね」
 体を洗うタオルが1本と、ボディースポンジが一つあったので、互いに背中を流し合った。水色の椅子に腰かけた光樹の背中を流す時、相変わらず広く逞しい彼の体に、清太はうっとりとした。肩甲骨も、はっきりと浮き出ている。
「凄いなあ、光樹・・・」
 思わず、言葉にも出してしまった。
「え? 何?」
 彼は振り返る。
「背中の筋肉。どうしてこんなになるの?」
「あはは。毎日筋トレしてるからかな。君だって、凄いじゃん」
「ううん、全然。もっと鍛えなきゃ」

 二人体を洗い終わり、バスタブに浸かろうと光樹が誘った。
「え、でも、二人じゃ狭くない?」
「大丈夫」
 と言い、彼は先に長方形のバスタブへと、入った。体を沈めると、顔を上げた。
「ほら、おいで」
 彼は脚を開き、そこへ入るよう促している。
 一緒にお風呂に入ることはあっても、いつもはシャワーだけで、湯船に浸かることはあまりないので、清太は緊張して、すぐには入れなかった。明らかに体が密着してしまいそうだからだ。
「でも、恥ずかしい」
「何を今更。おいでよ」
 光樹は笑う。彼の優しい笑顔に惹かれ、清太は思い切って、脚をお湯の中へ入れた。彼に背を向けた形で、恐る恐るそのまま体を沈める。二人分の体積を受け、水面は上昇した。

「きゃ・・・」
 光樹が後ろから胴に腕を回したので、清太は驚いて小さく声を上げた。お尻に彼のものが当たっていることに気付き、頬を染めた。
「可愛いな。何赤くなってんの?」
 彼は顔を覗き込み、ふざけて言う。
「だって・・・」
 光樹はお湯の中で清太の両手を探し、軽く繋いだ。清太も握り返す。
 彼はふう、と一息ついた。
「なんか、やっと落ち着けたね」
「うん・・・」
 そうは言われながらも、こちらはどきどきしている。お尻のあたりにある彼のものが気になり、自分の分身が立ってしまわないかと内心冷や冷やしていた。

 清太は下を向いて、お湯の中で自分の腕に巻きついている彼の太いそれを見て、体格の差を感じた。 自分はいつになったら、彼と同じ体になれるのだろう。
「光樹、さ・・・」
「何?」
「光樹は、僕が筋肉つけるの嫌なの?」
「なんで? 昼間、あんなこと言ったから? 冗談だよ」
「分かってる。でも今日だけじゃなくて、時々女の子扱いするんだもの。華奢なほうがいいの?」
「別に、そんなことないよ。ただ、あんまり男っぽくなってほしくないだけだ。可愛いのが、君の魅力なんだから。ちょっとなら、鍛えるのは構わないよ」
「ちょっとだけ? 僕は、光樹みたいな体になりたいのに」
 後ろ向きなので、彼の表情は窺い知れない。だが彼はすぐには答えてくれない。

「それは・・・さ。焦らなくてもいいんじゃないかな。もうちょっと、大人になってからでも。君はまだ、高校生だし。成長期にやりすぎないほうが、いいと思うよ」
「そうかな・・・?」
「そうだよ」
 なんだか学校の先生のような諭され方だとも思ったが、それ以上このことに触れるのはやめにした。
「分かった。ごめんね、変なこと言って」
「いや。俺こそ、そうやって気にしてたんなら、ごめん」
 清太は、離し気味にしていた背中を、彼の胸にもたせかけた。光樹は少年を抱きしめた。

 風呂から上がり、二人は裸の腰にタオルを巻いた姿で、ベッドのそばへ戻った。
「もう乾いてる。ぬいぐるみも」
 光樹は電気ストーブを止めた。部屋も暖まってきたので、エアコンの温度も下げた。
 部屋の電気も、彼によって消された。闇に目が慣れる前に、光樹は少年の手を引いて、ベッドに座らせた。
「もう、お預けはなしだよ」
 清太は囁き、光樹は微笑んだ。二人、唇を合わせた。


I am yours